2018年12月28日 金曜日
2018年12月30日 ω3系脂肪酸、心血管疾患にもがんにも予防効果なし
数多いサプリメントのなかでもω3系脂肪酸(オメガ3系脂肪酸)は常に人気があります。青い魚の油に含まれる成分で、サプリメントのみならず医薬品として処方されているもの(ロトリガ、エパデールなど)もあります。一般的には「血液をサラサラにする」と言われており、一度心筋梗塞などの心血管疾患を発症した人が飲めば予防効果があるとされており(これを「二次予防」と呼びます)、米国心臓協会(AHA)も推奨しています。
ですが、心血管疾患を発症したことのない人に対する予防効果(これを「一次予防」と呼びます)についてはエビデンスレベルの高い研究はないと言われていました。今回発表された論文がそれについての調査結果を発表しました。
医学誌『The New England Journal of Medicine』2018年11月10日号(オンライン版)に「ω3系脂肪酸の心血管疾患とがんに対する予防効果(Marine n−3 Fatty Acids and Prevention of Cardiovascular Disease and Cancer)」というタイトルの論文が掲載されました。
研究の対象は米国人で、男性は50歳以上、女性は55歳以上、合計25,871人です。内訳は、ω3系脂肪酸を内服したのが12,933人、プラセボ(偽薬)が12,938人です。追跡期間は中央値で5.3年。
この間に心血管疾患を発症したのが、ω3系脂肪酸を内服したグループでは386人、プラセボは419人で、これは統計学的に有意な差はありません。
一方、がん(浸潤がん、invasive cancer)を発症したのは、ω3系脂肪酸摂取者では820人、プラセボでは797人でこちらも差はありません。
結論として、健常者(心血管疾患を発症したことのない人)がω3系脂肪酸を摂取しても心血管疾患を防げるわけではなく、また、がんの予防効果もなかった、ということになります。
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ω3系脂肪酸のサプリメントは大きな有害事象はないとされていますから、気に入って飲んでいる人はそのまま続けてもいいかもしれません。ただし、一部にはがんのリスクになるとするものもあります(下記医療ニュース参照)。
太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)ではサプリメントに関する相談もよくされます。そのなかでもω3系脂肪酸は最もよく聞かれるもののひとつです。たいていの場合、私が答えるのは「エビデンスレベルが高くないにせよω3系脂肪酸を摂って損することはあまりないでしょう。ですが、摂るならサプリメントではなく食品から。新鮮な魚介類は他にも栄養たっぷりですよ!」というものです。ちなみに、谷口医院ではω3系脂肪酸の医薬品の処方をおこなうことはほとんどありません。
医療ニュース2013年7月31日「ω3系脂肪酸で前立腺ガンのリスクが4割上昇」
メディカルエッセイ第122回(2013年3月)「不飽和脂肪酸をめぐる混乱」
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|2018年12月28日 金曜日
2018年12月30日 多血小板血漿療法は「効果なし」の結論
太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)では美容医療をおこなっていませんが、「健康のことは何でも相談ください」と言い続けていることもあって、2007年のオープン当時から美容医療の相談、つまり「〇〇法は有効でしょうか」といった相談をよく受けています。
そういうもののなかで、過去12年間コンスタントに相談されているのが「多血小板血漿療法」(Platelet Rich Plasma Injection、以下「PRP療法」)です。自分自身の血小板の成長因子が持つ「組織修復能力」を利用して、皮膚を”若返り”させようとする治療法で、例えば床ずれ(褥瘡)や糖尿病の皮膚壊疽や潰瘍を治療する目的で研究が進められてきたものです。
なにしろ、自分自身の血液を使うために感染症の心配がなく、元々持っている”自然の”再生能力を利用しようというものですから、非常に聞こえがいいわけです。はやりすたりのある美容医療のなかで人気が持続しているのはこのあたりに理由がありそうです。
では実際に効果があるのでしょうか。医学誌『JAMA Dermatology』に興味深い論文が掲載されました。論文のタイトルは「紫外線で老化した顔面の皮膚の若がえりに対するPRP療法の効果(Effect of Platelet-Rich Plasma Injection for Rejuvenation of Photoaged Facial Skin)」です。
研究の対象となったのは18~70歳の男女27人(平均年齢46歳、女性が17人)です。片側の頬にPRPを、もう一方の頬には生理食塩水をそれぞれ3mLずつ皮内注射しました。結果は興味深いものです。
被験者の自己評価は、PRPで治療した頬は生理食塩水と比べて有意に改善しています。fine and coarse texture(訳しにくい!直訳すると「細かい繊維と荒い繊維」、要するに肌の「キメ」のことだと思います)が改善したと答えています。
一方、皮膚科医が客観的に評価したところ、fine lines(小じわ)、mottled pigmentation(斑状の色素沈着)、skin roughness(あれ)、skin sallowness(黄染)のいずれの点でもPRPと生理食塩水に差はありませんでした。
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客観的には効果がなくても施術を受けた本人が満足しているのだからそれでいいではないか、という考えもあるかもしれませんが、高額を支払う価値が本当にあるのかどうか、再考した方がよさそうです。
ちなみに、谷口医院でPRP療法の相談をされたとき、これまでは「自己血を使うから危険性は低い。ただし有効とするエビデンスはない」と伝えてきました。今度相談されたときはこの論文の話をしてみようと思います。
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|2018年12月27日 木曜日
第184回(2018年12月)急増する「魚アレルギー」、寿司屋のバイトが原因?
「サバアレルギーだと思います」と言って受診する人を診察すると、実際にサバアレルギーであることは稀であり、他の原因であることが多い、という話を以前書きました(はやりの病気第166回(2017年6月)「5種類の「サバを食べてアレルギー」」)。
そのコラムで述べたように、サバアレルギー疑いの「真犯人」で多いのは、①アニサキスアレルギー(当院ではこれが最多)、②ヒスタミン中毒、③パルブアルブミンなどによるアレルギー(ここからは「魚アレルギー」とします)です。①②は昔から多くあり、珍しいものではないのですが、③については(私の印象では)ここ数年で急激に増えています。
特に根拠があったわけではないものの、「赤魚の煮つけを食べて蕁麻疹」というエピソードを持つ小学生を立て続けに診た経験があり、魚アレルギーは小学生に多いのではないかと以前の私は思っていました。しかし、実際にはそういうわけではなさそうで、太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)では20代の男女に増えているような印象があります。
魚アレルギーの原因となるタンパク質で最も有名なのはパルブアルブミン、次いでコラーゲンです。パルブパルブミンは多くの魚に含まれていますが、魚の種類で含有量に「差」があり、多いことで最も有名なのが赤魚です。「赤魚を食べて蕁麻疹」とくれば真っ先にパルブアルブミンを疑うことになります。
パルブアルブミンの含有量に差があるなら、少ないものならいいのか、という疑問が出てきます。たしかにある程度はその通りなのですが、では「少ない魚はどれか」「どの程度少なければ食べられるのか」ということを考えなければならずこれが大変です。経験的にもデータ上でもマグロが原因のパルブアルブミンアレルギーはほとんどないとされていて(ちなみにアニサキスアレルギーもマグロには起こりにくい)、これはいいのですが、じゃあ他の魚は、となると信頼できるリストのようなものが(私の知る限り現時点では)ありません。
それに、アレルギーの基本として、アレルギーの程度が強くなればわずかなアレルゲンにも反応するようになってきます。そして、アレルゲンを摂取すればするほどアレルギーの程度が強くなってきます。ならば、それを防ぐために早い段階ですべての魚を禁止すべきか、という議論がでてきます。ですから、パルブアルブミンアレルギーの患者さんにどの程度魚を禁止してもらうかについてはいつも悩まされます。問題はまだあります。パルブミンは白あんにも含まれているのです。つまり、パルブアルブミンアレルギーになってしまえば、白あんを含む食べ物も食べられなくなってしまうのです。
パルブアルブミン以外の魚アレルギーの原因としてコラーゲンが有名です。コラーゲンは多くの魚に含まれていて、「どの魚を食べてもじんましんがでる」という人はコラーゲンが原因であることが多いと言えます。
さて、問題は、「なぜ最近になって魚アレルギーが急増しているのか」ということと「魚アレルギーの発症を予防する方法はないのか」ということです。ここからは私見を述べます。
先述したように、私は自分が診た症例から魚アレルギーは小児に多いと思っていて、その原因として、回転寿司や廉価の寿司屋の普及で子供も寿司を食べる機会が増えたからではないかと考えていました。ところが、最近は20代の男女に多いのです。これは、以前からアレルギーがあって医療機関を始めて受診したのが20代になってから、という意味ではありません。つい最近まで問題なく魚を食べていたのに、ある日突然魚を食べると全身にじんましんが出た、というエピソードなのです。
そして、実はこういう20代の男女にはある「共通点」があります。その共通点とは、「寿司屋でのアルバイト」です。
以前のコラム(はやりの病気第157回(2016年9月)「最近増えてる奇妙な食物アレルギー」)で、ビールアレルギーは過去に居酒屋やビアガーデンでアルバイトをしていた人に多いという話をしました。そのアルバイトで、ビールがこぼれて皮膚に触れた、そしてその皮膚には「炎症」があった、という経験をしているのです。
このサイトを以前から読まれている方にはお馴染みだと思いますが、これは「二重アレルゲン暴露仮説(Dual allergen exposure hypothesis)」で説明できます。詳しくは過去のコラム(たとえば「はやりの病気」第167回(2017年7月)「卵アレルギーを防ぐためのコペルニクス的転回」)の注3をご覧いただきたいのですが、食物は口から入る(食べる)と問題ないが、皮膚から入るとアレルゲンになってしまうというものです。
つまり、ビールが皮膚の炎症を通して皮下に吸収されるとビールアレルギーになるように、魚の成分(パルブアルブミンやコラーゲン)が皮下に侵入すると魚アレルギーとなってしまうというストーリーが考えられるのです。慣れないビアガーデンでアルバイトをすると、誰もが一度はビールをこぼしてしまうという経験をするでしょう。ですが全員がビールアレルギーになるわけではありません。ビールアレルギーになるのは、初めから皮膚に炎症のある人だけであり、一番多いのはアトピー性皮膚炎など慢性の炎症性疾患を持っている人です。
魚アレルギーも同様で、やはりアトピーなどで皮膚に炎症があると、そこからパルブミンやコラーゲンが侵入するのです。炎症があると皮膚の「バリア機能」が損なわれ、そこから「招かれざる客」としてアレルゲンが侵入してしまうというわけです。ということは、アトピーがあると寿司屋(や魚屋)でアルバイトをしない方がいいということになります。しかし、このことをあまり強調すると、アトピーや手湿疹のある寿司屋のアルバイトが一斉に辞めてしまい、店舗が回らなくなるかもしれません。また、アルバイトでなく寿司職人のなかにもアトピー性皮膚炎の人はいるでしょうし、冷たい水を常に使うわけですから手指に湿疹があるという人も大勢いるに違いありません。
最近は寿司屋の店舗数が随分と増えているように思います。私が子供の頃は、寿司というのは「超」が付くほどの高級品であり、めったに食べられるものではありませんでした。何かの祝い事のときに親戚が集まって食べるものというイメージです。18歳になって大阪に出てきたとき、大阪にはこんなにも寿司屋が多く、しかも値段が安いことに驚きました。何しろおなかいっぱい食べても一人2千円くらいで済むのです。しかし、昭和の終わりのこの頃も、現在のような大型の回転寿司はほとんどなかったはずです。それから、以前は寿司を握るのは熟練の寿司職人であり、何年もの間下積みの修行を重ねねばならず、お客さんの前で寿司を握れるようになるのは十年近くたってからだという話を聞いたことがあります。
すし屋の店舗数が増え、誰もが気軽に食べられるようになり、さらに寿司屋での仕事が「熟練」を求めなくなった結果、何が起こったか。それは「気軽に始められるアルバイトとしての寿司屋勤務」で、その結果生じたのが「魚アレルギー患者の急増」というわけです。
もしもあなたが慢性の皮膚疾患をもっているなら、魚を触る仕事やアルバイトは控えた方がいいかもしれません。すでに仕事をしているという人は、しっかりと治療をしてバリア機能を万全の状態にしておく必要があるでしょう。
「二重アレルゲン暴露仮説」はもはや「仮説」ではなく「真実」ではないのか、というのが私の考えです。ビール、魚以外では、ココナッツアレルギーが増えているという報告もあります。おそらく、ココナッツを含むボディオイルや化粧品を使った結果ではないでしょうか。
我々は「茶のしずく石鹸」から学んだ経験を忘れてはいけません。
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|2018年12月17日 月曜日
2018年12月 人生は自分で切り拓くものではなかった!?
特に「50歳の誕生日」というものを気にしていたわけではないと思うのですが、去る10月に50歳になってから強く意識しだした「考え」があります。それは「自分の人生は自分で切り拓くものではない」というものです。
実は、初めてこういう考えが頭の中に出てきたのは30代半ばの頃です。ですが、その頃はあまり深く考えずに過ごしていました。しかしこの思いは次第に強くなり、数年前からは「人は自分の力、とりわけ努力することにより厳しい社会に立ち向かっていかなければならない」という考えは間違いとは言えないにしても、正確ではないのでは、と思うようになってきていました。
以前の私は、とにかく「社会は厳しくて誰に対しても冷たい。他人に頼ってはいけない。ひたすら努力して強く生きていかなければならない」というような考えをもっていました。これはもう物心がついてからと言っても過言ではなく、できないことがあればそれは努力が足りないからだ、と自分に言い聞かせてきました。そしてそう信じることで自分を奮い立たせることができていたのも、それなりに努力ができていたのも事実です。
私のこれまでの文章や拙書を読まれた方はご存知だと思いますが、高校時代には行ける大学はないと言われたものの、どうしても行きたかった関西学院大学理学部に2カ月間だけですが猛勉強で合格しました。しかし入学後、これが自分の進む道ではないと気付き、「前例がないから無理だ」と言われながらも社会学部に編入しました。就職するときには「大企業の名刺を持ちたくない、自分の力で勝負できるところに行くんだ」と言って中小企業に就職し、ある程度好きなことをさせてもらいました。医学部受験は誰ひとり賛成してくれず孤立無援で挑みました。当初志望していた研究者への道は断念しましたが、臨床医としての道を見つけ、タイ渡航時にHIVの現実を知りNPO法人を立ち上げ、さらに総合診療のクリニックが日本にも必要と考え太融寺町谷口医院をつくりました。
このように私はこれまでの人生で「やりたいこと」が見つかれば、他人の忠告には耳を貸さず、ひたすら努力し自分の力と「運」を味方に自分の道を進んできました。
では、私はこれからも自分で決めた道を進み続けるのか、と考えたときに、それはどうも違うのではないかという感覚がいつの頃からか芽生え、それが次第に大きくなってきているのです。
まず私の人生はこれまで何度も「運」に助けられてきています。努力が実ったというよりは、幸運に支えられてきたおかげで今の自分があります。ほとんどの場面で他人の忠告に耳を貸さなかったのは事実ですが、私に社会学のおもしろさを教えてくれたのも、「大企業で歯車になるな、己の身体で勝負せよ」という人生のルールを示してくれたのも私の先輩ですし(そういった先輩たちには今もお世話になっています)、医学部に入ってから、あるいは医師になってから素晴らしい先輩医師の指導を受けることができたからこそ現在患者さんに貢献できているわけです。私が幸運なのは論を待ちません。
ならば、私はこれからもこの「幸運」に期待していいのでしょうか。いいかもしれませんが、私がすべきことはこれまで通り自身のミッション・ステイトメントに従い(参考:マンスリーレポート2016年1月「苦悩の人生とミッション・ステイトメント」)、やるべきことをやるだけです。そして、重要なのは幸運に感謝すること、そしてもうひとつ。「〇〇」に恥ずかしくないよう生きることだと思っています。
「〇〇」とは何なのか。これが自分でもよく分からないのですが、宗教を持っている人なら「神」と呼ぶものかもしれません。最近になってよく思うのは、私はもしかすると「生きている」のではなく「〇〇」により「生かされている」のではないか、ということなのです。
つまり私が自分の努力で自分の道を切り拓いてきたと思っていたのは自分の「実力」ではなく、「〇〇」に支えられてのことだったのではないか、その「〇〇」が私に「運」を運んでくれているのではないかと思わずにはいられないのです。さらに、私の行動や思考すべてが「〇〇」に監視されているのではないかとも思えます。監視という言葉は通常は否定的な意味で使われますが、私にとって「〇〇」による監視は不快なものではなく、むしろ「〇〇」に見られているから頑張らなくては、と思える、いわば私を応援してくれている存在なのです。
なんだか宗教的な話になってしまいましたが、私は特定の宗教を持っていません。ですが、今改めて思えば、こういう考えをもつきっかけになったのはタイのエイズ施設「パバナプ寺(Wat Phrabhatnamphu)」を訪問しだしてからです。ただ、寺そのものや仏教と私の考えにつながりがあるわけではありません。おそらく、私がこの施設で死が直前に迫った若い人達と濃厚な日々を過ごしたことが原因です。
親に売り飛ばされ春を鬻ぎHIVに感染し死を直前にした若い女性。ストリートチルドレンとしてしか生きる術がなくそのうちに違法薬物に手を出してエイズを発症した若い男性。母子感染したHIV陽性の子供たち。こういった人たちの存在を想像したとき、多くの人が感じるのはおそらく「かわいそう。気の毒」ということだと思います。私も最初はそうでした。実際にそういった人たちと会うまでは。
ところが、実際に患者さんと会って治療をおこなうようになると「かわいそう」などという気持ちを持っていては何もできません。というより、そのような気持ちを持つこと自体が失礼になります。患者さんを「かわいそう」などと上からの視線でみてはいけないのです。患者さんの年齢にかかわらず、たとえ子供であっても一人の人間として尊厳を尊重すべきであり、先進国から来た医師が偉いわけでも何でもないのです。
これは当たり前のことなのですが、この当たり前のことをきちんと理解できたとき、それまでの私はこんなに重要なことをなおざりにしていたんだ、と反省せねばなりませんでした。よく考えると日本で診るすべての患者さんに対しても、その人がどれだけ不幸な生い立ちであったとしても、不治の病に罹患していたとしても、「かわいそうだ。気の毒だ」などと思ってはいけないのです。一人の患者さんを前にしたとき、こういった感情を持つことは診察に悪影響を与えるだけではなく、大変失礼なことなのです。
こう考えると、私がこれまで努力して自分の道を切り開いてきたという考えも正確ではなく、私自身がそういう「役割」を与えられているのではないか、と思えてきます。私のことを昔からよく知る友人や知人からは「医学部受験もGINAもクリニックもよくやったな」と言われますが、私は担った役割を単に実演しているだけではないのか、と考えるようになってきたのです。つまり、私が「不治の病を負った患者」ではなく「患者を治療する医師」なのは、私の努力によるものではなく、そういう役割を与えられているからではないかと思えてくるのです。
若い頃と比べると、何をするときも、それは大きな決断だけでなく日常生活の些細なことも含めて、選択に悩むことがかなり少なくなりました。その理由として、まず私は自分のミッション・ステイトメントを持っていることが挙げられます。しかし、そのミッション・ステイトメントに忠実に生きるように「〇〇」が私を監視しているようにも思えるのです。
「〇〇」とは神のような仰々しいものではなく、単に私の中にある「良心」と呼ぶべきものかもしれませんし、もっと世俗的な単なる「大人の分別」に過ぎないのかもしれません。しかしその一方で、例えば私がお世話になった故人の「霊」かもしれないし、宇宙を支配する「原理」であるような気もします。
いずれにせよ、これからの私の人生は「〇〇」を裏切らないように、与えられた役割を実演していくのみです。
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