2018年8月27日 月曜日

第146回(2018年8月)タイの医療機関を受診~ワクチン・HIVのPEPを中心に~

 GINAのウェブサイトをみて、「タイではどこの病院に行けばいいですか」という問い合わせをしてくる人が大勢います。受診理由として最も多いのが「HIVのPEPはどこで受けられますか」というものです。また、HIV陽性の人から、「タイでHIVの治療を受けるならどこがお勧めですか」、という質問もときどき届きます。

 HIV関連以外では、「タイで病気や怪我をしたときにお勧めの病院はありますか」、というものはよくあります。最近は、「タイでワクチンをうつと日本とは比較にならないほど安いって聞いたんですけど……」という問い合わせも増えています。

 そこで今回は、タイで医療機関を受診するならどこがいいのかについて目的別に紹介していきたいと思います。まず、総論として次のポイントを押さえておきましょう。

・タイの社会保険を持っていないなら基本的には自費診療。突然の病気や怪我の場合は海外旅行保険が使えることが多い。

・タイで働いている人は(working permitを取得していれば)社会保険が使える。ただし、受診先は勤務先が指定する場合が多く、指定病院は(ときに設備が充分でない)公立病院となる。そういった病院では、日本語は通じず、医師以外の医療者は英語ができないこともある。

・「豪華な病院」にはたいてい日本語の通訳がいる。費用は高く救急車を呼べば数万円のことも。海外旅行保険が使えることが多いが、保険会社が認めなければ救急車の費用などは適用されないこともある。

・クリニックはたいてい自費診療。ただし日本と異なり病院とは費用に差があり、一般に病院よりも安い。タイ語ができれば問題なく受診できる。英語だけでも医師との対話はまずOK。

・夜間などクリニックが開いていない時間帯で「豪華な病院」を避けたい時は、タイ人が利用する公立病院受診を検討すればよい。クリニックと同様、タイ語ができれば問題なし。英語だけでも医師との対話はOK。

 だいたいこんなところです。ではバンコクの情報をお伝えします。チェンマイは後半に記します。今回は他の地域の情報はありません。

〇突然の病気や怪我が起こったとき

 バンコク近郊にいるときに「軽症」なら次の2つのクリニックは検討してもいいでしょう。日本人御用達のクリニックで日本語の通訳が常駐しています。下記URLも日本語です。

DYM+ Clinic
BLEZ Clinic

 「重症」の場合や上記クリニックが閉まっている時間であれば下記の3つのいずれかの「豪華な病院」が適しています。いずれも日本語の通訳がいます。下記URLも日本語です。

Bumrungrad International Hospital 
Samitivej Hospital
Bangkok Hospital 

〇HIVのPEP/PrEPを希望するとき 

 最もお勧めなのはタイ赤十字が運営する「Anonymous Clinic」http://en.trcarc.org/?page_id=632。タイではPEPは日本とは異なった使い方をします。(参照:Thailand National Guidelines on HIV/AIDS Treatment and Prevention 2017)

#1 テノホビルジソプロキシルフマル酸塩(Tenofovir disoproxil fumarate)300mg + エムトリシタビン(emtricitabine)200mg(ツルバダ)
#2 リルピビリン(Rilpivirine)25mg 
#3 ラルテグラビル(Raltegravir)400mg(アイセントレス)

 日本では#1を1日1錠と#3を1日2錠飲み、1日あたり約10,000円もかかります。タイの標準的な飲み方は#1と#2を1日1錠ずつです。費用はAnonymous Clinicを利用した場合、#1は一番安いジェネリック薬品を用いればなんと1錠12.25バーツ(約37円)、#2は1錠6.25バーツ(約19円)(いずれも2018年8月現在)です。合計で1日あたり18.75バーツ(60円未満)、なんと日本の170分の1の値段です。

1日あたり60円なら、日本で感染の機会があったとしても翌日にLCCなどを利用してバンコクに渡航する価値が充分にあるでしょう。ちなみに、タイのLCCノックスクートは10月30日から関空→バンコクを飛ばしますが、セール価格は8,900円です。

タイで日本と同様#1と#3の組み合わせにするのは、感染したかもしれないウイルスが耐性ウイルスである可能性を考えたときです。#3はタイでも高価ですが、それでもAnonymous Clinicでは1錠128バーツ(2018年8月現在)です。これを1日2錠のみますから、1日あたりのPEPは#1の12.25バーツ+#3の128×2(=256バーツ)で合計268.25バーツ(約810円)となります。

 PrEPは日本でもタイでも#1を1日1錠が基本です。日本では一月あたり10万円以上かかりますがタイではわずか1,200円程度です。

 当然のことながら治療を受けるときも日本とは比較にならないくらい安くつきます。薬の組み合わせによっては日本で3割負担の治療を受けるよりもはるかに安くなるというわけです(もっとも、日本では所得にもよりますが厚生医療の適応になりますから本人負担はさほど高くありません)。

 タイではHIVは日本よりもはるかに感染者が多くコモン・ディジーズとなっていますから、基本的に多くの病院/クリニックで治療が受けられます。GINAが調べた範囲ではAnonymous Clinicが最も安い費用で提供しています。

〇ワクチンを接種するとき

 ワクチンは次の2つのいずれかがおそらくタイで最も安いでしょう。ただし双方とも日本語は通じません。タイ語か英語がある程度できなければ受診は困難でしょう。

Thai Travel Clinic
  マヒドン大学の熱帯医学病院の中にあります。ワクチンのプライスリストはウェブサイトで閲覧できます。

・タイ赤十字のImmunization and Travel Clinic 
  先述のAnonymous Clinicと同じ敷地にあります。このクリニックのすぐ隣には「ヘビ園(snake farm)」があり観光名所となっています。ワクチンのプライスリストは公開されておらずクリニック内に掲示されているだけです。

 例えば狂犬病ワクチンは日本では1本15,000円ほどしますが、上記クリニックではいずれも1,100円ほどです。麻疹・風疹混合ワクチンは日本では10,000円以上しますが(さらにすぐに在庫切れになる)、上記クリニックではMMR(麻疹・風疹・おたふく)ワクチンが600円ほどです。

〇チェンマイの医療機関

 クリニックについては情報不足でよくわかりません。基本的にはタイ語か英語ができないと受診は困難です。メサドン療法(麻薬依存症の治療)を実施しているクリニックもあります。

 日本人が受診しやすいのは次の5つの病院です。

Chiangmai Ram Hospital
トータルでみれば一番お勧めです。救急車は無料ですし日本人スタッフが丁寧に対応してくれます。

Rajavej Chiangmai Hospital 
タイで働いている人なら社会保険も使えることがあるそうです(受診前に確認してください)。日本語の通訳がいます。

Lanna Hospital  
Rajavej Chiangmai Hospitalと同様、社会保険が使えることがあるそうです(やはり受診前に確認してください)。日本語の通訳がいます。

Bangkok Hospital Chiang Mai
費用が元も高いと言われています。救急車要請は数万円かかることもあるようです。日本語の通訳がいます。

McCormick Hospital
これら5つの病院で最も費用が安いと言われています。ただし日本語の通訳はいませんから、タイ語か英語での診察となります。

 その他下記の病院があります。いずれも旅行者向けではありません。

Nakornping Hospital 
国立病院です。

Maharaj Nakorn Chiang Mai Hospital
通称Suandok(スワンドーク) Hospital。チェンマイ大学医学部附属病院で国立です。

Chiang Mai Neurological Hospital 
神経疾患の専門病院でチェンマイ市立病院です。

〇最後に

 上記情報はいずれも2018年8月現在のものです。受診前には直接医療機関に問い合わせられることを勧めます。医師と患者には”相性”がありますが、タイの医療機関を受診した人たちの話によると通訳との相性も重要のようです。「あそこの病院は通訳がイヤだから二度と行きたくない」という声も何度も聞きました。個人的には、タイが好きな人やタイに繰り返し渡航する人はタイ語か英語を勉強して通訳なしで受診することを勧めます。

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

2018年8月20日 月曜日

第180回(2018年8月) 月経に対する考え方のコペルニクス的転回

 男女は社会的には平等であらねばならないわけですが、生物学的・医学的には「同じ」ではありません。我々医療者は常にその「差」や「違い」を考えて診察をおこないます。妊娠の可能性があれば放射線の曝露を避けねばならない、奇形のリスクがある薬を避けなければならない、などは分かりやすい例だと思います。

 では、妊娠・出産・授乳などだけを問診で確認すればいいかというとそういうわけではなく、そもそも妊娠に気付いていない女性は少なくありません。太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)でも、「妊娠は絶対にありません」と主張するものの実際は妊娠していた、というケースがありました。我々医師は医学生の頃に「女性をみれば妊娠を疑え」と習います。この言葉は、解釈の仕方によっては「避妊の管理くらいきちんとできています」という女性には失礼でしょうし、そもそもまったく性行為がない、あるいはパートナーが同姓という場合には失礼を通り越した無礼な考えだと思います。ですが、もしも妊娠の可能性があれば医療行為が大変な事態を引き起こすことになりかねませんから我々はかなり慎重にならざるを得ないのです。

 もうひとつ、妊娠以外に、というよりも”妊娠していないからこそ”考えなければならないのが「月経との関連」です。多くの疾患や症状において、月経時あるいは月経前に悪化する、あるいは改善するものがあります。男性の場合(ストレートだけでなくゲイであったとしても)は、こういったことを考える必要がありませんからある意味でラクです(ただしホルモン剤を使用しているトランスジェンダーの場合は別の視点から考える必要があります)。

 月経に関連する症状や疾患として、まず(当たり前ですが)月経痛や月経過多(月経血が増える)があります。子宮筋腫があればこれらの症状は悪化します。子宮内膜症も同様です。

 PMS(月経前緊張症候群)という病名は随分と人口に膾炙してきました。月経前に、イライラ、不安感、抑うつ感、不眠、集中できない、涙もろくなる、などいろんな精神症状が出現します。身体の症状も伴うことがあります。例えば、むくみ、おなかのはり、頭痛、めまい、腰痛、便秘や下痢、動悸、発汗、乳房痛や乳房のはり、などです。

 ニキビも月経周期に関連することが非常に多いと言えます。月経前に悪化し月経が始まると改善するというパターンが一番多くて、これは黄体期(排卵から月経までの期間)に分泌される黄体ホルモン(プロゲステロン)が皮脂の分泌を促すことが一因です。通常のニキビの治療をおこなってもどうしても月経前だけは悪化するという人は少なくありません。

 谷口医院は「どのような症状でも相談してください」と12年間言い続けています。他の医療機関では診断がつかず、いわゆるドクターショッピングを繰り返している人も大勢います。めまい、腹痛、動悸などで長年苦しんでいる人が受診した場合、男性であれば最も多いのが自律神経のバランスが乱れて諸症状が出現しているケース、次に多いのがうつ病など精神疾患に伴って症状が現れているケースです。もちろん、女性の場合もこういったことが原因である場合は多いのですが、月経に関連しているかどうかを必ず確認しなければなりません。

 月経に伴い症状が出現するなら女性ホルモンが関連しているだろうから避妊用のピルを用いてホルモン量を適切にコントロールすればいいのでは、という考えが当然でてきます。実際、一部の女性には以前から月経に関連する症状や疾患の改善目的で避妊用ピルが使われてきました。そして、子宮内膜症がある場合に限り保険適用になる「ルナベル」という薬が2008年に発売され、2010年には超低用量ピル「ヤーズ」が登場し、こちらは内膜症のみならず「月経困難症」があれば保険で処方できることになり、これで一気に使用者が増えました(ただし、発売直後に重篤な副作用の報告が相次ぎ慎重になる声もありました(注1))。

 月経困難症というのは月経痛や月経過多を含む月経に関する諸症状のことを言いますから、軽症であっても何らかの症状があれば保険でピルが使用できる可能性がぐっと高まったのです。さらに「ルナベルULD」という超低用量ピルも2013年に登場し、低用量ピルのルナベルは2013年より「ルナベルLD」と名前を変え、内膜症のみならず月経困難症にも保険で処方できるようになりました。また、ルナベルLDの後発品「フリウェル」が登場、費用は3割負担で1000円を切るようになりました。尚、避妊目的の自費のピルと区別するために、最近は自費のものを「OC」(oral contraception)とし、月経困難症などに治療目的で保険処方できるものを「LEP」(Low dose estrogen-progestin)と呼ぶようになってきています。

 そして、さらに大きな展開がありました。2017年4月、上述のヤーズが「ヤーズフレックス」と名前を変えて発売となりました。ヤーズフレックスの成分はヤーズとまったく同じです。1錠あたりの値段は少し安くなっていますが基本的には「まったく同じ」です。では何が違うのか。ヤーズは毎月一度出血を起こすように説明されているのに対し、ヤーズフレックスは休薬せずに続けて飲んでもOK、とされたのです。最長120日まで連続してもいいですよ、ということになったわけで、この飲み方をすればこれまで毎月来ていた(来させていた)月経が年に3回だけになるのです。

 ということは、毎月経験していた「苦しみ」も年に3回だけになります。これはありがたいことですが、そんな”自然に反したこと”をしてもいいのでしょうか。

 まさにこの点がヤーズフレックスの「ポイント」です。実は以前から、月経が毎月起こるのが正常なのかはずっと議論されてきました。たしかに、少子化などと言われるようになったのはせいぜい過去数十年の話であり、それまでは生涯に4~5人、あるいはそれ以上出産する女性も珍しくなかったわけです。そして、妊娠中と授乳中(の一定期間)は月経がとまったままです。ということは、妊娠10か月及び出産後3か月は無月経だったとして、それが5回あったとすると少なくとも65か月間は無月経ということになり、現代に比べて平均寿命が短かったことや栄養状態がよくなかったことなどを考えれば、さらに月経の回数が少なかったことが予想されます。

 ということは、現代のように少子化、あるいは生涯まったく子供を産まなくなった時代、10代半ばに始まった月経が50歳前後まで毎月続くとなると、こちらの方がずっと”不自然”、少なくともこれまでの人類の歴史上なかったことを経験しているということになります。実際、子宮内膜症や月経困難症が過去数十年で急増している理由が「月経の回数が増えたからではないか」と言われています。

 谷口医院は例によって発売直後の薬は慎重に進めます。ヤーズフレックスはヤーズと同じものですが、連続服用の日本でのデータが多くないために積極的に勧めていませんでした。ですが、発売1年以上経過し、全国的に使用者が増え、大きな副作用の報告もないことから、必要と思われる患者さんには説明し処方を開始しています。今のところ際立った副作用はありません。ただ、いきなり120日間連続服用するのではなく、最初は2か月くらいで休薬して出血を来させる方法を選択する人が多いようです。また、ヤーズフレックスに替えてから月経予定日を自由自在に決められるのがありがたいという声は多く寄せられています。

 おそらく今後も、「月経は毎月こさせるのではなく自分自身で調節する」ことを選択する女性は増えていくでしょう。

************

注1:医療ニュース2013年10月28日「超低用量ピルでの2人目の死亡例」

参考:はやりの病気第87回(2010年11月)「超低用量ピルの登場」

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

2018年8月6日 月曜日

2018年8月 診察時間の変更と私の「終活」

 20代30代の若いうちは、本当はそうでなくても「体力だけは自信があります!」と宣言してしまうのも、「己の身体で生きていく」を実践していく上でのひとつの方法だということを先月のコラムで述べました。

 もうすぐ50歳の誕生日をむかえる今の私の立場からみても、若いうちは「体力」を武器にすべきだという考えは変わりません。そして、そのことを裏返してみると「老いれば体力は落ちる」という当たり前の事実です。

 来月(2018年9月)から太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)の診察開始時刻を1時間遅らせて午前11時からとさせていただきます。「ただでさえ予約が入りにくいのに!」とお叱りの声もあると思いますが、過去数カ月間いろんな観点から熟考した上での結論です。

 なぜ診察開始時刻を遅らせるのか。最大の原因は私の体力の問題です。2007年にオープンしてから今までの間、私のスケジュールは、7時前にクリニック到着 → 7時から10時前:前日のカルテ記載およびメール相談の返答 → 10時から13時半頃:午前の診察 → 13時半から16時半:昼食、昼寝、午前診察のカルテ記載、論文や医学誌、教科書などの抄読 → 16時30分から21時30頃まで:午後の診察 → その後帰宅・就寝 → 翌朝4時45分起床、という感じです。

 数か月前まではこのスケジュールが自分に合っていたようで、睡眠時間は夜間の5時間と昼寝15分くらいでちょうどよかったのですが、最近これでは身体がもたなくなり、ついつい昼寝の時間が1時間を超えてしまう日が相次ぐようになってしまいました。しかも、昼寝タイムの後半は、熟睡しているわけではなく「起き上がって論文を読まなければ…」という気持ちがあるけど身体が動かない…、という状態で目覚めもよくありません。

 ではどうすべきなのか。最終的に出した結論が、論文などの抄読を朝の診察前に持ってきて昼休みは1時間弱くらい眠る、というものです。起床時間を遅らせるという方法も考えたのですが、私の場合長年4時45分に起きるという習慣が根付いていますし、朝は朝でやることが多くここは変えられないという結論になりました。週に4回ほどジョギングをしていて、これは5時台に走るから交通量が少なく走りやすいのであって、1時間遅らせば一気に走りにくくなります。

 ただ、自分の都合で診察開始時刻を遅らせて患者さんの不利益になることは極力避けなければなりません。そこで、午前の診察の終わりを30分ずらして14時までとすることにしました。そして予約枠を少し増やすことにしました。また、最も予約が埋まりやすい土曜日はこれまで通り午前10時から開始のままにします。こうすることで、時間変更後予約が取りにくくなったという声を最小限に抑えられるのではないかと考えています。

 予約枠を増やしたなら診察時間が短くなるのでは?、という声もあるでしょうが、案外そうでもないのでは、と考えています。というのは、最近、具体的には2~3年前から極端に時間のかかる患者さんが減ってきているからです。以前は初診なら30分以上かかるような人も日に1~2名いて、待ち時間が大幅に遅れることもあったのですが、最近こういう症例は稀です。その理由はいくつか考えられますが、おそらく最大の理由が「景気が良くなったから」ではないかというのが私の分析です。

 谷口医院は「精神科」を標榜していませんが、心の不調を訴えて受診する人がオープン以来たくさんいました。しかし最近、こういった人たちが激減しています。その理由として考えられるのが、そういった人たちが仕事を得ることができて元気になった、ということです。実際、過去にも述べたように「どんな抗うつ薬も僕には効きません。きちんと給料の出る仕事が得られればうつ病は治るんです」と診察室で主張した患者さんも何人かいました。さらに、仕事をしているということは受診するにしても、仕事が終わってから、つまり午後6時以降の受診となります。谷口医院は午前は予約制、午後は「受診された順」です。仕事がなければ午前に受診する時間がありますから、以前はそういった人達が午前の予約枠を利用していたのです。

 もちろん午前のひとりあたりの診察時間が減った理由がこれだけですべて説明できるわけではありませんが、平均診察時間が減少しているのは間違いありません。こう言うと、なんだか開始時刻を遅らせることへの「言い訳」に聞こえるような気がしますし、そもそも、「谷口医院の近くで11時から仕事が始まる。だからいつも10時に予約していたのに」という患者さんにはお詫びするしかありません。ですが、予約表上の予約枠数はほぼ変わっていないのでなんとかやっていけるのではないかと考えています。

 ところで、私は今年50歳になりますから、当然と言えば当然ですが「若く」ありません。年を取ることに抗っているわけではありませんし、いわゆる「アンチエイジング」というものにも興味がありませんが、最近あるメディアの人から「若手のために文章を書いてください」と言われて心臓が止まりそうになりました。というのは、「えっ、僕が”若手”じゃなかったの?」とまず思ったからです。

 私は別の大学と会社員を経て医学部に入学しましたから、現役で医学部に入った同級生より9歳年上です。といっても、研修医のときに30代前半ですからまだまだ「若僧」です。研修医のときもそれ以降も私は、時間さえあれば(お金は借りてでも)いろんな学会や講演会に参加していました。ちなみに今も学会参加は私の「趣味」のようなものです。学会の種類にもよりますが、たいてい参加者の平均年齢は私よりずっと上です。いい質問(かどうかは分かりませんが)をすると、年配の先生方から「君のような”若い”医師にがんばってもらいたい」という言葉をかけてもらえるわけです。また、私自身、教科書や論文の読み方、つまり勉強の仕方は研修医の頃と何ら変わっていませんから、無意識的に今も研修医(つまり若い医師)のつもりでいたのです。

 「若手のために書いてください」と言われて驚いた私が次に感じたことは、「よし、やってやろう!」ということです。このサイトでも伝えたように、私自身、数年前から「新しいことを学びたい」という気持ちを維持している一方で、「学んだことを若手に伝えていかなければ…」という思いがだんだんと強くなってきています。

 当院に来る研修医にはそれを伝えていますが、もっと広く伝えられないか、と思案していたというわけです。「若手のために…」と言ってくれたメディアの人は『日経メディカル』の編集者です。そういう経緯があって、先月(2018年7月)末から、「梅田のGPがどうしても伝えたいこと」というタイトルで私の連載が始まりました。GPとはgeneral practitionerの略で「総合診療医」という意味です。ただ、このサイトは医療者限定のものですから、一般の方は読むことができません。ちなみに、私がウィークリーで連載を担当している毎日新聞の「医療プレミア」は、2018年3月までは月に5本まで無料で読めましたが、4月以降は1日読み放題100円コースに申し込むか、月の契約をしなければ閲覧できなくなってしまいました。

 私は以前から50歳になったときにそれまでの人生を「総括」しようと思っていたのですが、どうやらそのタイミングが前倒しで来てしまったようです。体力の低下を自覚し、診察開始時刻を遅らせ、医療への取り組みは「勉強」から「伝授」に少しずつシフトしてきています。患者さんを診察できるだけの体力と知力を維持できる期間はあと10年くらいでしょうか。それとも20年くらいは頑張れるでしょうか。

 私の「終活」が今、始まっているような気がします。

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

2018年8月6日 月曜日

2018年8月6日 アボット社の「FreeStyleリブレ」は普及するか

 歴史に残る画期的な家庭用医療機器になるだろう…。

 これは、2017年1月、アボット社の「FreeStyleリブレ」(以下「リブレ」)が発売されたときの私の最初の印象でした。なにしろ、針を刺すことなく身体にパッチを貼るだけで血糖値が24時間モニタできるのです。今までのように一日に何度も針を刺して血を出して測定する必要がありません。

 しかも保険適用があると言います。ならば普及するに違いない…、と考えたいところですが、私はそうはならないと思いました。その理由はふたつあります。

 ひとつは、保険適用があるといっても、保険点数が(なぜか)異常に低く設定されており、医師が患者さんに勧めると(まず間違いなく)患者さんは喜ぶでしょうが、医療機関側が赤字になるということです。そしてもうひとつの理由は、保険適用は「インスリンを使っている患者」に限定されていることです。10年前ならある程度普及したかもしれませんが、現在糖尿病でインスリンが必要なケースは激減しています。これはすぐれた内服薬や(インスリンでない)注射薬が登場したからです。

 では自費でもいいから「リブレ」を使いたいという人はいないのか。もちろん大勢の人がそう思うと思います。実際に糖尿病で内服薬を使っている人はもちろん、現在投薬なしで食事療法と運動療法で経過をみている糖尿病(あるいは糖尿病予備軍)の患者さん、あるいは、高血糖を指摘されたことはないけれど自身の血糖値に関心のあるいわば「健康オタク」の人達も関心を持つでしょう。

 問題は費用です。小さな器械を購入する必要がありこれが約8千円、2週間使用できるパッチが1枚約8千円です。ということは最初の月は約24,000円、次の月から毎月約16,000円がかかります。この費用を捻出できる人はそう多くないでしょう。
 
 というわけで、コストが大幅に下がらない限りこの製品が普及することはない、というのが発売時に私が出した結論でした。

 ところが…。私の予想に反して使用している人がじわりじわりと増加してきています。当院の患者さんのなかにも少しずつ増えてきています。私自身は依然「家計が苦しい」と言っている患者さんを多くみていますから好景気という実感はないのですが、生活に余裕のある人が増えてきているのでしょう。

 現在費用が高すぎるといっても、この製品が極めて優れたものであることには変わりありませんから、いずれ価格が下がり広く使われるようになり、針を刺して血糖を測る方法はなくなるでしょう。電子メールが普及してFAXがすたれたように。

 また、現時点では実用化にいたっているとは言えませんが、いずれスマホで血糖値が管理できるようになるでしょう。すでに、いくつかの会社から出ている体重計、血圧計、機能的時計?(なんと呼べばいいのでしょうか。「Apple Watch」や「Fitbit」のことです)を使えば、体重、血圧、24時間の心拍数、睡眠の程度、運動量(消費カロリー)などが記録できます。

 「スマホで健康管理」は確実に進化し続けています。

メディカルエッセイ第150回(2015年7月)「スマホで健康管理」

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

月別アーカイブ