2016年1月29日 金曜日

2016年1月29日 ポテト食べすぎで糖尿病

 すべての医師が認めているわけではないものの、「糖質制限」は糖尿病の新しい食事療法になりつつあります。極端な糖質制限に対してはほとんどの医師は警告を促していますが、マイルドなものであれば注意点を充分理解した上で実践してもらうことに反対する医療者は少数でしょう。

 糖質というのは、甘いものの他、コメやコムギ(パン、パスタ、うどんなど)を指しますから従来「主食」と呼ばれてきたほとんどのものが該当してしまいます。そしてときどき落とし穴になっているのが「ポテト」です。日本ではサツマイモを常食にしている人はあまりいないと思いますが、ジャガイモはいろんな料理で日常的に食べている人は少なくないでしょう。

 ポテトは糖質そのものと考えていいのですが、肥満や糖尿病とどの程度相関するのかを検証した大規模研究というのはあまりありませんでした。この度、大規模研究の結果が報告されましたのでお伝えしたいと思います。結論は、もちろん「ポテト食べすぎると糖尿病」です。

 論文(注1)は、医学誌『Diabetes Care』2015年12月17日号(オンライン版)に掲載されたもので、この研究の対象者は米国人ですが、論文を執筆したのは日本人の研究者です。

 研究の対象者は全員医療者で合計20万人近くになります。内訳は、「NHS(Nurses’ Health Study)」と命名された1984~2010年におこなわれた調査に参加した70,773人の女性看護師、1991~2011年の「NHSⅡ」に参加した87,739人の女性看護師、「HPFS(Health Professionals Follow-up Study)」という名前の1986~2010年に実施された調査に参加した40,669人の男性医療従事者です。ジャガイモの摂取量は、食物摂取頻度調査票(FFQ, Food frequency questionnaire)というものが使われて4年ごとに調査されています。

 まず調査開始時点の解析で、ジャガイモの総摂取量が多ければ多いほど、カロリー摂取量、肉や清涼飲料水の摂取量が多く、身体活動度(つまり運動量)が少ないという結果が出ています。
 
 追跡機関中に合計15,362人が糖尿病を発症しています。解析の結果、ジャガイモ摂取量が多ければ多いほど糖尿病のリスクが高いことが明らかになっています。ジャガイモ摂取が週に一度未満の人に比べると、週に2~4回食べる人でリスクが7%上昇し、毎日食べる人では33%もリスクが増加しています。

 料理の仕方にも差があるようです。週に3回食べている人でみてみると、ベイクドポテト、ボイルドポテト、マッシュポテトでは糖尿病リスクが4%高いのに対して、フレンチフライでは19%も高いことが分かったそうです。

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 我々日本人からするとポテトは穀物でありコメやパンと同じ、という感覚ですが、欧米人は「野菜」と思っている人が少なくありません。以前私はイギリス人から、「我々はコメも野菜と考えている」という言葉を聞いて驚いたことがあります。彼(女)らによると、ポテトもコメも畑(コメは田なのですが・・・)から採れるから野菜だというのです。

 しかし、日本でも糖質制限をおこなっている人で、ついついポテトを食べ過ぎている人はいないでしょうか。たとえば、糖質制限をしている人に人気のあるステーキを食べるとき、付け合わせのポテトを食べている人はいないでしょうか。その横にあるニンジンもそれなりに糖質をたくさん含んでいます。そしてステーキにかかっているソースが甘くてこってりしたものであったとしたら・・・。これでは糖質制限をおこなっていることになりません。

注1:この論文のタイトルは「Potato Consumption and Risk of Type 2 Diabetes: Results from Three Prospective Cohort Studies」で、下記URLで概要を読むことができます。

http://care.diabetesjournals.org/content/early/2015/12/09/dc15-0547.abstract?sid=8d7b15ff-969b-41e1-9a8b-786cb93567e5

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2016年1月29日 金曜日

2016年1月28日 夜勤あけは交通事故を起こしやすい

 夜勤が肥満や生活習慣病のリスクになるということは過去にも述べました(下記「医療ニュース」参照)。今回は、夜勤勤務者が交通事故に遭遇しやすいという研究を紹介したいと思います。

 医学誌『Proceedings of the National Academy of Sciences』2015年12月22日号(オンライン版)に論文(注1)が掲載されています。

 研究の対象者は夜勤勤務の16人です。閉鎖されたコースで2時間の運転テストが2回行われています。1回目のテストは、夜勤をせずに平均7.6時間の睡眠をとった後に実施され、2回目のテストは夜勤あけにおこなわれています。

 結果、夜勤あけの運転テストでは、37.5%が急ブレーキを使用し、43.8%が運転テストを続けることができずテストを中断しています。また、運転能力の低下は、運転開始から15分以内に出現していたようです。

 米国では労働者の15%に相当する950万人以上が夜勤勤務に従事しており、居眠り運転は交通事故死の21%を占め、重大な障害事故の13%に関連しているそうです。

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 以前から何度も述べているように、最も健康的なライフスタイルは「同じ時間に起きて同じ時間に寝る」ということです。夜勤の有害性はこれからも報告が相次ぐでしょう。しかし、夜勤は誰かがやらねばならないわけです。日本では、高齢者が「他に仕事がない」という理由で、シフト勤務のガードマンやメンテナンスの仕事をおこなっている人が少なくありませんが、健康リスクの高い高齢者にこのような仕事をやってもらっていいのか、一度社会全体で考えてみるべきだと思います。

注1:この論文のタイトルは「High risk of near-crash driving events following night-shift work」で、下記URLで全文を読むことができます。

http://www.pnas.org/content/113/1/176.full?sid=7c894e9b-bb67-472b-b8e3-5078982453c2

参考:
メディカルエッセイ第128回(2013年8月)「同じ時間に起きて同じ時間に寝るということ」
医療ニュース2014年12月26日「夜勤は肥満のリスク」

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2016年1月22日 金曜日

第149回(2016年1月) 増加する手湿疹、ラテックスアレルギーは減少?

 太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)にはアレルギー疾患を持っている患者さんが少なくなく、また次第に増えているような印象があります。谷口医院をオープンする前、私が複数の医療機関で修行(研修)をしていた頃、皮膚疾患を診ている医療機関ではラテックスアレルギーの患者さんがよく来ていました。そして、今後も増加すると考えた私は、ウェブサイトのコラム『はやりの病気』第35回(2006年7月)でラテックスアレルギーを取り上げました。

 谷口医院がオープンしたのは2007年1月(当時は「すてらめいとクリニック」という名称でした)。その頃には、コンスタントにラテックスアレルギーの患者さんが受診されていたのですが、その2~3年後から次第に減少していきました。

 もちろん、ラテックスアレルギーの患者さんの大半は「ラテックスアレルギーです」と言って受診されるわけではなく、「手があれました」というのが最も多い訴えです。(ラテックスアレルギーは口元や性器にも発症します。これについては後述します) そして「手あれ」自体は減っていないどころか年々増えています。つまり、ラテックスアレルギー以外の「手あれ」が増えているということです。

 ラテックスアレルギーが減少している最大の理由は「手袋の品質が上がった」からではないかと私はみています。ただし、このようなことを検証したデータを私は見たことがなく、他の医師がどう感じているかは分かりません。これは単なる私の日々の診療を通しての「印象」であることをお断りしておきます。

 元々、ラテックスアレルギーの患者さんの半数以上は医療者でした。医師や看護師は日常的にラテックス製のグローブを使います。そのうちに身体がラテックスを異物とみなすようになり(これを「感作(sensitization)」と呼びます)、そうなれば、ラテックスに触れて数分後にアレルギー症状が出現します。

 最初はラテックスが触れた部分のみが赤く腫れ、軽度の痒みが出る程度ですが、そのうちに痒みが痛みになり、さらに重症化すると全身の蕁麻疹、鼻水、呼吸苦なども出現し、悪化すればアナフィラキシーと呼ばれる生命にかかわる状態に移行することもあります。海外では死亡例もあります。つまり、ラテックスアレルギーというのは重症化すると「死に至る病」になるのです。

 ラテックスアレルギーはいったん発症すると治すことはできません。つまり、一度ラテックスアレルギーの診断がつけば、生涯ラテックスに触れることはできないのです。そのため、医療者の場合、ラテックス以外の化学物質でつくられた手袋を使用することになります。

 手袋の品質が上がったのは、おそらくラテックスの良質な部分のみを使用するようになったからです。一言で「ラテックス」といっても、分子レベルでみてみると、おそらく数百種のタンパク質が含まれているはずです。そしてそれらタンパク質のすべてがアレルゲン(アレルギーの原因)になるわけではありません。おそらく、分子レベルの研究が進んだことにより、アレルゲンになりうるタンパク質が同定され、そのタンパク質を取り除く技術が発達したのでしょう。

 谷口医院の例でいえば、ラテックスアレルギーが減ったのは医療者だけではありません。以前は工場やパン工房で働く人にもラテックスアレルギーがけっこうあったのですが、最近は減ってきています。やはり、こういった施設でも品質改良されたラテックス製の手袋が使われるようになってきているのでしょう。

 ラテックスアレルギーで忘れてはならないのがコンドームです。性交後に性器が痒くなったり痛くなったりするという人は、男性でも女性でも一度はラテックスアレルギーを疑うべきです。以前は、コンドームによるラテックスアレルギーは決して少なくなく、そのためにポリウレタン製のコンドームを勧めなくてはならなかったのですが、最近はこういった話をする機会も減ってきました。ということは、コンドームも品質改良がおこなわれ、アレルゲンとなりうるタンパク質が除去されているのかもしれません。

 一方、さほど減っていないと思われるのが、ゴムサックと風船です。風船については、関西なら甲子園球場に行くと必ず口の周りが痒くなるという人はラテックスアレルギーを疑うべきです。ゴムサックと風船が減らないのは、おそらく手袋やコンドームと異なり、これらは今も従来のラテックスが使われているということなのかもしれません。

 手袋やコンドームの改良によりラテックスアレルギーは今後も減少の一途をたどるのでしょうか。そうあってほしいと思いますが、ひとつ私が懸念していることがあります。それは「ラテックスフルーツ症候群」です。日本人の何パーセントがこの病気を持っているのかについてはデータを見たことがありませんが、決して少なくないのでは?と私は考えています。現在野菜や果物を食べると口が痒くなる人(これだけなら「口腔内アレルギー症候群」と呼びます)は、今後ラテックスアレルギーが出現する可能性があります(注1)。

 さて、手あれ(手湿疹)に話を移します。ラテックスアレルギーは減っているのに、手湿疹が一向に減らないのは他に原因があるからです。

 古い研究ですが、医学誌『Journal of the American Academy of Dermatology』1991年11月号(オンライン版)に掲載された論文(注2)によりますと、医療者のアレルギー性接触皮膚炎の8割以上は、何らかの促進剤(accelerator)(注3)が原因だそうです。ということは、そもそも手袋を使う以上はラテックスだけに注目していればいいわけではなかった、ということになります。

 ならば、その促進剤を特定して原因物質を調べて、それが含まれていない手袋を使用すればいいではないか、ということになり、確かにその通りです。しかし、これは簡単な話ではありません。たしかに、原因の可能性のある物質を取り寄せて、パッチテストをおこなえば原因物質を特定できることがあります。しかし、現実には、原因となりうる「促進剤」は多数あり、それを入手するのが困難であり、それをいろんな濃度のものを作成し、背中に貼って丸二日シャワーを我慢し、頻繁に医療機関を受診して・・・、と何かと大変です。

 では、どうすればいいのでしょうか。まず手袋が原因で手荒れやかぶれが起こった場合、重症化しうるラテックスが原因なのかそうでないのかに注目します。ポイントは、ラテックスは接触後数分で症状が出るのに対し、ラテックス以外の物質が原因である場合は、1~3日ほど経過してから現れるということです。これは実際には必ずしも簡単に見分けられる方法ではないのですが、このことは知っておくべきです。

 ラテックスが原因でなさそうなら、別の手袋に替えて様子をみるのが現実的な方法です。しかし、症状が強いのなら医療機関を受診してそこで治療を受け、助言を受けるのがいいでしょう。

 もうひとつは、促進剤のなかでも比較的高率にアレルギーを起こすことが分かっている「チウラム」と呼ばれる物質が含まれていない手袋、あるいは含まれていても少量の手袋を選ぶという方法は有効かもしれません(注4)。

 手荒れというのは、もちろん他にも原因があります。手袋をまったく使用していなくてもアトピー性皮膚炎がある人は手が荒れやすいですし、掌蹠膿疱症、尋常性乾癬、汗疱といった皮膚疾患でも手荒れのような症状が起こります。梅毒では手のひらに痒くない発赤が起こることがありますし、手足口病でも発赤が出現します。石けんの使いすぎで手がボロボロになっている人がいますし、飲食店勤務の人は手袋をしていなくても手荒れを起こすことはよくあります。職業でいえば、美容師や理容師の人たちは、手袋も使い、頻繁に手を洗いますから手荒れには常に注意する必要があります。楽器が原因であったり、ガーデニングに問題があったり・・・、と手荒れの原因は様々です。

 原因が何であれ、治らない手荒れ、繰り返す手荒れは一度かかりつけ医に相談すべきでしょう。

注1:下記コラムも参照ください。

はやりの病気第144回(2015年8月)「増加する野菜・果物アレルギー」

注2:この論文のタイトルは「Allergic and irritant reactions to rubber gloves in medical health services」で、下記URLで概要を読むことができます。

http://www.jaad.org/article/S0190-9622%2808%2980977-2/abstract

注3:この部分は非常に訳しにくく困りました。原文をそのまま抜粋すると、「Accelerators, mainly of the thiuram group, antioxidants, vulcanizers, organic pigments」となります。

注4:現在医療機関で比較的よくおこなわれるセットになったパッチテストがあり、そのなかに「チウラム」も含まれます。ただし、これはセットですからチウラムのみを検査することはできません。このセットのパッチテストについては下記を参照ください。

http://www.stellamate-clinic.org/shishin/#q4

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2016年1月22日 金曜日

第156回(2016年1月) 頑張れ 化血研! 東芝も

 今、日本で最もイメージの悪い、「悪徳企業の代名詞」といわれても仕方のない企業が「化学及血清療法研究所」(以下「化血研」)ではないでしょうか。

 少し前までは、粉飾決済が白日の下にさらされ世界的に信用をなくした東芝が最も悪印象の企業だったと思いますが、現在は化血研にその”座”を奪われています。

 2016年1月8日、厚労省が化血研に下した行政処分はなんと「110日間の業務停止命令」。これは医薬品医療機器法(旧薬事法)に基づく過去最長記録となるようです。報道によれば、1990年頃から、血液製剤を安定化させるために、承認されていない方法で製品を製造し、実際の製造記録の他に、国の定期調査に備えた「偽の記録」もつくっていたそうです。しかも、最近作った書類を古く見せるために、紙に紫外線を照射して劣化させていたとする報道もあり、これが事実なら組織の「膿」は相当根深く広がっていると言わざるをえません。

 現在、化血研は医療界、行政、マスコミのいずれからも激しいバッシングを受けており、化血研出身の公明党の代議士も窮地に立たされているとか・・・。おそらく化血研の従業員の家族は相当辛い思いをしていることでしょう。逆に、化血研にエールを送る声は一切ありません。ならば、私が微力ながらこのサイトで応援しよう、と考えてこれを書くことにしました。

 私が化血研の社員と初めて会ったのは2013年の初頭でした。当時、A型肝炎ウイルス(以下HAV)のワクチンの供給が止まったままで、必要な人に接種できない状態が続いており、これをなんとかしてほしいと販売会社を通してお願いしたところ、わざわざ熊本から担当の方が来てくれました。HAVワクチンが供給不足となったのは何も化血研の責任ではありませんから、私としてはそのような対応を求めていたわけではなかったのですが、その社員の方は、とても丁寧な対応をしてくださり、こちらが恐縮してしまうほどでした。当院としてもHAVワクチンは必要度の高い人だけに限定していることを説明し、その後はワクチンが必要な人の状況を伝えて供給してもらうことになりました。

 ここで少し脱線します。現在私が使っているノートパソコンは東芝の「ダイナブック」で、これは2台目です。実は、最初に使っていたダイナブックで、ネットにつながらないというトラブルがあり、結果としてこのトラブルが私を「東芝ファン」にさせました。

 西日本のある地方都市に私のお気に入りのホテルがあります。そのホテルに泊まりたいという理由だけでその土地に行きたくなることもあるくらい気に入っているホテルです。ある日のこと、そのホテルでインターネットにつなぐために、ダイナブックをLANケーブルに接続したところ一向につながりません。それまで私はそのホテルで別のメーカーのノートパソコンを使ったことがありましたがこのようなトラブルは一度もありませんでした。ホテルのメンテナンスのスタッフに来てもらい見てもらいましたがホテル側に異常はないと言います。

 そこで私は東芝のサービス部門に電話することにしました。電話に出た東芝の女性スタッフは大変丁寧な対応をされ親身になって解決法を考えてくれました。結局あれこれ試した後もネット接続はできず諦めざるを得ませんでした。その女性が言うにはダイナブック自体に問題はないそうです。実際その後もそのホテル以外ではつながるのです。しかしそのホテルでは接続できません。「”相性”といった安易な言葉は使いたくないのですが・・・」と、電話口の女性は申し訳なさそうに話されます。

 私は電話の向こうのこの女性の対応に胸を打たれました。ひとつひとつの言葉、話し方、間の置き方などすべてが大変あたたかいことに驚いたのです。そのとき私は、東芝というこの企業は、電話対応をしているこの部署は、そしてこの女性は、どんな理念やミッションを持っているのだろう、と感じました。そして、そのときに誓いました。次にノートパソコンを買うときも東芝にしよう、と。

 現在の私の最新のノートパソコンはダイナブックです。その後もその地方都市に行くときは、そのお気に入りのホテルを利用しています。そしてこの土地に行くときだけは、昔使っていた使い勝手の悪い別のメーカーのものを持って行きます。そこまでするほど私は東芝ファンになったのです。

 閑話休題。話を化血研に戻します。この時点で誤解のないようにしておきたいと思います。私がこれからも東芝製品を買い続けると決めているのは、ひとりの女性スタッフの応対に感動したからですが、化血研を応援したいのは初めて会った社員の方が真摯な対応をとってくれたからではありません。

 いくら丁寧な対応をされても、製品を承認されていない方法で製造し、それを長年にわたり組織ぐるみで隠蔽していた、ということは許されることではありません。これは血液製剤やワクチンを使っている患者さんの立場になれば当然の感情です。一方、東芝の粉飾決済は株主や製品購入者を裏切ったとする意見があり、然るべき処置がとられなければなりませんが、私個人としては化血研の方が罪ははるかに重いと考えています。

 私が化血研にエールを送りたい理由は、化血研に信頼を取り戻してもらい、日本一ではなく世界一のリーディング・カンパニーになってほしいからです。

 今も熊本に本部を置く化血研は1945年に熊本医科大学(当時)の実験医学研究所を母体として誕生しました。日本のワクチンや血液製剤をリードする企業として長い歴史があります。薬害エイズ事件で提訴されたことなどもありますが、現在まで数多くのすぐれた製品を供給し続けています。狂犬病ワクチンやA型肝炎ウイルスワクチンなどは、日本で製造できるのは化血研の他にありません。

 家電やIT領域などの製品では、日本は諸外国に追いつかれるどころか、とっくに後塵を拝しています。実はこれは医薬品の領域でもそうなのです。iPS細胞では世界の最先端を進んでいると言えますが、予防医学、特にワクチンでは日本は大きく遅れをとっています。ここ10年くらいは、「なんで海外でうてるワクチンが日本ではうてないんだ」という声が大きく、この問題は次第に解消されるようになってきました。

 しかしワクチンの製造は完全に日本は遅れています。ここ10年くらいで日本で承認されたワクチンをみてみると、HPVワクチンはGSK社製のサーバリックス、MSD社製ガーダシル、ロタウイルスはGSK社製ロタリックス、MSD社製ロタテック、肺炎球菌結合型ワクチンはファイザー社製プレベナー、MSD社製ニューモバックス、髄膜炎菌ワクチンはサノフィ社製メナクトラ、ポリオ不活化ワクチンはサノフィ社製イモバックス・・・、とこんな感じでこれらはすべて外資系の製薬会社です。現在世界的に注目されており、メキシコ、ブラジル、フィリピンなどで承認されたデング熱ウイルスのワクチンもサノフィ社製です。

 日本はワクチン開発が昔から苦手だったというわけではありません。ひとつ例を挙げると、水痘(みずぼうそう)ワクチンは日本人が開発し、現在世界中で多くの子供たちを救っています。皮肉なことに、多くの海外諸国ではとうの昔に定期接種に入っているのに、本家本元の日本で定期接種になったのはつい最近、2014年10月ですが・・・。

 化血研のワクチンも高品質で(海外製のものより値段が高いという欠点はありますが)、A型肝炎ワクチンや狂犬病ワクチンはとても優れたものです。製造に時間がかかるために供給が追いついていないのです。一時、狂犬病ワクチンは海外メーカーのものも承認すべきという議論があったのですが、最近この話題は聞かなくなりました。化血研と同じ水準の高品質のワクチンが海外製には存在しないからではないか、と私はみています。

 現在生命科学に興味を持っていて将来はその方面に進みたいと考えている若い人も大勢いるでしょう。そのような若い人たちが今回の化血研の報道をみてどのように思うでしょうか。東芝以上に徹底的に組織の”膿”を洗い流し、もう一度企業のミッションを見直し、研究者を目指す若い人たちの「理想の企業」となってほしい・・・。それが私の化血研に対する願いです。

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2016年1月12日 火曜日

2016年1月 苦悩の人生とミッション・ステイトメント

 昨年(2015年)の7月から毎日新聞ウェブサイト版の「医療プレミア」というサイトに連載コラムを持たせてもらっています。年始には特別企画ということで、年末に編集長が私におこなったインタビューが掲載されました。

 インタビューでは、私が個人的におこなっている健康の秘訣のほかに、なぜ医師になったのか、どのような医師を目指しているのか、といったことなども聞かれました。事前にインタビューを受けることを聞いていましたし、あらかじめ内容も教えてもらっていたのでこのインタビューを私は気軽に考えていました。

 ところが、インタビューは2時間以上に及び、随分と掘り下げたところまで尋ねられた、というか、結果として私が自分自身を日頃おこなわないレベルで省みることになりました。

 さすがは毎日新聞の編集長、楽しい時間をつくりながら巧みに質問を重ねてきます。自身の失敗談なども交えながら私からホンネを引きだそうとしているのかもしれません。インタビュー自体はとても楽しい時間であったのですが、私の回答は事前に”キレイに”まとめたものでは対処できませんでした。

 そのときは、過去のなつかしい思い出などを語ることになり心地よかったのですが、その夜から自分自身をじっくりと省みることとなりました。

 これまでどのような人生を歩んできたのか、というのが質問の骨子でした。私は社会人の経験もありますし、『偏差値40からの医学部再受験』という本を上梓していますから、そのあたりを詳しく尋ねられたのです。

 これまでの人生をざっとまとめると、高校時代に勉強ができず偏差値40程度であったが2ヶ月間の猛勉強で関西学院大学理学部現役合格。しかし大学の勉強に馴染めずに退学を考える。ところが同じ大学の社会学部の先輩の一言がきっかけで社会学部に編入を決意、編入学に成功。卒業後社会人になるが、社会学の勉強を本格的におこないたくて大学院進学を考える。ところが、社会学の勉強を続けるうちに生命科学に興味がでてきて医学部受験に方向転換。1年間の猛勉強で入学。医学部入学当初は医師ではなく医学者になることを考えていたが能力の限界を感じ臨床医に転換。どのような医師になるか決めかねていたところ、タイのエイズホスピスで出会った総合診療医(プライマリ・ケア医)に影響を受け、帰国後に大学の総合診療部の門を叩く。その後複数の医療機関で研修を受け、クリニックをオープンさせる。

 と、このような感じです。一見サクセスストーリーに見えなくはありませんから、私はこれまでの自分史を事前に”キレイに”まとめていたのです。しかし、実際のところ、私の人生はスムーズに進んだわけではありません・・・。

 まず高校時代に相当悩みました。何に悩んでいたのかと問われれば、それさえも答えられないような悩みで、他人には分かってもらえないようなものかもしれません。当時の私は何が楽しいのかが分かっていませんでした。勉強、スポーツ、音楽活動(少しだけバンドというものをかじったことがあります)、遊び、恋愛、どれも中途半端、というか、何をしてもそれなりには楽しいものの、心のどこかで「何か違う・・・」という違和感を拭えなかったのです。

 何のために生きているのだろう、本当に大切なことは何なのだろう・・・、そんなことばかり考えて空虚な日々を過ごしていました。何もしなくても卒業する日は確実にやってきます。このままいれば高校卒業後は、町工場にでも勤めて、20歳前後で結婚して、その後子供ができて、趣味は車いじりとパチンコと週末のスナック通い・・・。そしてこの空虚感からは永遠に逃れられない・・・。そんなことを考えると、たとえようのない閉塞感に襲われ、息をするのも苦しくなったことがあります。

 当時の私の唯一の希望は「都会への憧れ」でした。いくつもの大学を見に行って関西学院大学を訪れたときに”身体に電流が流れるような衝撃”を受けた私はその後関西学院大学を目指すことだけを「生きる糧」にしました。

 そして合格。しかし今度は、自分が考えていた理想と現実のギャップに悩むことになります。大学進学の目的は都会への憧れ、ただそれだけでしたから、大学生が勉強しなければならないなどとはまったく思っていなかったのです。退学を決意し両親に相談するも却下(当たり前ですが)・・・。そんなとき先輩の一言で社会学部の編入学を考えることになりました(注1)。

 しかし事務局では「理学部から社会学部の編入は前例がないから無理」と却下されてしまいます。「前例は自分でつくるもの!」と考えて猛勉強の末に合格、と言えば聞こえはいいですが、そう簡単に気持ちを切り替えられたわけではありません。最終的には「背水の陣」を敷いて編入学試験に臨みましたが、合格する自信があったわけではありません。何しろ申し込みの時点で「無理」と言われていたのですから。

 編入学試験に合格しその後大学を卒業するまでは夢のような生活でした。時はバブル経済真っ只中、といってもお金はありませんでしたが、それでも毎日が楽しくて仕方がありませんでした。まさに私にとっての「酒と薔薇の日々」です。

 卒業後、私が就職したのは大阪にある商社です。このときは英語で苦労したものの、仕事自体は苦痛ではなくむしろ楽しい思い出の方がずっと多いといえます。

 しかし、楽しいはずの社会生活で再び苦痛に襲われます。このまま今の仕事を続けるべきなのだろうか・・・。これが自分が本当にやりたいことなのだろうか・・・。そのようなことが頭をよぎりだすと、ちょうど高校時代に感じたような閉塞感が再び私を襲ってきたのです。そんなとき、私の出した結論が社会学部の大学院進学。そして独学で社会学の勉強を続けるうちに興味が生命科学に向かうようになり、ついに医学部受験を決意するに至ります。

 そして受験勉強に専念するために退職するわけですが、医学部受験といった突拍子もないことを言い出した私を応援してくれる人などほぼ皆無です。予備校に行くお金などありませんから、独学でひたすら毎日勉強しました。そして1年後に合格を果たすことになります。

 医学部入学後は、再び大学で勉強できることが幸せだったのですが、学年が上がり勉強を重ねるにつれ、次第に「能力の限界」を感じるようになりました。そして、当初考えていたような医学者になることを諦めます。代わりに臨床医を目指すことになるのですが、このときには自分の将来の像が見えていたわけではありません。

 研修医を終えてから訪れたタイのエイズ施設で私の人生がほぼ決まることになります。社会から疎外されている患者さんをみてエイズという病に関わりたいと感じたと同時に、その施設にボランティアに来ていた欧米の総合診療医(プライマリ・ケア医)をみて私が進む道が決まりました。帰国後私は大学の総合診療部の門を叩くことになります。

 その後は複数の医療機関、複数の診療科で研修を受け、大学に籍を置きながら大阪市北区に自分自身のクリニックをオープンすることになります。クリニックオープン後もいくつもの苦痛に見舞われましたが、最も辛かったのは、自身の「変形性頸椎症」に対する手術を受けたときです。手術は成功したものの芳しくない術後の経過が私を苦しめました。このときには、過去に診てきた患者さんのことが頭に浮かんだことなどがきっかけとなり、比較的早い段階で苦しみから抜け出すことができました。

 さて、改めて自分の人生を振り返ってみると「転機」が訪れたのは1997年、医学部1年生の終わり頃、28歳のときです。何か特別な事件があったわけではありません。生まれて初めて自分自身のミッション・ステイトメントをつくったのです(注2)。私はそれ以来、精神的な”ぶれ”がかなりなくなったように感じています。高校時代や会社員時代に私を襲った「何のために生きているのだろう・・・」という疑問に苦しめられることがなくなりましたし、将来の方向がはっきりしていなくても自分のミッションを持っていれば悩まなくてもいいことを理解するようになりました。手術を受けた直後には、一瞬それを見失いそうになりましたが、脳裏に現れた過去の患者さんに助けられたことがきっかけで、ミッション・ステイトメントを振り返ることになり自分自身を取り戻すことができました。

 これからも私はいろんな苦痛を感じることになるでしょう。また、文章にはできませんが、これまでの人生で人間関係や恋愛関係で傷つけたり傷つけられたりといったことは多々ありますし、これからもあるでしょう。人間関係からくる苦痛というのは、ときに生きる気力を奪うほど大きなものです・・・。

 私はここ数年、毎年1月1日にミッション・ステイトメントの全面的な見直しをおこなっています。この時間は私にとってとても大切な時間です。今年は、直前に毎日新聞の奥野編集長から鋭い質問を受けたおかげで、例年よりも心の奥深くにまで問いかけ、ミッションの見直しをおこなうことができました。そして、傷つけた人、傷つけられた人たちも含めてこれまで私と関わってきた人たちのことを考えていると、感謝の気持ちが沸き上がり身体の奥底からパワーがみなぎってくるような感覚に包まれました。

 そして、私の2016年がスタートしました。

注1:このあたりのことは過去にも書いたことがあります。興味のある方がおられれば下記を参照ください。

マンスリーレポート
2013年10月号「安易に理系を選択することなかれ(前編)」
2013年11月号「安易に理系を選択することなかれ(後編)」

注2:ミッションステイトメントについては下記も参照ください。

マンスリーレポート
2009年1月号「ミッション・ステイトメントをつくってみませんか」

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

2016年1月9日 土曜日

2016年1月9日 妊婦のダイエットで子供が脂肪肝

 無理なダイエットなどでやせている妊婦から生まれてくる子供は脂肪肝になりやすいことが以前から指摘されていました。このメカニズムを分子レベルで解明し、さらに改善させる方法についても言及している論文が医学誌『Scientific Reports』2015年11月19日(オンライン版)に掲載されました(注1)。日本人による研究です。

 エサを40%少なくすることで栄養不良にした妊娠マウスから生まれた子供マウスの肝臓が調べられています。肝臓には、異状な形態をした役に立たないタンパク質が蓄積し、これを除去するために免疫をつかさどるマクロファージの一種が増え、結果として炎症が生じ脂肪肝となっているようです。

「シャペロン」という最近注目されている物質があります。これは、わかりやすく言えば、形状がおかしくなって本来の機能が発揮できなくなったタンパク質に働きかけ、おかしくなった形を元に戻してあげることのできる物質で、形が元に戻ったタンパク質は機能を取り戻すことができるのです。

 今回の研究では、このシャペロンを脂肪肝の子供マウスに投与しています。結果、タンパク質が本来の機能を取り戻し、脂肪肝が大きく改善したそうです。

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 シャペロン(chaperon)の元々の意味は「若い女性が社交界にデビューするときに付きそう年上の女性」のことです。形が崩れて正常の機能を無くしてしまったタンパク質(若い女性)に働きかけ元に戻すことができる(シャペロン)ことからこの名前が付けられたと言われています。

 (ヒトの)若い妊婦さんから生まれた子供(もしくは妊婦)にシャペロンを投与すれば、脂肪肝が防げるのではないかという意見もあるようですが、シャペロンに過度の期待をするのは筋違いでしょう。

 つまらない正論に聞こえるかもしれませんが、妊娠中こそ、過度なダイエットを避け、適正な体重を維持することに努めなければなりません。

注1:この論文のタイトルは「Undernourishment in utero Primes Hepatic Steatosis in Adult Mice Offspring on an Obesogenic Diet; Involvement of Endoplasmic Reticulum Stress」で、下記URLで概要を読むことができます。

http://www.nature.com/articles/srep16867

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2016年1月8日 金曜日

2016年1月8日 デング熱ワクチン、ついに実用化へ

 2014年の東京での流行以来、デング熱に対する世間の関心は高まっており、最近は海外渡航前に診察室で相談される人も増えてきました。もちろんこれは好ましいことで、デング熱はマラリアと異なり、日中に人の多いプールサイドやビーチでも被害に遭いますから、我々医療者からみると、これまでの関心が低すぎた、というのが実情です。

 デング熱は日本人がよく行くリゾート地、たとえばハワイやプーケットやバリ島などでも被害は少なくありません。水着になるときは日焼け止めの上からDEETの塗布が必要です。しかし、水に濡れる度に何度も塗り直すのはけっこう大変です。

 デング熱は感染症ですからワクチンの登場が長年望まれていました。昨年(2015年)には医学誌『The New England Journal of Medicine』に開発中のワクチンに有効性があるとした論文(注1)が掲載され、秒読み段階に来ていました。

 そして、ついに2015年12月9日、メキシコでこのワクチンが世界で初めて承認されました(注2)。さらに12月22日、ワクチン製造者のSanofiはフィリピンで(注3)、12月28日にはブラジルでも承認されたことを発表しました(注4)。

 一方、デング熱で年間9万人以上の感染者と200人近くの死亡者を出しているインドでは、このワクチン導入に慎重な姿勢をみせています(注5)。有効性と安全性が充分に検証されていないのではないかとする意見があるようです。

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 冒頭で述べたように、プールサイドやビーチでDEETを完璧に塗るというのは思いのほか困難です。有効で安全なワクチンがあれば接種を希望する人が大勢いるでしょうし、私自身も接種します。しかし、デング熱ウイルスを媒介するネッタイシマカ(やヒトスジシマカ)は、チクングニア熱ウイルスや最近注目されているジカ熱ウイルスも媒介します。そしてこれらに対してデング熱ワクチンは無効です。

 ということは結局これまでと同様の蚊対策は必要ということになります。ワクチンではなく、蚊の発生自体を抑制する工夫が必要かもしれません。しかし仮に抑制できたとしても、今度は「生態系が乱れる」という問題が出てきます。なんとも悩ましいものです・・・。

注1:この論文のタイトルは「Efficacy and Long-Term Safety of a Dengue Vaccine in Regions of Endemic Disease」で、下記URLで概要を読むことができます。

http://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa1506223

注2:下記URLでメキシコでの承認の詳細が読めます。

http://www.sanofipasteur.com/en/articles/dengvaxia-world-s-first-dengue-vaccine-approved-in-mexico.aspx

注3:下記はフィリピンでの承認についてです。

http://www.sanofipasteur.com/en/articles/sanofi-pasteur-dengue-vaccine-approved-in-the-philippines.aspx

注4:下記はブラジルについてです。

http://www.sanofipasteur.com/en/articles/Dengvaxia-First-Dengue-Vaccine-Approved-in-Brazil.aspx

注5:インドのオンライン新聞「The Indian Express」に「Dengue fever vaccine Dengvaxia: Hope but with caution」というタイトルで報道されています。下記URLを参照ください。

http://indianexpress.com/article/explained/dengvaxia-dengue-vaccine-delhi-health-deaths-india-fever/

参考:旅行医学・英文診断書 → 〇海外で感染しやすい感染症について → 3) その他蚊対策など

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

2016年1月6日 水曜日

開業10年目に向けて(2016年1月)

 2016年の1月で太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)は10年目に入ることになります。

 谷口医院の基本方針、つまり、「どのような場合にも相談に応じるプライマリ・ケアの実践」は2007年1月のスタート以来まったく変わっていません。

 谷口医院は都心部にありますから、患者さんの層としては、近くに住んでいる人よりも近くに職場がある、という人が大半です。また、大阪に出張中、あるいは旅行中という関西以外の方もよく来られます。東日本大震災以降減少していた外国人の患者さんも再び少しずつ増えてきています。

 ちょうど1年前に立てた2015年の目標で最も重要なものは「患者さんにセルフメディケーションを促していく」ということと「チュージング・ワイズリーの考え方を取り入れてムダな医療がないかを見直す」というものでした。

 セルフメディケーションについては、この言葉自体が世間に少しずつ浸透していることもあり、患者さんにも理解されやすくなってきたのではないかと感じています。正しい知識を持ってもらい、予防に努めてもらうことで、医療機関の受診を減らすことができますから、これからも伝えていきたいと考えています。

 ただ、セルフメディケーションの具体的な方法について、症状別、あるいは疾患別に、文章にしてウェブサイトに掲載することを考えていましたが、これはいまだにできていません・・・。

「チュージング・ワイズリー」というのは、本当に必要な検査や治療のみをおこない無駄な医療行為をなくしていく、という考えです。これについては、診察室で個々の患者さんに説明をしており、理解してくれることが増えてきました。しかしながら、なかには「お金払うって言っているのに何で検査してくれないの??」と言い理解をしてもらえない患者さんも依然います。これは私の説明不足にあり、こういった主張をされる患者さんはたいてい初診の方です。ならば、ウェブサイトを通して「チュージング・ワイズリー」の重要性を訴えていくべきで、実は昨年の初頭から企画していたのですが、いまだにできていません・・・。

 なんだか言い訳ばかりの新年の言葉になってしまいました・・・。

 昨年の私の出来事としては、リハビリが思いのほか順調に経過したということがあげられます。2014年8月、左上肢の麻痺を伴う頸椎症に対し「全身麻酔下頸椎後方除圧及び椎弓形成術」という手術を受けました。術後は順調に経過し、術前や手術直後は左腕を挙げることすらできませんでしたが、現在は5kgのダンベルで筋トレができるほどに回復しました。また、手術直後は腕が振れないために長距離のウォーキングができませんでしたが、現在は20kmくらいまでであればジョギングもできるようになりました。ここまでくれば症状出現前と比べて8~9割は回復していると言えます。

 クリニック以外での社会活動として、産業医/労働衛生コンサルタントの仕事、大学での講義、NPO法人GINAでの活動以外に、縁あって、2015年7月から毎日新聞の「医療プレミア」というウェブサイトの医療ページに連載を持たせてもらうことになりました。

 この連載では「実践!感染症講義 -命を救う5分の知識-」というタイトルで感染症についてのコラムを書いています。私が以前から主張している病気の予防法は、まず感染症とそれ以外を分け、感染症は知識で防ぎ、感染症以外の疾患については「10の習慣」で防ぐというものです。(「10の習慣」は、「3つのEnjoy、3つのStop、4つのデータに注意して」というものです。詳しくはメディカルエッセイ第129回(2013年10月)「危険な「座りっぱなし」」を参照ください)

「医療プレミア」に掲載するコラムは感染症だけのものですが、日頃診ている症例や、世界の論文で紹介されている新しい研究結果なども交えて、わかりやすく世間に伝えていきたいと考えています。こうすることが、少なくとも感染症領域においては「セルフメディケーション」「チュージング・ワイズリー」の双方にも有用だと思うのです。

「医師のもつ知識や技術は公共のもの」というのが私の考えです。しばらくの間は、当院ウェブサイトのみならず、「医療プレミア」も利用させてもらい、私のもつ知識を大勢の方に知っていただく努力をしていきたいと考えています。

2016年1月1日 東南アジアのある港にて

投稿者 医療法人 谷口医院 T.I.C. | 記事URL

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