2018年4月28日 土曜日

2018年4月29日 肥満が酒さのリスク

 悩んでいる人が大勢いる割にはあまりメディアで報道されず、また、有効な治療法が確立していないこともありドクターショッピングを繰り返している人が多い「酒さ」について、過去に何度かお伝えしてきました。

 酒さの原因は依然「原因不明」です。ある程度遺伝的な要因があると言われている一方で、生活習慣に起因しているとも言われています。そのひとつが「肥満」で、それを調査した研究が発表されたので紹介しておきます。

 医学誌『Journal of the American Academy of Dermatology』2017年12月号(オンライン版)に論文(注1)が掲載されています。

 研究の対象は、米国で1991年から2005にかけて実施された「Nurses’ Health Study II」と呼ばれる調査に回答した89,886人です。14年以上にわたる調査期間中、酒さの診断がついたのは5,249例でした。

 興味深いことに、酒さの発症リスクはBMI(body mass index)(注2)が上るにつれて増加し、BMIが35.0以上であれば、BMI21.0~22.9の人と比べて酒さのリスクが48%も増えるという結果がでました。また、18歳以降に体重が増加した人は特にリスクが高くなり、10ポンド(約4.5kg)体重が増えると、リスクが4%増えるようです。

 また、BMIとは別にウエストとヒップのサイズ(waist circumference and hip circumference)が大きいほど酒さの発症リスクも有意に高くなっていたことが分かりました。

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 太融寺町谷口医院にも酒さの患者さんは少なくありませんが、肥満者はさほど多くなく、私の実感としては肥満が酒さのリスクとは思えません。もしかすると人種さがあるのかもしれません。ですが、肥満になっていいことは(おそらく)何もありませんから、やはり体重コントロールはすべきでしょう。

注1:この論文のタイトルは「Obesity and risk for incident rosacea in US women」で、下記URLで概要を読むことができます。

https://www.jaad.org/article/S0190-9622(17)32265-X/fulltext

注2:BMIは体重(kg)を身長(m)の2乗で割って算出します。例えば、身長2メートルで体重88kgなら、88÷2の2乗=88÷4=22、となります。文中にでてくるBMI35というのは、例えば身長160cmなら体重は、35×1.6×1.6=89.6kgとなります。

参考:医療ニュース
2015年10月6日 「酒さ」の原因は生活習慣と遺伝
2016年6月30日  酒さが認知症のリスク
2017年5月11日 白ワインは女性の酒さのリスク 

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2018年4月20日 金曜日

第183回(2018年4月) 「誤解」が招いた海外留学時の悲劇

 最近ある学会で繰り返し取り上げられている「悲劇」を紹介したいと思います。

 東日本のある大学に在籍していた当時20歳の女子学生。201X年、留学先の北米のある都市に滞在時、清掃ボランティア活動に参加し煙を吸い込んでしまい、その直後から体調悪化、市販の解熱鎮痛薬を飲んだものの発熱、頭痛、咳などが持続、さらに呼吸困難に。しかし救急車要請をせず、また(大きな)病院も受診せず、小さな診療所を受診。A病院に紹介されたが、すでに重症化しておりその地域で最も大きなB病院に救急搬送。集中治療がおこなわれたものの約1か月後に肺炎で死亡。

 特に持病を持っていたわけではない健康な20歳の女子学生です。どのような煙が吸い込まれたのかは判らなかったようですが、こういったことは時に起こり得ます。しかし、「医療ミス」がなかったかどうかも検討しなければなりません。女子学生の保護者もそのように考え、集中治療がおこなわれたB病院のカルテを入手し日本の医師らに検証を依頼しました。とても分厚い合計4冊のカルテを読み込んだ専門家らの判断は「医療ミスはなかった」という結論でした。

 では、健康な20歳の女子学生はなぜ死ななければならなかったのでしょうか。助かる方法はなかったのでしょうか。100%の確証を持っては言えませんが、このケースは病院の受診が早ければ救命できた可能性があります。なにしろ、煙を吸い込んだ直後から症状が出現し、しかも次第に悪化していたのにもかかわらず大きな病院に搬送されたのは7日もたってからなのです。なぜ、もっと早くに、そして小さな診療所ではなく、眠れないほど辛かったのなら、夜中にでも救急車を呼ばなかったのでしょう。そもそも女子学生は日本にいる両親に相談しなかったのでしょうか。

 実はこの女子学生、小さな診療所を受診する前にスカイプを使って母親に相談していました。当然母親は「そんなにつらいのなら救急車でもタクシーを呼んででも大きな病院へ行きなさい!」と言ったそうです。すると、なんとこの女子学生は「お母さんは知らないの?! こちらでは最初に診察したドクターの紹介が無いと病院にはかかれないのよ!!」と答えたというのです。

 これはとんでもない「誤解」です。どこの国でも救急外来(ER、英国ではA&E)はいつでも誰でも診てくれます。もちろん軽症で受診すれば数時間も待たされ、しかも数分間の診察のみで薬も処方されない、なんてことはざらにあります。しかし、重症の場合はすぐに適切な治療を受けることができます。たしかに、この女子学生が言うように、救急外来以外の専門の科を受診するには診療所からの紹介状が必要ですが、それは緊急性・重症性がないときの話です。これは海外で医療機関をかかるときの「当然の知識」と言っていいと思います。

 では、なぜその「当然の知識」がこの女子学生になかったのか。その「答え」は我々医師にとって大変ショッキングなものであり、これこそがその学会で繰り返し取り上げられている最大の理由です。なんと、その女子学生は日本の大学で実施された留学オリエンテーションで、母親にスカイプで言ったような誤った知識を大学側から”植え付けられていた”ことが後の調査で判明したのです。

 なぜ、このような「誤解」をオリエンテーションで聞かされたのか。まったくわけが分からないと感じる医師も多いのですが、私にはこういったことが起こってもおかしくないと思えます。なぜかというと、太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)を受診する留学希望の学生に対し、「何を言ってるの??」と感じることがあるからです。

 例を挙げましょう。留学時に海外の大学に提出する書類には、留学先の大学が求めているルールに従わなければならないのは当然です。しかしながら、私が留学先の大学の指示どおりにしましょうと言うと、「それは不要です。それについては別の検査をしてください、(日本の)大学でそう聞きました」といったことを言う学生がしばしばいるのです。元々谷口医院をかかりつけ医にしている人は私の助言(というより留学先の大学の要求)にしたがって進めることになりますが、谷口医院を初めて受診するという学生のいくらかは、日本の大学の教員の言うことを信用し、私や留学先の要求に従いません。さて、結果はどうなるでしょうか。当然といえば当然ですが海外渡航後に問題が起こります。そして、渡航してから谷口医院に「何とかしてください」と泣きついてくることになります。

 だからあれほど言ったのに!!、と言いたくなる衝動を抑えて、私から留学先の大学にメールで「その学生は日本の大学から誤ったことを言われていたのです。学生が悪いわけではありません。日本で実施しなかった必要な検査などをそちらでお願いできますでしょうか」といった交渉をすることになります。

 実はこういうトラブルの原因は日本の大学の担当者だけではありません。というより、大学はまだましな方で、より問題が多いのは海外留学の斡旋業者です。ですから、斡旋業者に失礼であることは承知していますが、留学希望の患者さん(というか志願者)が受診したときには、谷口医院では、書類をそろえたり何か準備をしたりするときに疑問点が生じれば、斡旋業者でなく直接留学先の大学に質問するよう助言しています。あるいは、志願者に代わって私が現地の大学に質問しています。

 現地に着いてから書類に不備があり、検査などをやり直すということで済めば大きな問題ではないでしょう。ですが、冒頭で紹介した20歳の女子学生のように「誤解」により起こり得る取り返しのつかない事態は絶対に避けねばなりません。

 ではどうすればいいか。やはり、留学前に日本の医師から渡航時の注意点を聞いておき、留学後も何かあればメールなどで相談すればいいのです。もしも北米で他界した女子学生が、煙を吸い込んだその日にでも日本のかかりつけ医にメールで相談していればどうなったでしょうか。医師なら(当たり前ですが)直ちに救急車を呼ぶよう指示していたはずです。母親の言うことは聞かなくても医師の助言には従ったのではないでしょうか。あるいは、「大学でそう習ったから」と言って医師の忠告を無視するでしょうか。

 もうひとつよくある海外渡航時の「誤解」を紹介しておきます。これは学生だけでなくビジネスパーソンや旅行者にも言えることです。それは、海外で身体のトラブルが起こった時にまず保険会社に電話で相談する、という考えです。これは一見保険会社が良心的にみえますし、そうすべきこともあるでしょう。問題は保険会社の「対応」です。私が見聞きした範囲で言うと、電話をとる保険会社の担当者は必ずしも医学に明るくありません。そして、お決まりのように日本人医師または日本語ができる医師がいる「小さな診療所」を受診するよう促します。

 すると、どうなるでしょう。重症であれば20歳の女子学生とまったく同じ「悲劇」が起こりかねません。海外渡航時には(地域、期間、渡航目的などにもよりますが)保険の加入はたいていの場合必要です。詳しく述べることは避けますが、海外渡航時の保険は内容を考えると決して「損」なものではありません。私は民間の医療保険を勧めることはほとんどありませんが、海外渡航時の保険については患者さんから問われればほぼ全例に勧めています。

 ですが、現地で何かあったときの電話サービスは勧めません。大切な患者さんを保険会社のミスリードで苦しめたくないからです。症状が強ければ迷わずER(A&E)に行くべきです。そこまで重症でないときは、日本のかかりつけ医にメールで相談すればいいのです。実際、谷口医院の患者さんは、よく海外の渡航先からメールで相談されています。

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2018年4月20日 金曜日

第176回(2018年4月)「心不全」を防ぐには

 俳優の大杉漣さんが突然他界されたのが2018年2月21日未明、数時間前にドラマの共演者らと食事をしホテルに戻り日付が変わる頃に腹痛が生じ仲間にLINEを送信したと報道されています。そして、メディアに報じられた死因が「心不全」です。太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)でも、患者さんから「心不全って何ですか?」と何度も質問されました。

 我々医師が言う「心不全」とメディアが報道した”心不全”は、おそらくニュアンスが少し異なります。今回はこれらの違いを明らかにして、「本当の心不全」を防ぐ方法を解説したいと思います。

 まず「心不全」の定義を確認しておきましょう。2017年10月31日に日本循環器学会が一般向けに発表した定義は「心臓が悪いために、息切れやむくみが起こり、だんだん悪くなり、生命を縮める病気」です。

 定義をきちんと理解しておくことは重要です。4つの文節を詳しくみていきましょう。まずは「心臓が悪い」です。これがどのようなことを表すのかについては後でみていきます。ここで重要なのは「もともと心臓が悪い状態にある」ということです。2番目は「息切れやむくみ」といった症状です。3番目は「だんだん悪く」、つまり突然ではないことを意味します。そして4つめが「生命を縮める」です。

 これら4つのポイントを改めて振り返ってみると、大杉さんにあてはまるのは4つめだけです。つまり、もともと心臓が悪かったわけではなく(そのような報道は見当たりません)、息切れやむくみといった症状も報じられていません。そして、数時間後に息を引き取ったのですから、だんだん悪くなったわけではありません。

 つまり、大杉さんの”心不全”は日本循環器学会の心不全の定義と合致しないのです。では、なぜ心不全と報道されたのか。おそらく、受診した病院ではっきりと診断がつかないまま急激に悪化して心臓が止まった、あるいは診断がついたものの治療に間に合わず心臓が停止した、ということだと思われます。心臓が止まったから心不全、という単純な発想です。

 では本当の死因は何だったのでしょうか。腹痛が生じた数時間後に他界されていることを考えると、最も疑わしいのが「大動脈解離」です。心臓から下腹部に走行している大動脈が突然破れてしまう疾患で、これなら説明がつきます。ちなみに、2016年2月、大阪梅田の繁華街で突然乗用車が暴走し11人が死傷した事故がありました。この車を運転していた51歳の男性は大動脈解離が突然生じたことが判っています。大杉さんはドラマの共演者がタクシーで病院まで連れて行ったそうですが、たとえ救急車を呼んでいても間に合ったかどうかは分かりません。

 次に考えられるのが心筋梗塞です。心筋梗塞の症状は突然の胸痛や胸部絞扼感(しめつけられる感じ)がよく知られていますが、腹痛や胃痛を訴えて受診する人も珍しくありません。大動脈解離と同様、心筋梗塞も適切なタイミングで救急搬送されたとしても間に合わないことがあります。他に考えられる疾患として、心筋炎、心筋症、感染症なども挙げられないわけではありませんが、私は大動脈解離か心筋梗塞のどちらかではないかとみています。

 さて「本当の心不全」の話をします。先ほどの4つのポイントを振り返ってみましょう。まず1つめの「心臓が悪い」です。心臓が悪くなる疾患、つまり心不全の「元の病気」として、日本循環器学会は一般向けに5つを紹介しています。その5つは、①高血圧、②心筋症、③心筋梗塞、④心臓弁膜症、⑤不整脈です。このうち③については先述したように、それまでまったく症状がなく突然胸痛が生じ救急搬送されたものの帰らぬ人となった、という場合もありますが、治療がおこなわれて助かったけれど、心臓の機能が以前より衰えてしまって、という場合もよくあります。これが心不全の「元の病気」となるのです。

① 高血圧は、相当な年月を経なければ無症状ですが、息切れやむくみが生じるようならすでに心不全が起こっている可能性があります。②心筋症は高血圧よりも年齢が若く現れることが多く、やはり症状が出る頃には心不全の状態となっています。④弁膜症も同様で、症状が出現する頃には心不全が進行していると考えなければなりません。⑤不整脈は種類にもよりますがやはり心不全の「元の病気」になります。一般に心房細動は血栓(血の塊)が脳の血管までとんでいって脳梗塞を起こす、と考えられていますが(長嶋茂雄さんがそうです)、心不全のリスクでもあるのです。

 では、現在これら5つの「心不全の元の病気」がなければ大丈夫なのかというと、もちろんそういうわけではなくて、これらのリスクがある人は要注意です。それらは、糖尿病、脂質異常症(コレステロールや中性脂肪が高い)、肥満、喫煙、運動不足、アルコール、覚醒剤、放射線などです。ですから、もうさんざん聞き飽きたというようなこと、つまりきちんと健診を受けて規則正しい生活をして、食事、運動、禁煙、節酒などに注意しようね、ということが大切だというわけです。

 4つのポイントの2つめは「息切れやむくみ」といった症状です。だいたいの目安として40歳以上でこういった症状があれば一度は心不全を疑わなくてはなりません。ただ、30代でもおこりえます。谷口医院の30代前半の男性患者さんでも、息切れがひどい人がいて、胸部レントゲンを撮り心不全が判り、大学病院の集中治療室に入ってもらい一命をとりとめた例があります。ただし、若い女性の場合は、息切れやむくみは心不全よりも貧血や栄養不足で起こることの方が圧倒的に多く、全例にレントゲンや心電図が必要になるわけではありません。

 3つめのポイントは「だんだん悪く」です。大杉さんの”心不全”がこの定義に当てはまらないことは先に述べました。ただ、「急性心不全」という概念もあります。これは文字通り「急性」に心臓の働きが悪化します。ですが、たいていは1つめのポイントの「心不全の元の病気」があって、それまで症状はあまり出ていなかったものの徐々に進行していて、突然激しい症状が出るような病態を指します。これを乗り越えると「慢性心不全」に移行します。また、「だんだん悪く」はゆっくりと少しずつ悪くなっているとは限りません。ある日突然悪化して入院して、改善してしばらくは安定していて、またある日突然悪化して…、といったような場合もよくあります。このように慢性心不全の経過中に突然悪くなったときに「急性心不全」または「慢性心不全の急性増悪」と呼ぶこともあります。

 では心不全の診断はどうすればいいのでしょうか。レントゲン、心電図、心エコーなどがありますが、1回の検査で正確な結果がでるとは限りません。心エコーは有用な検査ですが、これは技術と経験のある専門医か臨床検査技師でないとできません。(私は研修医時代に練習しましたが自信がありません。谷口医院には腹部エコーしか置いておらず、心エコーが必要な患者さんは専門医に紹介しています)

 また、心不全はあきらかに心臓のポンプ機能が落ちている状態(これを「HFrEF」と呼びます。発音は「ヘフレフ」、へとレにアクセントがあります。ただし日本人からしか聞いたことがないので欧米人はどう発音しているのか私は知りません)だとエコーで判りやすいのですが、機能がある程度保たれている場合(これをHFpEF、ヘフペフ、やはりアクセントはヘとプ)もあり、心エコーだけで100%評価するのはときには困難です。

 実は心不全にはすぐれた血液検査があります。NT-ProBNPと呼ばれるもので、それなりに正確に心不全の状態を判定できます。以前はBNPという検査の方が一般的だったのですが、これは採血すると検体をすぐに検査室に運ばねばならないなどの制約があり、大きな病院でないとおこないにくかったのです。NT-ProBNPが測定できるようになって心不全の診断は随分おこないやすくなりました。

 最後に「治療」です。心不全には決定的な治療法があるとは言えません。先述した5つの「元の疾患」の治療をおこない、そのリスクとなるものを取り除くことが重要です。特に重要なのが高血圧で、放置すれば高確率で寿命を縮めると考えた方がいいでしょう。

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2018年4月13日 金曜日

2018年4月 生活保護受給者のパチンコを禁止すべきでない理由

 先月のマンスリーレポートのなかで、「生活保護にかかる費用を削減すべきでない」という自説を述べたところ、「生活保護を受給するにふさわしくない者もいるのでは?」という意見が複数届きました。たしかに、不正受給はときどき問題になりますし、受給者のなかにはパチンコで貴重な生活費を浪費している事態があるのも事実です。

 それでも全体の生活保護費は削減すべきでなく、受給者がパチンコを含むギャンブルにお金を費やすのはやむを得ない、というのが今回言いたいことです。生活保護については、過去にも擁護する意見(メディカルエッセイ第112回「生活保護に伴う誤解」及び第113回「生活保護の解決法」 )を述べましたので、今回はギャンブルに焦点をあてて論じてみたいと思います。

 2015年10月、大分県別府市は生活保護受給者がパチンコ店及び市営競輪場に出入りしていないかを調査し、立ち入り禁止の「指導」に応じない受給者には生活保護を減額する措置を取っていたことが明らかになりました。報道によれば、別府市は過去25年間にわたり同様の「指導」をおこなっていたそうです。

 この報道に対し「人権侵害だ」と批判が上がった一方で、「生活保護受給者がパチンコだなんて何を考えてるんだ! 別府市の対処は当然だ!」と、生活保護受給者(長いのでここからは「生保者」とします)を非難する意見も多かったと聞きます。前回のマンスリーレポートの流れで言えば、このように生保者をバッシングするのは「保守=右派」となります。

 この「指導」が避難を浴びたことで厚労省と大分県が協議をおこなうことになりました。結果、別府市がおこなっていた「指導」は不適切であると判断され、2016年以降はこういった調査や処分はなくなりました。

 厚労省と大分県のこの判断は当然であり、生保者を含めてすべての人にギャンブルを禁じるようなことはできません。これについて「人権」の観点から主張する人がいますが、私の立場は異なります。なぜ、ギャンブルを禁じることができないのか。それは、多くの人が「依存症」という”病”に侵されているからです。

 2011年、大王製紙の前会長、井川意高氏がカジノで借金をつくり合計106億8000万円の負債を追ったことが週刊誌に大きく報じられました。氏は大王製紙の関連会社などから不当に融資を受けていたことが社内メールなどから発覚し、会社法違反(特別背任)で執行猶予なしの実刑4年の判決を受けました。

 この事件が白日の下に晒されたとき、各週刊誌は、井川氏が毎晩高級店で芸能人と飲み明かすなど派手な生活をし、あたかも人格が破綻しているかのようなことを書いていました。週刊誌によっては、大王製紙自体も悪徳企業のような扱いをしていました。私はこういった報道に強い違和感を覚えました。

 なぜか。「バカラという運だけで勝敗が決まるようなギャンブルに大金をつぎ込むことが合理的でないことが理屈で分かっていても嵌ってしまうのが依存症だから」という点には言及せずに、単に井川氏を悪者に見立てているだけだからです。この点が、麻雀や賭け将棋は好きだけどカジノには興味がないという人たちとの違いです。麻雀や将棋は運よりも実力で決まるのに対し、バカラは運のみで勝負が決まります。ですが、バカラに嵌る人は、例えば「プレイヤー側が5回続けて勝てば、次回はバンカー側が勝つ確率が高い。だから自分はどちらかが5回連続で勝つか負けるかしなければ賭けにでない。これは合理的だ」というようなことを本気で言います。

 東大卒の井川氏が単純な確率論を理解していないはずがないのですが、バカラにのめりこみ理性を失っていったのでしょう。それが依存症の恐ろしいところです。氏は著作『熔ける』のなかで、次のように述べています。

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地獄の釜の蓋が開いた瀬戸際で味わう、ジリジリと焼け焦げるような感覚がたまらない。このヒリヒリ感がギャンブルの本当の恐ろしさなのだと思う。脳内に特別な快感物質があふれ返っているせいだろう、バカラに興じていると食欲は消え失せ、丸一日半何も食事を口にしなくても腹が減らない。
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 これは医学的にも理にかなっていて、ドーパミンやノルアドレナリンといった興奮系の神経伝達物質が脳を”麻痺”させているのでしょう。その結果、交感神経が興奮した状態が継続しますから食欲が出ないのは当然です。

 依存症が分かりにくいという人は、「井川氏は東大卒で勉強はできるとはいえ、忍耐力がなく計画が立てられないんじゃないの。自分の周りにも学歴は高いけどそういうダメな人もいるし…」と感じる人がいるかもしれません。私はそうは思いません。たしかに高学歴者が優秀とは言えませんが、井川氏は大勢の人たちと良好な人間関係を維持し、そして会社の運営に成功していたのです。私は会ったことはありませんが、おそらく数分間話せば魅力が伝わってくるタイプではないかと推測します。氏は『溶ける』の中で次のように述べています。

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一体、何が私自身を狂わせてしまったのだろうか。大王製紙に入社してからというもの、私はビジネスマンとして仕事で手を抜いたことは一度もない。経営者の立場になってからも、仕事には常に全力投球してきた。
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 これは事実だと思います。こういった「成功者」も狂わせるもの。それがギャンブル依存を含む「依存症」の正体なのです。

 話を生保者のパチンコに戻します。いずれどこかで述べたいと思いますが、日本はパチンコ店のせいで世界一の「ギャンブル王国」となっています。現在議論されているカジノ法案をさめた目で見てしまうのは私だけではないはずです。パチンコを放置したままカジノの危険性を議論するなどということは「木をみて森をみず」以外の何ものでもありません。

 井川氏はカジノを求めてマカオやシンガポールに渡航していましたが、パチンコ店はたいてい駅前にあります。パチンコ依存症の人も、パチンコをやらないという意思があったとしても、買い物などで駅前を通ることもあるでしょう。そんなときパチンコ店が視界に入ったときに抑えがたい衝動に駆られることになります。この衝動に抗える自信のある人がどれだけいるでしょうか。自分は依存症でないから分からない、という人は、ダイエット中の空腹時においしそうなすき焼きが目の前にある状況を想像してみてください。

 生活保護を受給していてもしていなくても依存症の苦しみは変わりません。そして、この苦しみに対し医療や保健サービスを含めた支援がなされなければならないことに反対する人はほとんどいないでしょう。そういった「支援」をすることなく、そして駅前のパチンコ店を放置したまま、生保者にだけパチンコを禁じるなどということは、生保者の人権侵害というよりも、生保者に対する「嫌がらせ」ではないかと私には思えます。

 生保者のパチンコがけしからん!と感じたことのある人は、パチンコ店が放置されている現状に対して一度考えてもらえればと思います。

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2018年4月6日 金曜日

2018年4月6日 胃薬PPIは短期使用でも骨粗しょう症のリスクに

 このサイトで何度も指摘している胃薬PPIの危険性については、ときおりマスコミでも報道されているようで、ここ1~2年でみれば、太融寺町谷口医院で「前の医療機関で処方されたんですけど大丈夫ですか?」と患者さんから質問される薬のナンバー1です。

 特に「PPI使用が胃がんのリスク」という報道は大変物議を醸しています。胃がん以外にも、認知症のリスクを上げる、血管の老化を早める、腸炎や肺炎にかかりやすくなる、精子の数が減る、など次々と否定的な見解が発表されています。

 今回は「PPIが骨粗鬆症のリスク」という報告です。

 医学誌『Current Opinion in Rheumatology』2016年7月号に掲載された論文(注1)に報告されています。この研究では、過去18カ月以内に公表されたPPIと骨粗鬆症リスクについての文献が分析(これを「メタ分析」と呼びます)することにより、より客観的な事実を導こうとしています。

 結果、たとえ短期間であってもPPIを使用すれば、骨粗鬆症および骨粗鬆症性骨折のリスクが高まることが判った、とされています。

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 PPIは胃炎や逆流性食道炎に対しては確かによく効く薬剤です。ですが、これまでは安全性が担保されていると考えられていたこともあり、あまりにも簡単に処方されすぎているように思えます。

 冒頭で述べたような「前の医療機関で処方されたんですけど…」と患者さんから相談されたとき、もちろん症状にもよりますが、H2ブロッカーに切り替えてもらうことがよくあります。それで(全例とはいいませんが)大部分は改善します。もしも、漠然とPPIを長い間飲んでいる人がいれば、一度他の薬剤への変更を検討してみるべきかもしれません。

注1:この論文のタイトルは「Proton pump inhibitors and osteoporosis」で、下記URLで概要を読むことができます。

https://journals.lww.com/co-rheumatology/Abstract/2016/07000/Proton_pump_inhibitors_and_osteoporosis.13.aspx

参考:医療ニュース
2017年11月15日 ピロリ菌除菌後の胃薬PPI使用で胃がんリスク上昇
2017年4月28日 胃薬PPIは認知症患者の肺炎のリスク

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2018年4月6日 金曜日

2018年4月5日 コーヒーの発がん性をLA高等裁判所が認定

 コーヒーについて米国で驚くべきニュースが報じられました。

 米国ロサンゼルス高等裁判所がコーヒーの発がん性を認め、スターバックスなどコーヒーの販売業者に、「コーヒーには発がん性物質が含まれている」という警告を店内に表示するよう義務付けるというのです。2018年3月30日のAP通信が報道しています。

 この判決が下されたのは地方裁判所ではなく高等裁判所(Los Angeles Superior Court )です。スターバックスなど販売側は最高裁判所に上告することはできますが、この時点で相当大きな問題となっていると思われます。

 AP通信によると、原告側はコーヒーの焙煎過程で生じるアクリルアミドを取り除くか、警告の表示をするよう求めていました。これに対し、被告側(販売側)は、健康に影響が及ぶほどではなく健康上の利点が上回ることを主張していました。

 裁判所の判決は、「原告側は主張を裏付ける証拠を提出したのに対し、被告側の主張は根拠が不十分であった」、と同通信は報じています。

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 コーヒーはかつてはWHOも発がん性を指摘していました。しかし、2016年6月15日、WHOの下部組織であるIARC(International Agency for Research on Cancer、国際がん研究機関)は「発がん性を示す決定的な証拠はない」として、事実上「安全」であると公表しています。

 このニュース、日本ではあまり報道されていないようですが、もしも米国のスターバックスで「警告」が表示されるようになれば、おそらく日本の消費者団体も何らかの行動をおこすのではないでしょうか。

 コーヒーについてはこのサイトで何度も述べているように健康に寄与するエビデンス(科学的確証)がいくつもあります。カリフォルニアのこの判決には惑わされない方がいいのでは、というのが私の意見です。

参考:医療ニュース
2016年8月12日 加工肉はNGだがコーヒーはガンのリスクでない

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