2018年9月28日 金曜日

2018年9月28日 胃薬PPIで認知症のリスクは増加しない?!

 つい最近まで「最強の胃薬」とも呼ばれていたPPI(プロトンポンプ阻害薬)が、ここ数年で様々な副作用のリスクが指摘されています。なかでも認知症のリスクになるという意見は大変注目され世界中で物議をかもしています。今回、そのPPIは「認知症のリスクでない」ことを示した大規模調査が報告されました。

 医学誌『Drug Safety』2018年8月27日号(オンライン版)に掲載された論文を紹介します。この研究は英国のデータベースに登録されている記録の解析です。1998年~2015年に新たにアルツハイマー型認知症または(脳梗塞などによる)血管性認知症と診断された65歳以上の41,029例が対象です。

 結果は、長期間PPIを使用した人は使用していない人に比べ、アルツハイマーの発症率は0.88倍、血管性認知症については1.18倍で、これらはいずれも統計学的に有意な差ではありませんでした。

 この研究ではPPIだけでなくH2ブロッカーについても調べられています。H2ブロッカー長期使用者は使用していない人に比べ、アルツハイマーは0.94倍、血管性認知症は0.99倍とやはり差はありません。

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 この研究はいわゆる「後向き研究」ですが、それでも規模が大きいのでそれなりにエビデンスレベルは高いと言えるでしょう。ですが、認知症のリスクが完全に否定されたとまでは言えないと思います。とはいえ、自身の判断で薬を中止するのは危険です。中止を考えたときはまずはかかりつけ医に相談するようにしましょう。

参考:
はやりの病気第151回(2016年3月)「認知症のリスクになると言われる3種の薬」
医療ニュース
2017年4月28日「胃薬PPIは認知症患者の肺炎のリスク」
2017年1月25日「胃薬PPIは細菌性腸炎のリスクも上げる」
2016年12月8日「胃薬PPI大量使用は脳梗塞のリスク」
2016年8月29日「胃薬PPIが血管の老化を早める可能性」

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2018年9月28日 金曜日

2018年9月28日 健常者には低用量アスピリンの効果なし

 これは大きなニュースだと思います。

 低用量アスピリンの有用性は過去何十年間繰り返し指摘されてきました。有用性を実証した研究もたくさんあります。何に対して有効かというと、まず心筋梗塞や脳梗塞といった「心血管疾患の再発予防」です。血液が固まりやすくなったことでこれらが起こったのだから、再発を防ぐために血をサラサラにする効果のあるアスピリンを毎日飲みましょう、というわけです。また、アスピリンには大腸がんを予防する効果があることも随分前から主張されています。心血管疾患とがんの中で高頻度の大腸がんを同時に防ぐことができるならば、低用量アスピリンはまさに「魔法の薬」のようです。しかも、通常量を飲めば頭痛や咽頭痛にも有効なわけですから現代人には欠かせない薬と言えるかもしれません。

 では本当に健常人が飲むことに意味があるのでしょうか。これを検証したのが今回紹介する研究です。研究者はオーストラリアのJohn J. McNeil氏。同国および米国の健康な高齢者を対象として、低用量アスピリンの有益性とリスクを検証する研究をおこないました。結果は、一流の医学誌『The New England Journal of Medicine』2018年9月16日(オンライン版)になんと3つの論文で同時に掲載されています(この医学誌に論文が掲載されること自体が名誉なことであり、それが同時に3本というのは”快挙”と言っていいでしょう)(注1)。

 この研究は「ASPREE」(Aspirin in Reducing Events in the Elderly)と名付けられています。2010~2014年に両国で調査開始時点で心血管疾患を有さない高齢者19,114人 (中央値74歳)をアスピリン100mg/日投与したグループ(9,525人)とプラセボ投与グループ(9,589人)に分け4.7年間(中央値)追跡しています。

 結果をみていきましょう。まず「障害のない生活(Disability-free Survival)」についてです。追跡期間中の死亡、認知症、身体障害の発生率はアスピリン服用グループで21.5/1,000人・年、プラセボグループで21.2/1,000人・年で、両グループに有意差はありませんでした。

 次に「全死亡率(All-Cause Mortality)」をみてみましょう。全死亡率はアスピリン服用グループが12.7/1,000人・年、プラセボが11.1/1,000人・年で、アスピリンのリスクは1.14倍となります。認知症の発生率はそれぞれ6.7/1,000人・年と6.9/1,000人・年。永続的な身体障害の発生率は4.9/1,000人・年と5.8/1,000人・年(同0.85、0.70~1.03)でした。全死亡率の差について、著者は、アスピリングループのがんによる死亡率は3.1%とプラセボの2.3%より高く、アスピリンががんの発生に関与している可能性を指摘しています。

 心血管疾患の発生率はアスピリングループが10.7/1,000人・年、プラセボが11.3/1,000人・年で、これは統計学的に有意差はありませんでした。一方、「重大な出血」の発生率はそれぞれ8.6/1,000人・年、6.2/1,000人・年と、アスピリングループで有意に高かったことが判りました。

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 結論としては、健常者が低用量アスピリンを毎日服用すると、長生きするどころか、(胃潰瘍や腸管出血、あるいは脳出血など)出血性疾患のリスクが上昇し、また従来言われていたことと異なり、がんの発症リスクを上昇させるかもしれない、ということになります。

 くれぐれも自己判断でアスピリンを開始しないようにしましょう。鎮痛剤としても、です。

注1:3つの論文のタイトルは「Effect of Aspirin on Disability-free Survival in the Healthy Elderly」「Effect of Aspirin on All-Cause Mortality in the Healthy Elderly」「Effect of Aspirin on Cardiovascular Events and Bleeding in the Healthy Elderly」、です。

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2018年9月21日 金曜日

第181回(2018年9月) 混乱する肺炎球菌ワクチン

 肺炎球菌ワクチンについていろんな噂や情報が飛び交っています。「2種類のワクチンはどちらがいいの?」「なんで64歳はうてないんだ?」「強い方のワクチンは子供と高齢者はうてるのに成人は未認可とはどういうことだ!」「追加接種をすべきかについて医師によって言うことが違う!」…、などなど。今回はこれらをすっきりとまとめてみましょう。

 まずは、肺炎球菌とはどのような細菌なのかについて簡単にまとめておきましょう。この細菌は、例えばコレラ、赤痢、腸チフスといった高い病原性を持ち健常者をも死に至らしめるようなタイプの細菌ではなく、小児も含めて多くの人が鼻腔や咽頭に持っているものです。人に利益をもたらすわけではなく、これから述べるように時に”殺人細菌”と化すわけですが普段はある意味でヒトと「共生」していると言えるかもしれません。

 肺炎球菌には多数の種類があり現在90以上のサブタイプがあることが分かっています。イメージとしては、このサイトで何度も紹介しているHPVと似ています。細かいことを言えばHPVと肺炎球菌はまったく異なるもので同列で考えるべきではないのですが、「多くのタイプがありその番号によって病原性が違う」のは同じだと思っていいでしょう。肺炎球菌は顕微鏡で観察することができます。「ここにうつっているのが肺炎球菌で間違いない!」と断定することは困難なのですが、グラム陽性(グラム染色で濃い青に染まる)の球菌(丸い菌、ただし私の印象では楕円形に近い)が2つペアになってみえます。これを「グラム陽性双球菌」と呼びます。

 肺炎球菌が牙を向くのは免疫が弱っているときです。どんなときかというと、ひとつは、まだ免疫システムが確立していない時期、つまり小児期です。もうひとつは加齢で免疫が低下する時期、すなわち高齢期です。また、成人であったとしても何らかの理由で免疫力が低下した場合も要注意です。具体的には心臓や肺、肝臓、腎臓などに重症の病気がある人、重症の糖尿病の人、HIV陽性の人などです。交通事故などで脾臓を摘出している人も要注意です。脾臓はあまり目立たない臓器ですが、免疫系に重要な臓器で、脾臓のない人が肺炎球菌に感染すると数日間で命を失うこともあります。また、稀ではありますが生まれつき脾臓がない人もいます。

 日本で肺炎球菌のワクチンが導入されたのは高齢者よりも小児が先でした。2010年に7価肺炎球菌結合型ワクチン(「PCV7」、商品名は「プレベナー7」です)が任意接種として導入されました。肺炎球菌は小児を死に至らしめることもある重要な細菌感染症ですが、小児の細菌感染症にはもうひとつ重要なものがあります。それは「インフルエンザ桿菌(Hib)」(インフルエンザウイルスとはまったく別の病原体。参照:はやりの病気第76回(2009年12月)「インフルエンザ菌とそのワクチン」)です。小児の細菌性髄膜炎の代表的な起炎菌の2つが肺炎球菌とインフルエンザ桿菌です。名前から考えて多そうな「髄膜炎菌」(参照:はやりの病気第145回(2015年9月)「髄膜炎菌による髄膜炎」)は非常に重症化しやすい細菌ですが頻度はこれら2つほど多くありません。また髄膜炎は細菌性よりもウイルス性の方が多く、ムンプス(おたふく風邪)によるものが有名です。

 インフルエンザ桿菌のワクチンが任意接種として導入されたのが2008年で、定期接種となったのが2013年4月です。そしてこのときに肺炎球菌ワクチン(PCV7)も同時に定期接種となりました(ちなみに、この時もうひとつ定期接種になったワクチンがHPVワクチンで、こちらはその2カ月後に「積極的に勧奨しない」とされ接種率が激減しました)。

 先述したように肺炎球菌には90種類以上のサブタイプがあります。そのすべてが病原性を持っているわけではありませんが、できるだけ多くのサブタイプをカバーできるワクチンが望まれます。7つでは心許ない、というわけです。そこで、2013年11月より13価(この「価」というのがサブタイプの数に相当すると考えてOKです)のワクチン(「PCV13」、商品名は「プレベナー13」)が登場し、PCV7と入れ替わりました。こうなるとPCV7を済ませた子供(の保護者)は、「PCV13を打ち直してよ」と思いたくなりますが、これは認められていません(自費でなら可能です)。また、後述するPPSV23を追加接種することも任意でなら可能です。

 先述したように、肺炎球菌は高齢者にとっても脅威の感染症です。ですから高齢者への定期接種も長年望まれていました。そして、2014年、ついに23価肺炎球菌莢膜ポリサッカライドワクチン(「PPSV23」、商品名は「ニューモバックスNP」)が65歳以上を対象とした定期接種となりました。ただし、定期接種の対象者は65歳以上全員ではなく、その年度に65歳、70歳、75歳、80歳、85歳、90歳、95歳、100歳(及び100歳以上)になる人(及び先述した免疫が低下している人で60~64歳の人、ただし脾摘者は2歳以上なら保険診療で接種可能)に限定されています。ややこしいのは、小児は13価、高齢者は23価と同じ病原体に対するワクチンなのに異なるものが定期接種になったことです。

 これら2種のワクチンの違いを解説していきましょう。PCV13(及びPCV7)は「結合型ワクチン」で、PPSV23は「ポリサッカライドワクチン」です。ワクチンについて勉強したことがある人なら「生ワクチン」「不活化ワクチン」という言葉を聞いたことがあると思います。概して言うと「生ワクチン」が強力で「不活化ワクチン」は弱いワクチンと考えてOKです。だから一般に「不活化ワクチン」は3回、4回と回数を増やして打つことが多いのです。「結合型ワクチン」「ポリサッカライドワクチン」はいずれも不活化ワクチンです。これらの違いの説明は専門的になるので省略しますが、結論は「結合型ワクチン」の方が”強力”です。つまり、小児が対象のPCV13の方が、高齢者対象のPPSV23よりも強力なのです。では、なぜ高齢者にはPCV13でなくPPSV23が選ばれたかというと、カバーできる肺炎球菌の種類が多いから、という単純な理由だと思われます。

 高齢者用のPPSV23はカバーできる肺炎球菌の種類が多いが、効果はPCV13より弱い。では「弱い」なら追加のワクチン接種は必要ないのか、という疑問がでてきます。それに、例えば現在66歳の人は70歳まで待たねばならず、その間に感染したらどうするのだ、という問題もあります。後者については、行政の立場からすると「予算を考えるとこれが限界。うちたいなら自費でうちなさい」ということなのかもしれません。

 追加のワクチンについて考えてみましょう。費用のことはさておき、効果を追求するなら、まず初めからPPSV23単独でなく、PCV13も併用した方がいいんじゃないの?という意見がでてきます。たしかに理論的にはその通りで、日本感染症学会と日本呼吸器学会のメンバーから構成される合同委員会はガイドラインを出しています。

 そのガイドラインによると、65歳、70歳、…、などの定期接種該当者は、まずPPSV23を公費で(無料で)接種し、その後1年以上たってからPCV13を任意で接種するか、5年以上経過してからPPSV23をやはり任意で接種するかを推奨しています。66~69歳、71~74歳、…、などの定期接種に該当しない人は、任意でPPSV23を打つ(その後は定期接種者と同じ方法)という方法でもいいし、PPSV23ではなくPCV13を先にうち、6カ月以上たってからPPSV23を任意で打つか4年以内にやってくる定期接種のときに無料で打つかのいずれかを推奨しています。すでにPPSV23を接種している人は、1年以上あけてからPCV13を任意でうつかPPSV23をやはり任意で接種するかが望ましいとしています。これらは2018年までの方法とし、2019年以降は追加接種も定期接種にすべきかを検討します、ということになっています。

 2018年9月10日、第11回厚生科学審議会予防接種基本方針部会という会議が開かれました。結論としては「高齢者に対しPPSV23の再接種を推奨しない。またPCV13を(65歳以上の)定期接種にしない」となりました。つまり、行政としては、これまで通り、65歳、70歳、…、になると定期接種でPPSV23をうってください。追加接種はうちたい人だけどうぞ、と言っているわけです。

 今回の話は非常にややこしいので最後にまとめておきます。これだけややこしいワクチンを理解するのは相当困難だと思います。かかりつけ医に相談するのが最適でしょう。

・肺炎球菌には90種以上のサブタイプがある。
・肺炎球菌ワクチンにはPCV13とPPSV23の2種類がある(注2)。
・PCV13の方が強力。だが13種しかカバーできない。
・PPSV23はパワーは弱いがカバーできるサブタイプの数が多い(23>13)。
・小児の定期接種はPCV13のみ。2カ月から1歳3カ月までの間に4回接種。
・高齢者の定期接種はPPSV23のみ。対象は65歳、70歳、…、100歳以上。
・高齢者の追加接種には様々な方法がある(本文参照)。
・高齢者以外でも60~64歳の免疫が低下している人は定期接種(無料)可能。
・脾臓摘出者は保険診療で接種可能(3割負担で約1,460円。診察代別途要)。
・60歳未満でも免疫が低下している人(本文参照)はワクチンを検討すべき。
・小児へのPPSV23の追加接種は任意でなら可能。
・PCV13が「認可」されているのは2カ月から6歳未満と65歳以上のみ(注1)。
・PPSVは2歳以上なら何歳でも任意接種可能。

注1:2020年5月29日より、小児・高齢者に限らずリスクのある全年齢が対象となりました
注2:2022年9月26日、15価の結合型ワクチン「バクニュバンス」が承認されました

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2018年9月10日 月曜日

2018年9月 人生を逆算するということ

 12年近く続いた「午前10時から診察開始」いう習慣が「11時から」に変わって10日ほど経過しました。幸いなことに、今のところ患者さんには理解をしてもらっていて特に大きなトラブルもなく診察ができています。前回のコラムで述べたように、私の出勤時間はこれまで通り6時45分とし、電話を取り始める午前8時までを自分の貴重な勉強時間として使っています。

 これまでは生活にまったく余裕がなく、勉強時間が捻出できないのが悩みでしたが、これからは貴重な1時間を使ってたくさんの論文を読んで(たまには書いて)有意義に過ごすつもりです。

 改めて「時間の使い方」を考えてみると、限られた残りの人生の時間をどう使うべきかという問題に直面します。診療に費やせる時間は、仮にあと10年間がんばれたとすると、だいたい月に20日診療をしていて1日平均患者数が70人とした場合、1カ月で1,400人、1年で16,800人、10年で168,000人となります。こう考えるとものすごく多いような気もしますが1年たてば1割減るわけです。月並みな言い方になりますが、一日一日を大切にし、一人一人の患者さんをじっくり診察しなければ、という気持ちになります。

 このように私は以前から、「この環境はあと〇年(△ヶ月)しか続かない。”卒業”までにしなければならないことがすべてできるか」と自分に問う「習慣」があります。この習慣は「自分を律する」という意味でとても有効なものだと思っています。そこで今回は(「余計なお世話だ」と感じる人もいるかもしれませんが)私のこの習慣を紹介します。

 ただし、最初に断っておくと、「自分を律する」を常に実践しているつもりですが、私の人生は計画通りに進んでいません。そして、50歳の誕生日を迎える前に気付いたひとつの「真実」があります。それは、「人生は思い通りにはいかない」ということです。

 人生は自分の思うようにはならずたいていは冷たいものです。そして、計画通りに事は運びません。私の人生など思い通りに進んだ試しがありません。職業にしても、過去に何度か述べたように自分が医師になるなどとは微塵も思っていませんでした。私が医師を真剣に目指しだしたのは医学部の4回生になってからです。そして、医師になった今も、この職業でよかったのか、自分に向いているのか、といったことに答えが出ていません。

 しかしながら、かといって「成り行きまかせだけの人生」には私は反対です。なぜなら、これは私見ですが「生涯を通して努力を続けなければならない」と考えているからです。「努力」というのは常にしんどさが伴います。ですが、たいていはその努力を終えた後は「やって良かった」と毎回感じるわけで、「初めから努力しなければよかった」と思うことはほとんどありません。これはその努力が結果につながらなかったときも、です。

 分かりやすい例をあげましょう。例えばあなたが「1年間勉強して医学部合格を目指す」と考えたとしましょう。その場合、基礎学力にもよりますが、医学部受験にはそれなりの努力が必要になります。そして1年間努力を続け、その結果、不合格だったとして、この努力はムダになるでしょうか。それは、努力と結果の程度によります。もしもあと一歩のところで合格に及ばず、そして翌年に合格したとすれば、もちろん(1年目の)その努力に価値があったわけです。

 では、努力したものの合格点には到底及ばず夢を諦めざるをえなくなった場合はどのように考えればいいのでしょう。この場合は、「その努力が充分であったかどうか、つまり精一杯努力したかどうか」を考えます。もしも「充分」であったなら、まず自分の実力を自分自身が客観的に評価できたという意味でやはり価値はあったのです。「努力しても到達できないことがはっきりした」ことを認識するのに意味があります。

 私自身も、過去に述べたことがあるように、研究者にはセンスも能力もないことを自覚してやめましたし、フランス語(以下仏語)にも挫折しました。私は医学の研究がしたくて医学部に入学し一生懸命に本や論文を読み、医学部のカリキュラムにある実験も積極的に取り組みました。ですが、あるときに「自分には無理」と納得せざるを得ませんでした。仏語にしても、医学部1回生のときに私が最も時間をかけて勉強した科目なのです。そして、あるとき「No Way!」(仏語ではなく英語で)と一人で大声をだして匙を投げました。医学の研究も仏語も、あっさりと諦められたのはなぜか。それはそれまで「精一杯努力をしていたから」です。もしも私の努力が中途半端なら、もっとやればできるかも……、といった甘い期待を捨てきれなかったかもしれません。

 では、努力は具体的にどのようなことをすればいいのでしょうか。これを考える上でのキーポイントが「逆算」です。今の例でいえば、私は「研究」については、医学部4回生のときまでに基礎の基礎をマスターすることを考えました。ですが、いつまでたっても劣等生のままであることに気づき「期限切れ」であることを認めました。仏語についてはほぼ1年間必死でおこないましたが、英語で言えば中1の二学期レベルくらいのあたりから伸びませんでした。私の目標は「1年で簡単な仏語の本を読む」でしたから、これでは人生500年あっても足りない、と考えて諦めました。

 逆算の「究極のかたち」は何でしょうか。それは「自分が死ぬ時からの逆算」です。そしてこのことに私が気づいた、というか教えてもらったのは、このサイトでも何度か紹介した『7つの習慣』です。同書の「第2の習慣」が書かれている章の冒頭に、自分が愛する人の葬式に行くと死んでいたのは自分自身だった、という逸話が紹介されています。これは、自分の葬式にはどんな人に来てほしいか、どんな言葉を述べてほしいかを常日頃から考える習慣を身につけなさい、というエピソードです。これを実践すると、では向こう30年間で誰とどのような時間を過ごし、どのような努力をすべきなのかをイメージすることができます。それができれば、10年後、5年後、3年後、1年後、1カ月後…、そして今日中にすべきこと、がイメージできるようになります。

 どのような葬式にするかは別にして、あなたが死んだときにあなたとの思い出をなつかしんでくれる人や、あなたが努力してきたことを認めてくれる人、さらにあなたに感謝の言葉をかけてくれるような人がいれば、あなたの人生は幸せだったと言えるのではないでしょうか。

 自身の最期までにすべきことは? 30年後に達成していたいことは? 1年後は?……、と考えれば自ずと重要なことがみえてきます。それは「時間をムダにしてはいけない」ということです。若い頃なら少々ムダな時を過ごしてもいいでしょうが、年齢を重ねるにつれて時間はとても貴重なものになってきます。年をとるほど時間がたつのを早く感じるのは万人共通でしょう。

 ただ、この「究極の人生の逆算」にはひとつ問題があります。それば「自分がいつ死ぬかが分からない」ということです。人生はいつも計画どおりに進まないのです。いつ寿命が尽きるのか、そして死因は何なのかが分かれば計画が立てやすいのに……、という考えても仕方のないことに私は今も思いを巡らすことがあるのですが結論はいつも同じです。それは「明日死ぬかもしれない。それでも後悔のない生き方をするにはどうすればいいのか。それは今日という一日をムダにしないことだ」というものです。

 こういったことを考えながら、私は毎朝7時からの1時間、勉強に勤しんでいるというわけです。

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