2022年9月15日 木曜日

第229回(2022年9月) 疑問だらけの新型コロナの「新薬」

 2022年7月20日、厚生労働省の審議会で、コロナの特効薬となることが期待されていた塩野義製薬(以下「塩野義」)のゾコーバ(一般名:エンシトレルビルフマル酸)の緊急承認が見送られることが決まりました。

 ところが、9月2日、日本感染症学会日本化学療法学会(双方とも由緒ある大きな学会です)が、この決定を取り下げてゾコーバを緊急承認するよう求めた提言書「新型コロナウイルス感染症における喫緊の課題と解決策に関する提言」を厚労省に提出しました。

 さらに話は複雑になります。両学会の提言に対し、感染症専門医を含む複数の医療従事者がSNSなどに批判のコメントを載せたのです。つまり、「両学会の方針が間違っている=ゾコーバの承認を現時点で認めるべきではない」という意見が医師の間に多いのです。そんななか、埼玉医科大学総合医療センター総合診療内科教授の岡秀昭医師が、医師のポータルサイト「m3.com」に、両学会の提言がいかに不適切かについてまとめた記事を上梓しました。また、毎日新聞「医療プレミア」は岡医師に取材をし、記事をまとめています。尚、岡医師は日本感染症学会の評議員も務める感染症の大御所です。

 岡医師の主張をまとめると以下のようになります。

・両学会の提言は決して感染症の専門家のコンセンサスではない

・この提言について、9月4日、自身が学会に異議申し立ての報告をおこなった

・学会員や評議員から民主的に意見を聞かずに学会の名前を用いてこのような提言が密室で作成されて発表されることは大変残念な事態だ

・まずは学会ホームページにおける提言掲載を止め、理事長は学会員にしかるべき説明を行う必要がある

 両学会は岡医師らの批判に応じるかたちで「「新型コロナウイルス感染症における喫緊の課題と解決策に関する提言」に関する補足説明」というタイトルの「補足」を発表(感染症学会化学療法学会)しました。そこには、「(両学会は)ウエブ会議を8月中に2回行うとともにメールでの意見交換を行いました。意見をふまえて作成した提言案を、さらに両学会の役員(理事・監事)全員にお示ししてご意見を伺いました。頂いたご意見はさまざまでしたが、提言を出すことに対して反対意見はありませんでした」と、役員全員で議論したと書かれています。岡先生らの主張と食い違っています。

 では、ゾコーバは新型コロナに無効なのでしょうか。それとも少しくらいは有効なのでしょうか。

 薬の有効性について審議する医薬品医療機器総合機構(PMDA)は「ゾコーバによりウイルス量が減少する傾向が認められていることは否定しないが、申請効能・効果に対する有効性が推定できるものとは判断できず、当該試験の第3相パートの結果等を踏まえて改めて検討する必要がある」と報告しています。

 つまり、ウイルス量の減少は認めるが、承認するにはそれだけでは不十分で、薬として市場に出すには「有効性を実証できなければならない」と言っているわけです。普通、「薬」とは飲めば症状が改善することが期待できるものです。PMDAが言うように、「有効性がない」ものを承認するわけにはいきません。

 そこで、塩野義は”奇策”に出ました。データの取り方によっては「有効性がある」と主張したのです。

 ゾコーバは有効性の主要評価項目である12症状(倦怠感または疲労感、筋肉痛または体の痛み、頭痛、悪寒または発汗、熱っぽさまたは発熱、鼻水または鼻づまり、喉の痛み、咳、息切れ〈呼吸困難〉、吐き気、嘔吐、下痢)の合計スコアでは、プラセボと比較して有意差はありませんでした。

 そこで、塩野義は「オミクロン株に特徴的な5症状でなら有効だ」と主張しました。1)鼻水または鼻づまり、2)喉の痛み、3)咳、4)息切れ(呼吸困難)、5)熱っぽさまたは発熱、の5症状に限って解析し直すと、有意差がでた(有効性があった)と訴えたのです。さらに、症状改善までの時間も早くなると言います。

 一般に、科学者は「データのこねくり回し」を嫌がります。というのは、いろいろと条件を変えて何度も解析し直せば、そのうち研究者に有利な数字が出てくるからです。というわけで、塩野義が(都合のいいように)解析し直した主張は認められず、7月20日の審議会で承認が見送られたのです。

 この決定に対し、2つの学会は「塩野義の希望を聞いて承認すべきだ!」と厚労省に抗議し、それに対し岡医師らは「有効性が認められないものを承認するのはおかしい」と学会を批判したというわけです。

 これからの調査によってはゾコーバの有効性が認められる可能性は残っていますが、医学的な常識に照らし合わせて考えると、両学会の提言には私自身も大きな違和感があります。科学的な裏付けがない新薬が承認されるのはあまりにも危険です。

 もしも「現在コロナの薬がひとつもなくて感染してもなす術がなく死亡率が高い」という状態なのであれば、「少しでも命が救われる可能性があるのならダメ元で認可すべし」という考えが出てきます。実際、2020年の春はそのような状態でしたからいくつかの薬が「特例」というかたちで、保険診療でコロナに使うことができました。その代表が「イベルメクチン」です。今も通称「イベラー」と呼ばれる「イベルメクチン信者」が少なくなく、実は太融寺町谷口医院(以下、「谷口医院」)にも(ほぼ)毎日イベラーからの問合せがあります。しかし、いくつもの大規模調査でイベルメクチンのコロナへの有効性は否定されています。

 話をゾコーバに戻しましょう。コロナの薬がまったく存在しない時代ならともかく、現在はゾコーバの立ち位置と同じ、つまり「感染初期に使用して重症化を防ぐ内服薬」にはラゲブリオ(モルヌピラビル)とパキロビッドパック(ニルマトレルビル・リトナビル)があります。そして、これらの有効性及び安全性は(かなりの程度)確立されています。しかし、供給が不安定で、扱っている薬局が少なく、感染者が増えるとすぐに品切れを起こします。特に、パキロビッドパックの流通は不充分で必要な人に処方できていません。

 ならば、ゾコーバの承認を急ぐ前に有効性と安全性が保証されているこれら2つの安定供給にこそ厚労省は力を注ぐべきではないでしょうか。もっと言えば、そもそもこれら2つの薬があるなかでゾコーバの「存在価値」はどれほどあるのでしょう。ここでこれら3つの薬を比較したいと思います。

 医学誌「The LANCET Infectious Diseases」2022年8月24日号に掲載された論文「香港のオミクロンBA.2株の入院時に酸素補給を必要としない新型コロナの入院患者における感染初期のラゲブリオまたはパキロビッドパックの実際の有効性(後ろ向き研究)(Real-world effectiveness of early molnupiravir or nirmatrelvir-ritonavir in hospitalised patients with COVID-19 without supplemental oxygen requirement on admission during Hong Kong’s omicron BA.2 wave: a retrospective cohort study)」では、ラゲブリオとパキロビッドパックが比較されています。結論を言えば、どちらも有効なのですが、パキロビッドパックの方がより有効性が高いと言えます。死亡率でいえば、そのリスクをラゲブリオは52%、パキロビッドパックは66%下げます。重症化リスクは、ラゲブリオが40%、パキロビッドパックは43%下げます。

 双方とも安全性では今のところ大きな問題はありません。ならば、ゾコーバが登場するには少なくともこれら2つの薬と最低でも同等の成績を示さなくてはなりません。

 2022年2月7日、塩野義はゾコーバの臨床試験で「ウイルス力価の陽性患者割合をプラセボ群と比較して約60~80%減少」と報告しました。この数字だけでは他の2種との比較はできません。では「使いやすさ」はどうでしょう。

 実は、ゾコーバのウイルスを抑制する作用メカニズムはパキロビッドパックと同じようなものです。パキロビッドパックは1日2回の内服が必要なのに対し、ゾコーバは1回だけです。さらにパキロビッドパックは他の薬との飲み合わせが複雑なのに対し、ゾコーバはあまり他の薬との相互作用を考える必要がないとされています。また、パキロビッドパックは腎機能が低下している場合に使いにくいというデメリットがあり、ゾコーバにはそれがないとされています。これらの特徴はゾコーバに有利と言えます。

 では、現在入手できるデータからゾコーバとパキロビッドパックの「有効性」を比較してみましょう。薬を評価するときに使われる指標のひとつに「EC50」と呼ばれるものがあります。これは、「50%効果濃度(half maximal Effective Concentration)」とも呼ばれ、「薬の効果が最大になる半分のときの濃度」で、分かりやすく言えば「EC50が小さいほどその薬の効果は大きい」となります。そのEC50がパキロビッドパックは78nM(ナノメートル)という論文があります。一方、ゾコーバは370nMという報告があります。この数字だけを比べると、ゾコーバが不利です。

 私が聞いたところによると、パキロビッドパックの処方に消極的な医師がそれなりにいて、その理由は「腎機能をチェックしてられない。自分が飲んでいる薬を理解していない患者もいるから相互作用が考えられない」だそうです。「これだけ面倒くさい薬には手を出したくない」という声もあるとか……。

 谷口医院の場合はこういった問題はほとんどありません。そもそも谷口医院の発熱外来は「かかりつけ患者のみ」(この方式を大阪府では「Bグループ」と呼びます)としているため、受診者の腎機能や内服薬はあらかじめ分かっています。また、以前から(過去は外国人に対してだけでしたが現在は日本人にも)抗HIV薬を積極的に処方していますから、飲み合わせに悩むことも(ほとんど)ありません。実はパキロビッドパックの飲み合わせが難しいのは成分の1つの「リトナビル」が複雑だからで、リトナビルはHIVの定番の薬なのです。

 ただし、製品が流通されないのなら元も子もありません。パキロビッドパックは2022年2月1日に200万人分がファイザー社から日本政府に供給されることが決まったはずです。この200万人分はすでに必要な患者さんに処方されたのでしょうか。それとも、どこかの倉庫に眠ったままなのでしょうか。ゾコーバの承認よりも、パキロビッドパックの流通を安定させてほしい、というのが私の個人的希望です。

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2022年9月11日 日曜日

2022年9月11日 減塩対策の「裏技」

 まずは2つの数字を思い出しましょう。1つは、WHO(世界保健機関)が推奨する1日の食塩摂取量、もう1つは日本人の平均食塩摂取量です。答えは次のようになります。

WHOの推奨する1日あたりの塩分摂取量:5g/日

・日本人の食塩平均摂取量:男性11.0g/日、女性9.3/日
(平成30年「国民健康・栄養調査」より)

 男女とも基準の約2倍を摂取しているというわけです。食塩量は味噌汁1杯で2g、ラーメン1杯7-8g、かつ丼1杯4g、梅干し1個2gくらいです。これらの数字をみただけで、1日5g未満を達成するのがいかに過酷かが分かるでしょう。

 では日本食を減らせば減塩できるのでしょうか。これは一理あるのですが、そう簡単ではありません。例えば、タイで現地の人たちと一緒にタイ料理を食べれば塩分がかなり少ないことが実感できます。唐辛子やコショウを上手く使って美味しく食べることができればいいのですが、それを長く続けていると和食に慣れた日本人は次第に物足りなくなってきます。タイに長く住んでいるとタイ料理に塩をかけたくなってくるのです。

 では、塩分の量を増やさずに塩味を得ることができるとすればどうでしょう。「代替塩」というものがあります。従来の「食塩」は塩(ナトリウム)が(ほぼ)100%ですが、ナトリウム75%・カリウム25%の代替塩が存在します。

 これを使った大規模調査が中国でおこなわれ論文として発表されています。医学誌「The New England Jpurnal of Medicine」2021年9月16日に掲載された「心血管疾患および死亡に対する代替塩の影響(Effect of Salt Substitution on Cardiovascular Events and Death)」です。

 研究の対象者は中国の約600の村の住民で、脳卒中を起こしたことがあるか60歳以上で高血圧がある20,995人です。10,504人には「ナトリウム75%・カリウム25%の代替塩」を、残りの10,491人には「ナトリウム100%の従来の食塩」を使用してもらいました。追跡調査の平均期間は4.74年です。

 結果、代替塩を使うと、脳卒中、心血管疾患、死亡のリスクが、それぞれ、14%、13%、12%低下していました。

 しかし、カリウムがたくさん含まれる代替塩を摂取すると、高カリウム血症を起こすのではないかという懸念が生まれます。しかし、この研究では高カリウム血症を含む有害事象は代替塩に認められませんでした。

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 2021年9月に発表されたこの研究、コロナ禍のせいで大きな注目はされませんでしたが、かなり衝撃的な内容です。というより、これを読めば、直ちに世界のスーパーマーケットの食塩売り場の棚を一掃すべきだ、と考えたくなります。

 しかし、ナトリウム75%・カリウム25%の代替塩はどうやって入手すればいいのでしょう。実は、日本にはこの代替塩よりもはるかに有用な(と考えられる)”代替塩”があります。そして、すでに過去の医療ニュース「2016年6月27日 米国の減塩対策と日本の減塩食品」で紹介しています。

 それは味の素の「やさしお」です。「やさしお」ならナトリウムが約50%で、残りはカリウムとマグネシウムでできています。はっきり言うと、この「やさしお」、非の打ちどころがない素晴らしい商品です。

 医師が特定の商品を絶賛するようなことは極力避けるべきですし、私はすでに過去のマンスリーレポート「2013年8月 この夏の暑さと塩と味の素」で「味の素」を褒めちぎってしまいましたから、同じようなことはしたくないのですが、「やさしお」はどう考えても誉め言葉以外の言葉が見つからない商品なのです。

 ただし、調べてみると、他にも2つ「代替塩」として推奨できる商品が見つかりました。

 1つは大正製薬の「減塩習慣」で「やさしお」と同様、ナトリウムが約50%で、残りはカリウムを中心に、リン酸カルシウムやクエン酸が含まれています。

 もうひとつはポッカの「ウレシオ」で、こちらもナトリウムは約50%です。ユニークなのはカリウムがわずかしか含まれておらず、炭水化物が残りの大半を占めていることです。「粉末レモン」が使われているようで、おそらくこの正体が炭水化物なのではないかと思われます。一般に、「粉末もの」の正体は炭水化物であることが多いからです。サイトをみると「塩化カリウム不使用」であることが強調されているので、もしかすると慢性腎臓病や腎不全の人のために開発されたものかもしれません。

 最後に、代替塩を使うよりももっと推薦できる方法を紹介したいと思います。その方法なら、費用がほぼかからず、安全で、(一部の人を除けば)誰もが簡単にできます。それは「運動で汗をかくこと」です。過剰に摂取したナトリウムは汗とともに対外に排出されます。そういう意味でも運動は大切なのです。

 というわけで「代替塩と日々の運動」という”裏技”で、過酷な塩分制限をしなくても美味しい食事を楽しむことができるのです。

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2022年9月8日 木曜日

2022年9月 承認欲求を抑えられない人たち

 2022年8月13日、『患者よ、がんと闘うな』で有名な近藤誠医師(以下、「近藤医師」)が他界されました。出勤途中で体調不良を訴え、搬送先の病院で死亡されたそうです。享年73歳。死因は虚血性心疾患と報道されています。

 近藤医師は医療者であれば知らない者はおらず、医療者でなくても知っている人はかなり多いでしょう。『患者よ、がん……』以外にもベストセラーとなった著作が多数あり、たしか書籍関係の賞も受賞されことがあったはずです。

 しかし、近藤医師に対する医療者からの評判は非常に悪く、実際、死亡が報道された直後の医師の掲示板を見てみると悪口のオンパレードでした。そして、患者さんのなかにも近藤医師を否定的に言う人は少なくありません。

 ただし、一部の市民(患者)からはまるで”神”のように崇められていて、都内で開業した「近藤誠がん研究所・セカンドオピニオン外来」の料金は、一律30分で3万2000円(現金のみ)だとか……。

 今回は、なぜ近藤医師が「アンチ標準医療」に走ったのか、について私見を述べてみたいと思います。結論を言えば「社会から注目される快感に抗えなかった」、つまり「強すぎる承認欲求を抑えられなかったが故に、どんどん奇を衒った”奇説”を発表していった」、となります。

 しかし、元々近藤医師はそのような医師ではありませんでした。近藤医師が一躍有名になったのは80年代後半(だったと思います)、乳がんに対する「乳房温存療法」を提唱されたときです。

 乳房温存療法とは乳がんの手術で、文字通り「乳房を残す」手術です。それまでは乳がんがみつかれば筋肉も含めたかなりの広範囲を切除するのが一般的でした。乳房温存療法を簡単に言えば、放射線照射を併用してがんを含む狭い範囲だけを切除する方法です。海外ではそれなりに普及していましたが、日本ではそうではなく、「日本でもおこなわれるようになったのは近藤医師のおかげだ」と言っても過言ではありません。

 名著『患者よ、がんと闘うな』を上梓されたのは1996年、私が医学部に入学した年です。私が医師を目指し始めたのは医学部4回生の頃で、入学当時は臨床に、つまり医療行為にほとんど興味がありませんでした。ですが、この本は同級生に勧められたこともあり読んでみました。日本の医療現場では、不要な手術、無駄な手術、さらに無意味な抗がん剤投与がたくさんおこなわれているんだ、と理解し、「近藤医師の主張は素晴らしい!」と感じました。

 ところが、医師になることを決めて臨んだ医学部5回生の実習が始まると、患者さんから直接話を聞く機会が増え、「手術や抗がん剤は不要」という考えが間違っていることに気付きました。近藤医師が指摘するように、手術がうまくいかず結果として死期が早まった事例や、抗がん剤に苦しむ人が多いのは事実です。しかし、全体でみれば「手術をしてもらって感謝している」という人の方が圧倒的に多く、また「抗がん剤のおかげでがんが小さくなったから手術ができた」というケースも多々あるのです。
 
 近藤医師の主張は月日が経つにつれ、ますますエスカレートしていきました。「すべてのがんは放置せよ」、「健診は無意味だから受けるな」、「病院に行けば殺される」、さらには「ワクチンは危険」とまで主張されるようになりました。

 ではなぜ、近藤医師は(ほとんどの)医師に嫌われることを覚悟の上で、次々と奇説を発表していったのでしょうか。医療界からはまったく「承認」されないわけですが、メディアや社会、あるいは一部の患者からは”神”のように崇められました。近藤医師からみれば、同僚よりも、メディアや世論からの「承認」の方に魅力があったのでしょう。

 では、このように同僚よりもメディア受けすることに”快感”を覚えるのは近藤医師だけかというと、どうもそうではないようです。新型コロナウイルスが流行し始めた2020年初頭、当院以外に発熱外来を実施しているところがないかを調べるため、いろんなクリニックのウェブサイトをみてみました。すると、トップページに「〇〇局の番組に出演しました」とか「△△社から取材を受けました」といったことが書かれている(しかも目立つように!)サイトがあって驚かされました。

 メディア(マスコミ)の取材を受けるのは、恥ずかしいことではありませんが、一般に医師はメディアに協力することを嫌います。その理由は「自分の主張が曲解して伝えられることがあるから」です。そもそも難しい病気の話を、短時間で(短い文章で)うまく伝えることは困難です。他方、メディアが求めるのは「分かりやすさ」です。結果、どうしても単純で分かりやすいことを言ったり書いたりすることを求められるのです。よって、まともな医師であればメディアからの取材協力依頼にはかなり慎重になります。

 2022年8月24日、稲盛和夫さんが他界されました。91歳、死因は老衰と報道されています。私は90年代から稲盛さんの大ファンで、著作は繰り返し読み、過去のコラムでも紹介したことがあります。特に「動機善なりや、私心なかりしか」は私の座右の銘のひとつです。

 実は私は過去に何度か、稲盛さんの主催する「盛和塾」に入塾することを考えたことがあります。盛和塾は経済界の人たちのものと聞いていましたから結局諦めたのですが、今思えばやはり「稲盛さんの著作から人生で大切なことをたくさん学んできました。もっと勉強させてください!」と言って飛び込めばよかったと後悔しています。ちなみに、「私心なかりしか」の「私心」を、恥ずかしながら私は「しごころ」と読んでいたのですが、あるとき盛和塾のメンバーでもあったある企業のオーナーから「それは<ししん>と読むのだ」と教えてもらったことがあります。

 話を戻しましょう。稲盛さんはDDI(現在のKDDI)を立ち上げるときに「世間に自分をよく見せたいというスタンドプレーではないか」と何度も自問されたそうです。つまり、「自分をよくみせたい(=承認欲求)」という気持ちがあるのなら「その動機は善ではない」のです。

 そういう観点から改めて近藤医師の意見を見直してみると、個別の状態や事情を考慮せず、一律に「手術、抗がん剤、健診、ワクチンのすべては無意味」とする主張は、到底患者のためのものとは思えません。奇を衒った意見の主張は、医療界以外の世間に対して「自分をよくみせたい」という低レベルの欲求のなせる技ではないでしょうか。もしも、近藤医師にまだ謙虚さが残っていれば、手術や抗がん剤、あるいはワクチンで救われた人たちからも話を傾聴し、現代医療を全否定するような発言はしなかったはずです。

 最近、楽天の三木谷浩史氏が雑誌に興味深いことを書かれていたのでここに紹介します。

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 若いアントレプレナーは往々にして、「株式上場したい」(中略)思いがひときわ強い。でも、それだけでいいのだろうか。(中略)(僕が)絶対に譲れないのは「日本を良くしたい」という純粋な思いだ。(週刊新潮2022年8月25日号)
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 おそらく三木谷氏の「日本を良くしたい」は「自分をよく見せたい」ではなく、稲盛さんの考えに通ずる「利他」の精神ではないでしょうか。

 過去のコラム「「承認されたい欲求」と「承認したくない欲求」」でも述べたように、承認されるのは自分の家族やパートナー、少数の友達だけで充分です。他者や社会に対しては「承認を求めず利他の精神をもって貢献する」ことが大切です。

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2022年9月4日 日曜日

2022年9月5日 血圧が高くても毎日コーヒーを飲めば血管がしなやかに

 太融寺町谷口医院では高血圧の患者さんを診ない日はありません。全員に毎回、というわけではありませんが、血圧は計測する以外にも私自身がときどき血管を触らせてもらうことがあります。なかには触っただけで血管がガチガチに硬くなっている人もいます。

 高血圧が進行し、血管が硬くなると、血管はしなやかさを失い全身の動脈硬化が進行します(触った血管が硬くなっていること自体が動脈硬化であることを示しています)。

 しかし、血圧が高くても血管をしなやかに保つ(=動脈硬化を防ぐ)方法があるとすればどうでしょう。しかも、ごく簡単な方法で。

 毎日コーヒーを飲む習慣がある人は血圧が高くても血管の機能が良好。

 このようなコーヒー好きには嬉しい研究発表が日本人によっておこなわれました。医学誌「Nutrients」2022年6月29日に掲載された論文「高血圧患者における日々のコーヒー摂取量と血管機能との関係(Relationship of Daily Coffee Intake with Vascular Function in Patients with Hypertension )」に掲載されています。

 研究の対象者は広島大学付属病院で2016年4月~2021年8月に健診を受けた高血圧患者462人です。受診者にはコーヒーをどれほど飲むかを尋ね、その量と血管のしなやかさが測定され関係が算出されました。

 結論を言えば、「コーヒー摂取量が多いほど血管がしなやかになる」という結果が出たのですが、もう少し詳しく解説しましょう。本研究では血管のしなやかさを2つの指標で調べています。

 1つは「血流再開時に血管がどれくらい拡張するか」です。血圧を測るときには駆血帯を上腕に巻いて強くしばり、いったん血液の流れを止めます。解放したときに血管が拡張します。このときの拡張の度合いを「血流再開による血管拡張反応(flow-mediated vasodilation)」と呼びます。

 もう1つの指標は、ニトログリセリン(血管を拡張させることができる薬品)を投与したときにどれだけ血管が拡張するかで、これを「ニトログリセリン投与による血管拡張反応(nitroglycerine-induced vasodilation)」と呼びます。

 「血流再開による血管拡張反応」の成績が悪い(血流を再開しても血管が拡張しにくい)下位3分の1のグループに、コーヒーを毎日摂取している人が含まれるリスクは45%低下することが分りました。

 「ニトログリセリン投与による血管拡張反応」では、成績が悪い(ニトログリセリンを投与しても血管が拡張しにくい)下位3分の1のグループに、コーヒーを毎日摂取している人が含まれるリスクは50%低下することが分りました。

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 コーヒー好きには朗報ですが、飲めば飲むほど血管がしなやかになるとは言えないでしょう。効果のある上限(何杯までが有効か)が気になるところですが、この研究からは分かりません。

 また、当然のことながら、コーヒーに期待しすぎるのは禁物です。昔からはっきりしているのは「血管のしなやかさを保つのに最も大切なのは運動」という事実です。 

参考:医療ニュース
2022年3月20日 ADHDには濃いコーヒーが有効かも
2018年11月30日 コーヒーで酒さ予防
2018年4月5日 コーヒーの発がん性をLA高等裁判所が認定
2016年12月9日 コーヒー1日3杯以上で脳腫瘍のリスクが低下
2016年3月8日 コーヒーを毎日飲めば膀胱がんのリスクが低下
2015年12月26日 コーヒーを飲んで長生き、自殺も予防!

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