2013年6月15日 土曜日
第96回(2011年8月) 放っておいてはいけない頭痛
私が大学病院の総合診療科の外来をしていた頃、患者さんからの訴えで最も多いもののひとつが頭痛でした。「頭痛でなんで大学病院?」と感じる人もいるでしょうが、どこの大学病院の総合診療科にも頭痛を訴えて受診する人は少なくないのです。
大学病院に頭痛で受診するケースは大まかに2つに分けられます。ひとつは、頭痛で困っておりこれまでいくつかの医療機関を受診したけれどもよくならないから受診したというケース、もうひとつは、頭痛以外に、例えばめまい、倦怠感、微熱、などがあって、「どこの科を受診すべきか分からない」と考えて大学病院の総合診療科を受診するケースです。
頭痛で受診する人は、大学病院だけでなく太融寺町谷口医院にも多いのですが、太融寺町谷口医院では、大学病院を受診するタイプの症例に加え、他のタイプの患者さんもいます。まずは、そのあたりのグループわけについて述べてみたいと思います。
まずひとつめのグループは、先に述べた大学病院を受診するのと同じような動機があるタイプです。すなわち、「これまでいくつかの医療機関を受診したけれど満足いく治療がされていない」と感じている人や、「他にも症状があってどこの科を受診していいか分からない」と考えている人です。こういった人たちを便宜上「積極的に治療を希望しているグループ」と呼ぶことにします。
次のグループは、「必ずしも治療に満足しているわけではないけれども医療機関で鎮痛剤を処方してもらおう」と考えているタイプで、この人たちは、薬局の薬よりも医療機関で処方してもらう薬の方が自分にあっているから薬だけもらえればそれでいい、と考えています。患者さんのなかには、別のことで受診して、”ついでに”鎮痛剤の処方を希望するような人もいます。このグループを「消極的に治療を希望しているグループ」と呼ぶことにします。
最後のグループは、いわば医療機関での治療をあきらめている人たちです。「医療機関で相談したけどありきたりのことしか言われないから」、とか「どうせ相談しても痛み止めの処方だけで終わるから」などの理由で、医療機関での治療をあきらめて、市販の薬に頼っている人たちです。このグループを「治療を希望していないグループ」とします。なぜ、この人たちが頭痛で悩んでいることが分かるかというと、別のことで受診を続けているうちに、「他に困ったことはありませんか」と聞くと、「実は以前から頭痛が・・」と話されることがあるからです。
ここで頭痛にはどのようなものがあるかを確認しておきましょう。まず今回取り上げている頭痛は「慢性の頭痛」です。したがって、1週間前の事故が原因の頭痛とか(外傷性の硬膜下血腫、くも膜下出血、脳挫傷などが考えられます)、頭痛持ちではないのにもかかわらず突然激しい頭痛が発症したようなケース(くも膜下出血、脳内出血、あるいは帯状疱疹などが考えられます)は除外しておきます。
慢性の頭痛に限って話を進めていきます。従来の教科書には、慢性の頭痛の代表には①片頭痛、②筋緊張性頭痛、③群発頭痛、の3つが中心と書かれています。しかしながら、実際にはこれらにあてははまらない頭痛もたくさんありますし、③群発頭痛は非常に稀です(私は医師になってこの診断をつけたことは一度だけです)(注1)。②筋緊張性頭痛は、最も多いのは事実であり、俗に「肩こりに伴う頭痛」と言われることがありますが、実際には①片頭痛に肩こりが伴うことも少なくありません。筋緊張性頭痛は比較的軽症ですから受診しないことも多く、少なくとも私がこれまで診てきた患者さんのなかでは①片頭痛が最多です。
というわけで、片頭痛について話をすすめていきたいのですが、その前にもうひとつ、最近注目されている頭痛について述べておきたいと思います。それは「薬物乱用頭痛」と呼ばれるもので、これは簡単に言えば、「鎮痛薬を使い続けるうちに痛みへの敏感さがまし常に痛みを感じるようになった状態」となります。つまり、鎮痛剤(市販のものも病院で処方されるものも含めて)をあまりにもたくさん飲み続けたことによって、ちょっとした痛みにも耐えられなくなっているような状態です。鎮痛剤を飲み続けたことが原因ならすぐにやめればいいではないかと考えられますが、すでに身体は鎮痛剤なしでは生活できないような状態になってしまっており、ますます鎮痛剤を必要としてしまう、という悪循環に陥ってしまっているのです。薬物乱用頭痛はどのような鎮痛剤でも起こり得ますが、私がこれまでに診てきた症例でいえばイブプロフェンが主成分の鎮痛薬で、いずれも誰もが薬局で簡単に買えるものです。そのなかでも「ブロモバレリル尿素」という極めて依存性の強い物質も含まれている製品が2種ほどあり、これらは危険極まりないと言っていいでしょう。
以前別のところで述べたことがありますが(下記コラム)、市販の鎮痛剤だから安全というわけでは決してありません。むしろ副作用が起こりやすいような鎮痛剤が薬局で簡単に買えてしまうのが現状なのです。
さて、先に「慢性の頭痛は片頭痛が圧倒的に多い」ということを述べましたが、ここで片頭痛の治療についてお話したいと思います。片頭痛でも軽症であれば市販の鎮痛剤を痛くなったときに飲む、という方法で問題ありません。どのようなものを「軽症」と呼ぶかですが、一般的な鎮痛剤がよく効いて、飲む頻度は月にだいたい10回以内、がひとつの目安となります。これを超えるようなら医療機関で相談すべきと考えればいいでしょう。
片頭痛がある程度重症化すると、一般的な鎮痛剤(医療機関で処方されるものも含めて)はあまり効きません。このようなケースではトリプタン製剤と呼ばれる片頭痛の「特効薬」を用います。これは非常によく効くことがあり、たとえ効果が不十分であったとしても、トリプタン製剤を飲んでから一般的な鎮痛剤を重ねて飲めば非常に効果があります。ですから、ある程度重症の片頭痛の患者さんは「トリプタン製剤を手放せない」と言います。しかし、値段の高いのが難点で1錠900円以上(3割負担であれば約300円)します。残念ながら「いい薬なのは分かっているんだけど高すぎて私には無理です」と話される患者さんもいます。また、かなり重症の人になってくるとトリプタン製剤でも効かないことがあります。(トリプタン製剤については、下記「片頭痛を治そう」を参照ください)
最近になって、片頭痛の大変すぐれた予防薬が処方できることになりました。これはバルプロ酸ナトリウム(商品名は「デパケン(R)」「セレニカR」など)と呼ばれるもので、元々はてんかんの薬として使われていたものです。現在もてんかんにはすぐれた薬剤ですし、躁病や躁うつ病にも使われることがあります。海外では以前から大変すぐれた片頭痛の予防薬として使われていて、日本でも認可の要望が強く、2011年6月から本格的に処方可能となったという経緯があります(注2)。
なぜバルプロ酸ナトリウムが効くのか、ですが、元々片頭痛がおこりやすい人というのは脳内の神経細胞が興奮しやすい状態にあると言われています。(実際に、片頭痛が生じているときは脳波に異常がでるという報告もあります) てんかんにも有効なバルプロ酸ナトリウムは脳細胞の興奮をおさえる作用があり、これを一定量血中に保つことによって片頭痛が起こりにくくなるのです。また、たとえ起こったとしてもトリプタン製剤を飲めばすっと効くことが多く、トリプタン製剤単独よりも高い効果が期待できます。また、値段の高いトリプタン製剤に頼らなくても、「バルプロ酸ナトリウムの予防的投与+痛くなったときに一般的な鎮痛剤」で充分コントロールできることもあります。
片頭痛を放っておくと、一般的な鎮痛薬が効かなくなり薬物乱用頭痛を引き起こすばかりでなく、そのうちにめまい、耳鳴り、肩こり、イライラ、・・・、など他にも様々な症状がでてきます。こうなると、診察のされ方によっては、「単なる不定愁訴」と言われて頭痛薬ではなく精神安定剤を処方される、といったことにもなりかねません。
程度にもよりますが、市販の鎮痛剤が効かなくなってきたときや量が増えているようなときはかかりつけ医に相談するようにしましょう。特に、先に述べた「治療を希望していないグループ」に入るような人はもう一度ご自身の頭痛についてよく考えてみるのがいいでしょう。
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注1(2016年12月1日追記): このコラムを書いてから群発頭痛で受診する人が増えだし、現在は年に3~4人は「群発頭痛」の診断がついています。
注2(2016年12月1日追記): 現在は、バルプロ酸以外にプロプラノロールという降圧剤が片頭痛の予防薬としてよく使われています。バルプロ酸とプロプラノロールを併用することもあります。また一部のカルシウムブロッカー(ロメリジン塩酸塩)が予防に用いられることもあります。
参考:
メディカルエッセイ第97回(2011年2月)「鎮痛剤を上手に使う方法」
トップページ「片頭痛を治そう」
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|2013年6月15日 土曜日
第95回 アルツハイマーにどのように向き合うべきか 2011/7/20
「刑事コロンボ」で有名なアメリカの俳優ピーター・フォークが先月(2011年6月)に他界されたことが世界中で大きく報じられました。マスコミの報道をみていると、偉大な俳優を失ったことに対する寂しさやセンチメンタリズムが伝わってきますが、ほとんどのマスコミが、晩年にアルツハイマー病を発症していて自分が「コロンボ」であったこともわからなくなった、ということを強調しているように感じられました。
アルツハイマー・・・。この病名を聞いたことがないという人はほとんどいないでしょうが、その理由は罹患者の多さよりも、病気に対する恐怖があまりにも大きいからではないでしょうか。
1968年生まれの私の印象で言えば、アルツハイマーという名称が一躍有名になったのは有吉佐和子の小説『恍惚の人』が映画化され、世間の注目を浴びた頃からではないかと思われます。「恍惚の人」という言葉は私が子供の頃に何度も聞いた記憶があり、たしか流行語にもなっていたと思われます。しかし、wikipediaで調べてみると『恍惚の人』が公開されたのは1973年ですから、少なくとも私は(当時5歳ということになりますから)この映画を映画館で見ていることはなく、テレビで放送しているのを見たのかもしれませんが、特に記憶に残っている映画のシーンというのはありません。けれども、「恍惚の人」という言葉はしっかりと記憶にあり、「恍惚の人=アルツハイマー」という図式が私の頭の中でできあがってしまったのは事実です。
アルツハイマーに対して多くの人が恐怖を感じるのは、自分で自分のことが分からなくなり、まともな意識があれば大変恥ずかしいと思われる行動や言動を繰り返し、周囲に散々迷惑をかけるからでしょう。実際、私は医師になってから、「お願いやからアルツになったら安楽死させてくれ」と何人もの友人から言われました(注1)。確かに、アルツハイマーが進行すると、暴力的になったり、徘徊して警察のお世話になったり、家中に糞便を撒き散らしたりすることもあります。こうなると、家族の苦労は想像を絶する程にまでなります。ある患者さんは、アルツハイマーが進行した姑の面倒を泣きながらみている自分の母親に同情し、「できることならばあちゃんを殺したい」と漏らしていたことがあります。
しかし、アルツハイマーは程度も症状も様々で、この患者さんの祖母のように家族が疲労困憊(という生易しいものではありませんが)するケースもあれば、家族の顔やトイレの場所は分からないものの、一日中ベッドに座って四六時中ニコニコしているだけの人もいます。「恍惚」という言葉も、否定的な意味がある一方で、何かに心を奪われてうっとりとしているほのぼのとしたイメージもあるのではないでしょうか。
さて、アルツハイマーを医学的な観点からみていきましょう。まず、どれくらいの人がかかっているかというと、現在の日本の認知症の患者数はおよそ230万人と言われており、アルツハイマーはその半数と考えられています。ということは約115万人ということになります。割合で言えば、115万人/1億2千万=約1%となります。65歳以上の10%、80歳以上の25%がアルツハイマーになるという統計があり、2050年には日本では65歳以上が40%となると言われていますから、今から40年もたてば、日本の全人口の4%がアルツハイマーを発症していることになります。(これはアルツハイマー型認知症のみで、他の認知症は含まれていないことに注意してください)
世界全体でみると、アルツハイマー病の罹患者はおよそ2,400万人程度であろうと言われています。この数字を大きいとみるか小さいとみるかですが、世界の人口が約70億人ですから人口の0.4%が有病者ということになり、日本単独でみたときよりも有病率は低くなります。しかし、この数字は今後数十年で確実に増加、しかも極端に増加するのは間違いありません。
そもそもアルツハイマーに罹患する人が増えるのは社会が高齢化するからであり、アジアやアフリカの平均寿命が50代の途上国であれば、アルツハイマーなどという疾患はほとんど問題になりません。一方、かつては発展途上国と呼ばれていた国も、ここ10~20年の発展がすさまじく、例えばタイや中国では、現在最も問題になっている疾患は糖尿病や高血圧、あるいは悪性腫瘍といった生活習慣病です。かつてのように結核やマラリア、エイズで若い命が失われ長生きできなかった国ではもはやありません。そしてこのような国々ではアルツハイマーの罹患者が確実に増えていきます。
世界的に高齢化社会が進行すると、悪性腫瘍と同様、間違いなくアルツハイマーは世界規模で増加します。アルツハイマーは悪性腫瘍と異なり、罹患しても生命予後には大きな影響を与えませんから、社会全体でアルツハイマーと向き合っていかなければなりません。アルツハイマーは、21世紀後半の最も身近で最も深刻な疾患になるのではないかと私は考えています。
いくら厄介な病気であったとしても治癒する病気であれば、さほど心配することはないかもしれません。実際、人類は、結核を克服し、マラリア対策に成功し、エイズにも優れた薬剤を開発しました。これらの疾患にはまだまだ取り組まなければならない課題がたくさんあるのは事実ですが、予防と治療をしっかりおこなえば恐れる病気ではすでになくなっています。
ところがアルツハイマーは、最近になり新薬が次々と承認され、日本にも合計4つの薬(注2)が揃うことになりましたが、例えば、半年間薬を飲めば完治する結核のように治療ができるわけではありません。重症化することをいくらか遅くすることは期待できますが、何事もなかったかのように”完治”するわけではないのです。
では、どのように予防すればいいのか、ということですが、結論から言えば、アルツハイマー予防に有効性がきちんと認められているものは現時点ではありません。たしかに、「20代で言語スキルが高いとなりにくい」、「地中海ダイエットがいい」、などといった研究があるのは事実です。なかには「携帯電話がアルツハイマーを予防する」といったものもあります(注3)。しかし、これらの研究は規模がそれほど大きくなく、必ずしも科学的に実証されているわけではないと考えるべきでしょう。
医学誌『Archives of Neurology』2011年5月9日号(オンライン版)に掲載された論文(注4)によりますと、「アルツハイマーに有効な要因や、またリスクとなる要因について明らかなものは現時点ではない」とされています。この研究は、1984~2009年に先進国在住の50歳以上の男女を対象としたアルツハイマーに影響を与える因子を調べた合計18の研究を、2010年に米国立衛生研究所(NIH)が改めて総合的に検討したものをまとめています。
アルツハイマーの予防効果があると言われている、イチョウ葉エキス(日本でもサプリメントで出回っています)、ビタミンB12、ビタミンE、ω3脂肪酸、βカロチン、果物・野菜の積極的な摂取、などでは有効性が認められなかったそうです。特にイチョウ葉エキスとビタミンEについては、かなりの確証をもって、有効性なし、という結果がでています。
地中海式ダイエット、葉酸、少量から中量のアルコール摂取、認知活動、身体活動では、たしかにアルツハイマーのリスクを低減させる可能性はあるとされていますが、「充分にエビデンス(科学的確証)をもって」とまでは言えなかったそうです。
アルツハイマーのリスクになる因子としては、糖尿病、高脂血症、喫煙ですが、これらも充分なエビデンスをもってして、断言することはできないそうです。
じゃあアルツハイマーを防ぐにはどうすればいいの?、となりますが、常識的に健康的と考えられるライフスタイルが重要であることに変わりはありません。実際、この論文の執筆者であるMartha L. Daviglus博士は、「現在のエビデンスの質が”不充分”でも、運動や血圧コントロール、禁煙を実施し、肥満に注意し、適切な睡眠時間を維持するといった健康的ライフスタイルを守るべきである」、とコメントしています。
私自身の考えもまったく同じです。少なくとも「認知症になったら安楽死させてくれ・・・」と知り合いの医師に頼むよりははるかに現実的な対策です。
注1:「安楽死」という言葉を使えば内容が柔らかく感じられますが、言いたいのは「認知症になったら殺してくれて」ということです。もしも認知症が原因で命が奪われることがあればこれは「安楽死」ではなく「殺人」です。このあたりをきちんと説明しようと思えば「安楽死」の定義から述べていく必要がありますが、今回はこれ以上の議論はしないでおきます。
注2:アルツハイマーの薬は、日本ではこれまで1999年に承認されたドネペジル塩酸塩(商品名はアリセプト)しかありませんでしたが、最近3種類の新しい薬が承認されました。1つは「メマンチン塩酸塩(商品名はメマリー)」で、アリセプトとは異なるメカニズムで作用するため、アリセプトとの2剤併用も可能となります。2つめは「ガランタミン臭化水素酸塩(商品名レミニール)」で、これはアリセプトと同じ作用機序で効きますが、アリセプトよりもマイルドなためにアリセプトの副作用が強い人には適しているかもしれません。3つめは、「リバスチグミン(商品名イクセロンとリバスタッチパッチ)」で、これは貼り薬です。
注3:「20代で言語スキルが高いとなりにくい」は、医学誌『Neurology』2009年7月8日号(オンライン版)に
「Clinically silent AD, neuronal hypertrophy, and linguistic skills in early life」というタイトルで掲載された論文で紹介されています。
(http://www.neurology.org/content/73/9/665.abstract?sid=b605d701-93be-429f-93e4-6a5141e51080)
「地中海ダイエットがいい」は、2009年に医学誌『JAMA』に掲載された「Adherence to a Mediterranean Diet, Cognitive Decline, and Risk of Dementia」という論文で紹介されています。
(http://jama.jamanetwork.com/article.aspx?articleid=184384)
「携帯電話がアルツハイマーを予防する」は医学誌『Journal of Alzheimer’s Disease』の2010年1月号(オンライン版)に掲載されている「Electromagnetic Field Treatment Protects Against and Reverses Cognitive Impairment in Alzheimer’s Disease Mice」という論文で紹介されています。
(http://www.j-alz.com/issues/19/vol19-1.html)
尚、出所は省略しますが、これら以外にも「週に10km程度の歩行が予防になる」「勤勉が予防になる」「コーヒーで予防できる」などといった研究もあります。
注4:この論文のタイトルは、「Risk Factors and Preventive Interventions for Alzheimer Disease」です。
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|2013年6月15日 土曜日
第94回(2011年6月) 小麦依存性運動誘発性アナフィラキシー
お茶石鹸を使っているとまぶたが痒くなるようになった。そしてあるときパンを食べた後急いで出かけたら気分が悪くなって意識がなくなり救急搬送された・・・
2011年5月、(株)悠香は、重篤なアレルギー症状が多数報告されたことを受けて、ついに自社製品「悠香の石鹸(茶のしずく石鹸)」(以下「茶のしずく石鹸」)の自主回収を始めました。冒頭の症状はこの石鹸を使うことにより生じた症状です(私が直接診察した症例ではありませんが・・)。
食物依存性運動誘発性アナフィラキシー(food-dependent exercise-induced anaphylaxis、以下「FDEIA」)という名前のアレルギー疾患は以前から存在し、太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)にも疑い例も含めると年間5~6人は受診されます。この疾患は教科書的には「稀」とされているのですが、軽症例まで含めれば決して稀な疾患ではないと私は感じています。「茶のしずく石鹸」で有名になった小麦依存性運動誘発性アナフィラキシー(以下WDEIA)も、FDEIAのひとつではありますが、従来型のWDEIAと「茶のしずく石鹸」によるWDEIAとは少しタイプが異なります。
いろいろ話すとややこしくなりますので、まずはFDEIAについておさらいしておきましょう。
FDEIAは、特定の食べ物を食べた後に運動をすると、全身にじんましんが出たり気分が悪くなったりめまいがしたりします。重症化すると血圧が大きく下がり意識を失うこともあります。
「特定の食べ物」で多いのが、成人であれば最も多いのが小麦、次いでエビやカニなどの甲殻類です。小児にも起こりますから、例えば給食でパンを食べて5時間目の体育の時間に発症というのは典型例のひとつです。成人であれば、慌しいなかで朝食のパンを食べて電車に乗り遅れないように駅まで走って行って発症、というパターンがあります。
ただしこの病気は、小麦を食べただけでは出ませんし、小麦+運動で必ず出るかと言えばそういうわけでもありません。ですから、<純粋な>小麦アレルギーの人であれば、小麦を食べると何もしなくても(そしてそれがごく少量の小麦であったとしても)アレルギー症状が出現して危険な状態になりえますから小麦は<絶対に>食べてはいけませんが、FDEIA(WDEIA)の場合は、運動しなければ食べても症状がでません。患者さんのなかには、小麦(+運動)+寒冷(要するに寒い季節のみ出現する)や、エビ(+運動)+疲労などで発症するという人もいます。コムギ(エビ)+アスピリンなどの鎮痛剤、で症状が出現することもあります。
じんましんを訴えて受診する患者さんに対し、問診からFDEIAを疑ったときは疑わしい食物に対する抗体(IgE抗体、RASTとも呼ばれます)を測定します。重症例であれば陽性となることが多いのですが、注意すべきは小麦(WDEIA)のときです。通常の(運動に関係ない純粋な)小麦アレルギーであれば「コムギ」もしくは「グルテン」(という小麦に含まれる蛋白質)が陽性となるのですが、WDEIAの場合は、これらが両方とも陰性になることが少なくないのです。この場合は、ω5グリアジンという小麦に含まれる、より小さい蛋白質に対するIgE抗体を調べます。WDEIAであれば絶対にω5グリアジンが陽性となるわけではありませんが、この項目が保険診療で計測できるようになって随分診察がしやすくなったと私は感じています。
さて、「茶のしずく石鹸」に話を戻しましょう。この石鹸によるWDEIAは、通常のWDEIAとは症状が少し異なります。通常のWDEIAは、<小麦を食べる+運動>の後、皮膚症状が全身に出現するのに対し、この石鹸によるものは、<小麦を食べる+運動>の後、「まぶたが腫れる、顔がかゆくなる」といった顔面に限局した症状が大半で、じんましんや痒みが全身に広がった例はあまり報告されていません。しかも顔面のかゆみや赤みもごく軽度なものもあります。しかし、皮膚症状は顔だけでも一気に意識消失まで進行することもあるのです。
そして「茶のしずく石鹸」によるWDEIAが通常のWDEIAと異なるもうひとつの点は、先に述べたω5グリアジンが陽性とならないということです。コムギもグルテンも、そしてω5グリアジンもすべて陰性となってしまうことがあるのです。「それじゃあ、なんでその石鹸が犯人だと分かるの? 本当にその人のアナフィラキシーの原因は小麦なの?」という疑問がでてきます。これを証明するのには次の手順が必要になります。まず、「茶のしずく石鹸」を使い出してからWDEIAを示唆する症状が出現していることを確認し、石鹸で使われている「加水分解コムギ」で反応するかどうかを調べる検査をおこないます。「茶のしずく石鹸」によるWDEIAの人は、この「加水分解コムギ」に強く反応し、その後普通のコムギにも反応するようになることが研究で分かっています。一方、通常のWDEIAの人はこの石鹸に使われている「加水分解コムギ」では反応しない(か、反応してもごく軽度な)のです。
我々の実感としては、このようなきちんとした検査をおこなっておらず確定はできてないけれども、状況から「茶のしずく石鹸」によるWDEIAではないかと疑われる例があり、また、そもそも「茶のしずく石鹸」によるWDEIAなどという疾患は、例えば夜間当直している救急医にとってはなかなか疑えるものではありません(これを「見逃した」とするのはあまりにも酷です)。また、「茶のしずく石鹸」による皮膚のかゆみがすべてWDEIAとなるわけではありません。谷口医院にもこの石鹸が原因と思われる接触蕁麻疹(まぶたが腫れて痒い)の患者さんが過去に何人かおられましたが、WDEIAを強く疑うようなエピソードを有している人はいませんでした。しかし、このような患者さんも、そのうちWDEIAをおこさないとも限りません。ですから、我々医師は、報告されている例よりも実際ははるかに多い症例があるのではないかと感じており、販売中止が望ましいと考えていたわけです。別のところでも述べましたが、厚生労働省が危険性を公表したのは2010年10月で、自主回収したのは2011年5月です。なぜ2010年10月の時点で自主回収されなかったのかという疑問が私には払拭できません。
「茶のしずく石鹸」によるWDEIAをいったんおこしてしまうと、(加水分解コムギの含まれている)この石鹸は二度と使うことができないのは当然としても、今後小麦を絶対に食べられないのかというと、これは難しい問題です。まず、小麦摂取後の運動は危険ですからやめなければなりません。運動しないときも注意しなければなりませんが、小麦を完全に避けるというのは思いのほか大変です。主治医とよく話し合ってどの程度の小麦制限をすべきかを考えていく必要があります。小麦入り食品の代表は、パンとうどんですが、実際にはほとんどのソバにも含まれていますし、ラーメンやパスタにも入っていますから、麺類はほぼNGということになります。また、カレー、天ぷら、唐揚げ、ハンバーグ、ソーセージなどにも含まれていますから、食事から完全除去するのはかなり困難です。だからこそ、(株)悠香には早期に自主回収してほしかったのです。
WDEIAの原因となっていた「茶のしずく石鹸」に含まれていた加水分解コムギですは現在流通している石鹸(2010年12月8日以降に販売されたもの)にはすでに含まれていないそうです(しかし、それ以前に販売されたもので使われていないものが現在でも多数あると言われています)。さて、ここでひとつの疑問が出てきます。それは「加水分解コムギ」が使われているスキンケア・ヘアケア製品は他のメーカーからも多数販売されているということです(私が使っているシャンプーにも入っていました)。では、なぜ「悠香の石鹸」にだけアレルギーが発症したのでしょうか。これは推測になりますが、ひとつは、「悠香の石鹸」に含まれていた「加水分解コムギ」は分子量が大きいなど何らかのアレルギーを起こしやすい要因があったということ、もうひとつは石鹸ですから目の周りの敏感な部位をこすることによって「加水分解コムギ」が体内に侵入しやすかったこと、が考えられます。
最後に、診察室でしばしば感じるアレルギーに関する「誤解」について述べておきたいと思います。かぶれや薬疹が疑われる患者さんに対して、「化粧品(や薬)が原因の可能性がありますよ」と言うと、「そんなはずはありません。なぜならもう半年間も使っているからです」と答える人がいます。ですが、通常アレルギーというのは使い続けるうちにでてきます。「茶のしずく石鹸」によるWDEIAも患者さんの多くは数ヶ月から数年間はまったく無症状だったのです。「過去にはなかったから・・・」というのはアレルギーを否定する根拠にはなりません。スギ花粉症でも、「生まれたときから・・・」という人はおらず、たいていは成人してから、なかには80歳を超えてから発症、という人もいるのです。
スキンケア製品が原因のアレルギー疾患というのは、ときに患者さんからも医療者からも疑いにくく、疑っても証明するのがむつかしいのですが、放置すると重症化することもあります。治療もケースバイケースで、小麦などのアレルゲン完全除去が必要な場合もあれば、そうでない場合もあります。症状出現時の対処方法も様々です。ですから、医師と患者さんがよく話し合って必要な検査・治療を適宜おこなっていかなければならないのです。
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追記(2019年12月19日):その後の経過を報告します。まず、アレルゲンは「茶のしずく石鹸」に含まれる「グルパール19S」であることが判りました。グルパール19Sを含有した「茶のしずく石鹸」は、2004年3月~2010年12月までに約4650万個が約467万人に販売されました。これは日本人の成人女性の12人に1人が使用したことになります。
グルパール19Sによる小麦アレルギーの調査が2012年4月から2014年10月まで行われました。全国270の医療施設を受診した2,111例に確定診断がつきました。グルパール19Sを含むスキンケア製品は「茶のしずく石鹸」以外にもあることが分かりました(参照:医療ニュース2011年11月16日「茶のしずく石鹸」で66人が重症」)。
(株)悠香らを訴える弁護団が全国各地で形成されました。2019年3月29日、大阪府などの20~50代の男女20人が1人当たり1000万~1500万円の損害賠償を求めていた訴訟で、大阪地裁は製造物責任(PL)法に基づき、3社に対し全員に計約4200万円を支払うよう命じました。
参考:特殊型食物アレルギーの診療の手引き2015
毎日新聞2019年3月29日「「茶のしずく」訴訟 3社に賠償命じる判決 大阪地裁」
参考:
アレルギーの検査
医療ニュース
2011年11月16日「「茶のしずく石鹸」で66人が重症」
2011年5月21日「「茶のしずく石鹸」が自主回収」
2010年10月20日「小麦入り化粧品、特に”お茶石鹸”に注意」
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|2013年6月15日 土曜日
第93回 てんかんを正しく理解するために 2011/5/20
2011年4月18日午前7時45分頃、栃木県鹿沼市内の国道293号線で、てんかんに罹患している26歳男性がクレーン車を運転中にてんかん発作を起こし、集団登校を行っていた小学生の列に突っ込みました。報道によりますと、9歳から11歳の児童6人が全身強打で死亡しました。
児童6人が死亡、という大きな事故ですからマスコミの取り上げ方もかなり大きかったように思われますが、てんかん患者の自動車事故というのはこれまでもときどき報道されています。
少し例をあげると、2010年12月、三重県四日市市の踏切で、てんかん患者の男性が乗用車を運転中に意識を失い自転車3台に追突し、踏切内に押し出された男性2人が急行列車にはねられて死亡しています。
2008年3月には、横浜市の県道で、てんかん患者の男性がトラックを運転中にてんかん発作を起こし対向車線に逸脱し14歳の男子中学生がひかれて死亡しています。この事件では被告は禁固刑の実刑判決がでています。
つい最近の2011年5月10日にも、広島県福山市の県道で、てんかん患者の男性が軽自動車を運転中に発作を起こし小学生の列に突っ込み児童4人が重軽傷を負っています。
1~2年に一度くらいの割合で、新聞の片隅にてんかん患者の自動車事故が報道されているような印象が私にはあるのですが、冒頭で述べた事件は被害者が6人もの児童だったこともあり大きく取り上げられたのでしょう。そして、この加害者を糾弾する声が世論から上がっています。
てんかん患者の運転、と言えば、作家筒井康隆氏の「断筆宣言」を思い出す人が多いのではないでしょうか。これは、筒井氏の小説『無人警察』のなかに、「てんかん患者を差別する内容がある」として、日本てんかん協会が筒井氏と、この小説を国語の教科書に掲載する予定であった角川書店に抗議をおこない、角川書店が筒井氏の同意を得ずに教科書から削除したことに対して、筒井氏が怒りの意思表示として断筆することを宣言した、というものです。
『無人警察』の舞台は未来社会で、レーダーか何かで人の脳波を遠方から測定することのできる器械が登場します。この器械は、てんかん患者が出す異常脳波を検出することができ、異常波を出している運転者を検知すれば直ちに病院へ収容するきまりになっているとか、そういう内容だったと思います。(私の記憶はうろ覚えです。すみません・・)
日本てんかん協会が筒井氏に抗議をおこなったのは1993年ですが、当時はてんかんの患者さんやその家族も筒井氏を非難し、筒井氏の自宅には大量の抗議の電話やFAXが寄せられたそうです。たしかに、この小説の解釈の仕方によってはてんかんに対する差別と取れるような箇所があったと思われます。一方、(これもうろ覚えで恐縮ですが)筒井氏は、「自分は差別しているのではなく、てんかん患者は直ちに病院へ収容すべき、といった差別観が世間に存在していることを訴えたかった」というようなコメントをされていたように記憶しています。
『無人警察』が差別に値するかどうかは各自で考えていただくことにして、話を医学的な観点に戻したいと思います。
まず押さえておきたいのが、「『無人警察』事件」があった1993年当時、てんかんに罹患している人は車の免許が法的に取得できなかったということです。これは1960年に制定された道路交通法によるもので、第88条に「てんかん患者には第1種および第2種免許を与えない」と規定されています。しかし、実際には、自らがてんかん患者であることを申告せずに、免許を取得している人も少なからずいました。
こういった事態に対し、「てんかん患者が法を犯して運転免許を取得するなど許せない」という声があったのは事実です。しかし、てんかん発作は幼少時期のみで、すでに発作が起こらなくなってから10年以上経過している人からすれば「なんで運転できないの?」となります。
てんかんという病は日本だけにあるわけではありませんから、この問題は当然どこの国にも存在していました。参考までに、てんかんの有病率には地域差はなくどこの国でもだいたい人口の1%程度だろうと言われています。日本のてんかん患者は推定100万人とされています。
20世紀の半ば以降、てんかんに有効な治療薬が次々と開発され、うまく薬を使えば発作がかなりの確率で抑えられるようになってきました。そして、発作が2年以上おこらなければ再発は極めて少なく、薬の中止も可能であるということが実証されるようになりました。この流れを受けて、米国では1949年に、イギリスでは1960年に、てんかんを有していても運転免許を取得することが可能となりました。
しかし日本の対応は遅く、世界各国が道路交通法を改正しているのにもかかわらず、21世紀になっても、日本は、てんかんであるというだけで運転免許を取得できない稀な国のひとつとなってしまったのです。しかし2002年6月、遅ればせながらも日本でも道路交通法が改正され、てんかんがあったとしても一定の条件を満たせば運転免許を取得することができるようになりました。
「一定の条件」はかなり細かく規定されていますので詳しくは述べませんが、おおまかに言うと、一定期間てんかん発作がなく今後も起こる可能性が極めて少ないようなケースであれば免許取得が可能とされています。しかし、これは「普通免許」であり、「大型免許」や「第二種免許」に対しては現時点では認められていません。冒頭で紹介しました栃木県のケースでは被告はクレーン車を運転していたわけですから弁護の余地がありません。
私は、今回の事件がきっかけとなり、てんかん患者に対する運転免許交付に厳しい条件を付けるよう求める声が上がらないかということを懸念しています。栃木県の事件では、過去にも人身事故を起こして執行猶予中だったことと、クレーン車を運転していたという許しがたい事情があります。一方、良心的な(というかほとんどの)てんかん患者さんは、道路交通法に基づいて免許を取得しているのです。
今後、てんかんに対する風当たりがきつくなれば、きちんとコントロールできているのに免許が取りにくくなるといったことが起こるかもしれません。あるいは、正式な手続きを経て免許を取得しているのにもかかわらず、てんかんを理由として職場で運転を禁じられるとか、就職そのものが不利になるとか、もっと言えば適当な理由を付けられて解雇に追い込まれる、といったことがおこらないかということを危惧します。
そのような雰囲気が生じれば、てんかんを持っている人はますます周囲に隠そうと考えるかもしれません。てんかんという病は、現在でも差別がまったくないとは言えないのです。ですから、てんかんであることを職場などで隠している人は依然大勢おられます。しかし、てんかんという病は、周囲にそのことをあらかじめ告げておくよりも隠しておく方が、その人にとってときにデメリットが大きい場合があるのです。
今回の事件を受けて、てんかんの既往を厳格に管理せよ、という意見が出てきています。例えば、診察した医師はそれを保健所に届けて保健所が運転免許の取得状況を確認すれば隠れて免許を取得できなくなるだろう、という考えです。しかし、このようなことが行われればますます偏見が持たれかねませんし、てんかんという診断を付けられるのを避けるために医療機関を受診しなくなる患者さんもでてくるかもしれません。こうなれば患者さんにとっても社会にとっても大きな損失となります。
てんかんは不治の病ではありませんし他人に感染させるものでもありません。てんかんが理由で差別的な扱いを受けるというようなことは絶対にあってはいけないことです。まずは国民ひとりひとりがてんかんという病気を理解し、自分がてんかんだったら・・、という観点で運転免許について考えるべきだと思います。
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|2013年6月15日 土曜日
第92回 エコノミークラス症候群を防ぐには 2011/4/20
東日本大震災発生後に度々耳にする病気のひとつに「エコノミークラス症候群」があります。今回は、この病気のメカニズム、治療法、予防法などについて述べていきたいのですが、その前に、一見覚えやすいけれども誤解も招きやすいこの病名についてみていきたいと思います。
まず、なぜ「エコノミークラス症候群」などという奇をてらったような病名がついたかと言えば、元々は飛行機のエコノミークラスに長時間座ることにより起こりうることから名づけられたからです。しかし、この病名は、「では、ビジネスクラスに座れば起こらないのですね」、というイメージを与えることになりかねません。
ところが実際は、ビジネスクラスに座ろうがファーストクラスに座ろうが、起こるときは起こります。エコノミークラスに座席を取ることが問題なのではなく、長時間同じ姿勢で座りっぱなしであることに原因があるのです。長時間同じ姿勢で座ることにより、下肢の静脈内に血の塊(かたまり)ができやすくなるのです。この血の塊のことを「血栓(けっせん)」と呼びます。そして、血栓が何らかのきっかけで静脈内を移動し、それが肺の血管につまると、突然呼吸困難に陥り、重症例では死に至ることもあります。これがこの病気のメカニズムです。
エコノミークラスが必ずしも原因ではありませんから、この病気の名前を「ロングフライト血栓症」、あるいは「旅行者血栓症」という名前に変えようと言われたこともありましたが、どうもそれほど社会に浸透していないようです。依然として「エコノミークラス症候群」という名前の方が知られているのではないでしょうか。
ではもう少し学術的な呼び方はないのか、と気になるところですが、我々医療者は、下肢の静脈に血栓ができた状態を「深部静脈血栓症」、そして肺の血管に血栓が詰まった状態を「肺血栓塞栓症」と呼んでいます。
私個人としては「エコノミークラス症候群」といった誤解を与えかねない病名には少し抵抗があるのですが、他の言い方と比べても依然世間に浸透してしまっている命名ですから、こうなればエコノミークラス症候群の病態を、名前だけでなく、その内容を詳しく知ってもらうのが現実的な医療者の使命ではないかと今は考えています。
東日本大震災の被害者に多発したのは、もちろんエコノミークラスの席に座っていたからではありません。寒さに震え同じ姿勢を維持したことが原因です。現地で調査した医師の報告によりますと、検診に参加した被災者の約3割に深部静脈血栓症が認められた、とするものもありますし、車の中で寝泊りしている被災者だけを対象とした調査では約50%に認められた、とするものもあります。
被災者が車の中や体育館などで、少ない毛布で寒さに耐えて縮こまって安静にしている姿が想像されますが、体を伸ばしていれば防げるというものでもありません。大きなベッドで上を向いて寝ていたとしても起こるときは起こります。後にも述べますが、手術の後にも深部静脈血栓症は起こりやすいのです。
では、どのような人に起こりやすいのか、つまりどのようなことがリスクになるのか、をみていきたいと思います。
エコノミークラス症候群のリスクを挙げていくと、先に述べた術後の他、外傷も要注意です。ケガをして出血すると、止血が必要になりますから体は分子レベルで血を固まらせようとします。傷を負った部位の出血が止まるのはもちろん望ましいことですが、その一方で血が固まりやすくなるためにエコノミークラス症候群のリスクが上昇してしまうというわけです。
その他のリスクとして、高齢、女性、肥満、高血圧や糖尿病、喫煙、薬などがあげられます。薬については、特に注意しなければならないのは、低用量ピルや更年期障害の治療で用いるエストロゲン製剤です。
よく低用量ピルを飲んでいる患者さんから、「どうしてタバコがいけないのですか」と聞かれますが、その理由の1つはエコノミークラス症候群のリスクを上昇させるからです。参考までに、「WHOの低用量ピルの使用に関する基準」というものがあり、この分類で「分類4」になると原則として低用量ピルは使えないのですが、その分類4の1つに「35歳以上で1日15本を越える喫煙者」とあります。
こういったリスクはひとつひとつはさほどでなかったとしても、積み重なるとかなりのハイリスクになると考えるべきです。例えば、軽度の肥満があり、薬を飲むほどではないけれども血圧が高く、喫煙している40代の女性は、できる限りピルは避けるべきです。
さて、女性であること、高齢であること、震災でケガをしてしまったこと、などは自分の力ではどうしようもできないことですし、血圧が高いことも必ずしも本人の責任ではありません。では、リスクのある人がエコノミークラス症候群を防ぐにはどうすればいいのでしょうか。
どうしても知っておきたいのは「運動」と「水分摂取」です。
運動という言葉に抵抗がある人もいるかもしれませんが、心配しなくてもここでいう「運動」とは、ちょっとした歩行やストレッチのことです。例えば、ずっと座りっぱなしという人は、ときどき立ち上がって歩けばいいのです。また、足首を回したり、ふくらはぎを伸ばしたりして下半身の軽いストレッチをおこなうのも効果的です。
「水分摂取」は文字通りなのですが、女性の場合、これができておらず自覚のない人が意外に多いということを知っておくべきでしょう。一般の尿検査で、「比重」といってどれくらい尿が濃いかを調べる指標があるのですが、この比重の高い女性が男性に比べると非常に多いように私は感じています。患者さんに質問してみると、「水分を摂るのが苦手・・・」「仕事でトイレに行けないので・・・」「足がむくむのがイヤなので・・・」といった答えが返ってくることが多いと言えます。
被災地なら、清潔なトイレの確保に苦労することもあるでしょうし、夜間に共同トイレに女性ひとりが行くことに危険が伴うこともあるでしょう。しかし、トイレの回数を減らすために水分摂取を控えてしまうと、それだけエコノミークラス症候群のリスクが上がることは知っておかなければなりません。
運動と水分摂取を心がけることの他に知っておくべきことは、「下肢が腫れてくれば直ちに受診を」ということです。血栓が肺の血管まで飛んでいけばエコノミークラス症候群になるわけですが、下肢の血管内に血栓ができて、血のめぐり(循環)が悪くなると下肢が腫れてくることがあります。(しかし下肢が腫れることなくいきなり肺の血管が詰まることもあります) 太融寺町谷口医院の患者さんのなかにも「足が腫れた」と言って受診する患者さんのなかにこの状態(深部静脈血栓症)の人がいます。確定診断をつけるにはエコーで血栓の存在を確認するか、血液検査で血が固まりやすくなっていないかを知る指標(D-ダイマー、TATなど)を調べます。
治療については、軽症では外来で診ることもありますが、下肢の腫れが強いときや、胸痛や呼吸困難があれば入院してもらうことになります。(呼吸困難があれば、エコノミークラス症候群以外の理由でも入院ですが) また下肢の腫れを繰り返すような人には「弾性ストッキング」という深部静脈血栓症を予防することのできる特殊なストッキングを履いてもらうこともあります。
最後にエコノミークラス症候群をまとめておきましょう。
1、エコノミークラス症候群は、下肢の静脈内でできた血栓が肺の血管に詰まることで発生し、呼吸困難が起こり死に至ることもある。
2、飛行機のエコノミークラスに座るからでなく、同じ姿勢をとることがリスクになる。
3、正式な病名は「肺血栓塞栓症」で、「ロングフライト血栓症」、「旅行者血栓症」といった呼び方もある。
4、「同じ姿勢」以外のリスクとして、手術後、外傷、高齢、女性、高血圧や糖尿病、薬(特にピル)、脱水、などがある。
5、予防は、適度な運動と水分摂取。また、ハイリスク者にはあらかじめ「弾性ストッキング」を使用してもらうこともある。
6、重症例や突然の発症の場合は入院治療が必要になることも多い。
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|2013年6月15日 土曜日
第91回 不定愁訴という病 2011/3/20
不定愁訴(ふていしゅうそ)という言葉をご存知でしょうか。
これは我々医師が医師となり実際に診察を始めると、早かれ遅かれ必ず遭遇する患者さんから聞く訴えであり、そして始めのうちは、どのようにして治療していいかわからずにとまどってしまうものです。
例をあげたいと思います(注)。
【症例】34歳女性。主婦。1年くらい前より、めまいと頭痛を自覚するようになった。市販の痛み止めを飲んでもそれほど効かないが、家事はなんとかおこなえている。半年くらい前からしびれを自覚するようになった。しびれはそのときによって起こる場所が異なる。2ヶ月くらい前から動悸と胸が圧迫されるような感じをときどき自覚するようになり、最近は息苦しさも感じるようになり受診することとなった。
この症例に対して、ひとつひとつの訴えに対して検査をしたとしましょう。めまいと頭痛があるから脳のMRIを撮影し、耳鼻科的な平衡機能の検査をおこない、しびれについては頚椎のレントゲンを撮影し、動悸があるから心電図に胸部レントゲン、さらに採血と採尿をおこなったとしましょう。「絶対に」とは言いませんが、このようなケースでは多くの場合、異常所見が見つかりません。このように、患者さんはいろんな訴えを言うのだけれど、検査をしても何も異常がでずに治療が必要でないことが多いものを「不定愁訴」と呼びます。
不定愁訴の最大の特徴として「症状が多彩である」ということがあげられます。さらにひとつひとつの症状も変化することが多いという特徴があります。例えば、「先週は倦怠感とめまいでしんどくて今週はそれらは少しましになったけど、今度はしびれが出現して、そのしびれは昨日は両腕にでたけど、今日は足にでてきた・・・」、といった感じです。
入院中の患者さんがこういった不定愁訴を訴えることがしばしばありますから、ほとんどの医師が医師になって比較的早い時期に経験します。そして患者さんは、その症状がいかに苦しいかということを力説します。なんとか患者さんの力になりたいと考えている若い医師(研修医)は悩みます。なにしろ、不定愁訴などというものは医学の教科書にはほとんどでてきませんから臨床経験の浅い医師にとってみれば馴染みがありません。しかし、苦しいと言っている患者さんを放っておくわけにはいきません。かといって検査をしても異常がでず、鎮痛剤を処方することくらいしかできません。そして、多くの場合、どのような薬を処方してもすべての訴えがなくなることはないのです。
不定愁訴は症状が多彩ですから、患者さんはしばしばドクターショッピングを繰り返します。例えば、動悸がするから循環器内科を受診したけれど異常がないと言われ、次に呼吸器内科を受診した。また異常がないと言われ、耳鼻科、婦人科、脳外科、ペインクリニック、などを受診し、いつのまにか財布のなかは医療機関の診察券だらけになっている、というケースも珍しくありません。
「総合診療」という言葉が次第に知れ渡ってきた数年前から、こういった不定愁訴の患者さんは、総合診療科に集まるようになってきました。例えば、私が大学病院の総合診療科の外来を担当していたとき、1日の患者さんの半数近くが不定愁訴と思われるような日もありました。
もっとも、患者さんの方は、自分の症状を「不定愁訴」とは思っておらず、「いろんな症状がでてきているから重い病気に違いない。なんとかして正しい診断をつけてもらわなければ・・・」という気持ちを持っています。
ですから、診察する医師の方が「それは不定愁訴といって治療する必要のないものですから病院に来る必要はありません」などと安易に言ってしまうと、患者さんは納得しませんし、「今度こそ」という思いを抱き、新たな医療機関を探すことになります。私自身は、大学病院の総合診療科でも、太融寺町谷口医院でも、少なくない不定愁訴の患者さんを診てきましたが、患者さんによっては、過去に受診した医療機関の検査データや、これまでの経過を丁寧にワープロで作成したプリントをまとめたファイルを持参することもあります。
では、我々医師は不定愁訴の患者さんと遭遇したときにどのようにしているのでしょうか。まず、患者さんの訴えから単なる不定愁訴と感じても、安易に決め付けてはいけません。数はそれほど多くありませんが、太融寺町谷口医院の例でみても、「一見、不定愁訴に思われる症例が実は放っておいてはいけない病気であった」というケースがあります。
例えば、「長引く倦怠感と下痢、発汗が半年前から続いているがこの前の健康診断では異常がないと言われた」と言って受診した30代の男性が結核であったという症例、「4ヶ月前からだるさと微熱としびれがでたり消えたりする」と言って受診した20代の男性がHIVであった症例、「動悸と不眠で困っていて2つの病院にいったけど、どちらも安定剤しか処方してくれなかった」と言う訴えの20代女性が甲状腺機能亢進症であった症例、「むくみとイライラがあり前の病院では生理周期にともなう正常のものと言われたけど納得できない」と言って受診した20代女性が全身性エリテマトーデスという膠原病であった症例、などがありました。これらの症例では、「安易に不定愁訴と決め付けてはいけない」ということを改めて考えさせられました。
あと注意しておかなければならないのは、女性の不定愁訴のなかには、更年期障害や月経前緊張症候群(PMS)という観点から治療をすべきものがあるということです。私の場合、月経前緊張症候群の患者さんは比較的多数の症例を診ていますが(下記コラムも参照ください)、更年期障害を疑ってそれが重症であれば、更年期障害に力を入れている婦人科クリニックを受診してもらうことがあります。更年期障害に対しておこなう「ホルモン補充療法」は専門医がおこなうべきだからです。
もうひとつ、比較的早い段階で紹介受診してもらうのは「慢性疲労症候群」を疑ったときです。程度にもよりますが、疲労感が強く仕事を辞めざるを得なくなり日常生活に困難をきたしているような場合は、専門医に紹介することも検討します。
さて、結核やHIV、甲状腺疾患、更年期障害、慢性疲労症候群などを除外したあとにどうすべきか、ですが、患者さんの話をよく聞くと、強いストレスが影響していたり、精神的な問題があったりする場合がしばしばあり、こういう場合、精神科の受診をすすめることがあり、患者さんが同意すれば紹介状を書きます。
精神科受診に同意されない場合、あるいは精神科受診までは必要のないような場合は、私が診ることになりますが、患者さんの自宅があまりにも遠い場合は近くのクリニックを受診するよう助言します。不定愁訴の患者さんはすでにドクターショッピングを繰り返していることが多く、電車で何時間もかけて来られるケースがしばしばあります。一度や二度の来院で症状が完全になくなることは期待できず、たいていは何ヶ月もかかることになりますから、自宅が遠いと通院が続かないのです。
なかなか治療のとっかかりがつかみにくい不定愁訴ですが、それでも何度も通院してもらい、話を聞き、場合によっては漢方薬などで治療を続けると、よくなっていくケースもまあまああります。(再び悪化することもありますが・・・)
不定愁訴という病は、検査をしても異常がでずに、薬を使っても一気に治ることはほとんどないために、医療者からは歓迎されないことが多いのですが、患者さんの側からみれば苦しんでいるのは事実なわけですから、たとえ劇的な治療効果が出なかったとしても、医療者は根気強く取り組んでいかなければならない疾患ではないかと私は考えています。
参考:はやりの病気第25回(2006年2月)「生理前の様々な苦痛-月経前緊張症候群-」
注:ここでとりあげた症例は、私が診察した複数の患者さんをヒントにしてつくりあげたフィクションです。もしもあなたに、登場人物と似たような境遇の知り合いがいたとしても、それは単なる偶然であるということを銘記しておきたいと思います。
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|2013年6月15日 土曜日
第90回 B型肝炎の訴訟と遺伝子型 2011/2/10
ここ数年間「B型肝炎訴訟」という言葉が頻繁に新聞紙上に登場しています。これは、簡単に言えば、過去に集団予防接種時の注射器の使いまわしが原因でB型肝炎ウイルス(以下HBV)に感染したのは国に責任があるとして、感染者が政府に対し和解金の支払いを求めている訴訟のことです。
訴訟は東京、大阪、福岡などでもおこなわれていますが、政府は2011年1月28日、札幌地裁が示した和解案を受け入れることを発表しました。これで、集団予防接種+HBV感染があれば、誰でも補償の対象になるのか、と思われましたが、政府は補償には3つの条件を付けています。3つの条件とは、次のとおりです。
①集団予防接種を受けたことを証明しなければならない(母子手帳やBCGなどの接種痕)
②母子感染、父子感染を否定しなければならない
③遺伝子型がAeは補償の対象外とする
①については、注射の瘢痕が目立たず母子手帳も失くしていればどうするのだ、という問題があります。自治体によっては予防接種台帳が残っているかもしれませんが、数十年前の記録が必ずしも残されているとは限らないでしょう。ですから感染者によってはこの証明に苦労する人がでてくることが予想されます。
②は本人と母親もしくは父親の遺伝子型を調べて、同じ遺伝子型であれば補償の対象から外す、と言っています。しかし、同じ遺伝子型というだけで、母子(父子)感染と完全に断定するには無理があるように思われます。遺伝子解析を詳しくおこなえばかなりの確率で母子(父子)感染か否かを特定できると思いますが相当のコストが伴います。(なぜ母子感染だけでなく父子感染が起こりうるのかは後述します)
③は遺伝子型がAeと判明した時点で、無条件に補償の対象外とされてしまう、ということです。
②と③について詳しく説明していきたいのですが、まずはHBVの遺伝子型についておさらいしておきましょう。
HBVはその遺伝子の違いから遺伝子型A~Hの8つに分類されます。どの遺伝子型が多いかについては地域により偏りがあります。少し古いですが2006年の献血者のデータ(注1)によりますと、日本で最も多いのが遺伝子型Cで全体の85%を占めます。次いで遺伝子型Bの12%、そして遺伝子型A,Dと続きそれぞれ1.7%、0.4%となります。遺伝子型E~Hは日本での報告はほとんどありません。
報告によって数字は異なりますが、日本のHBVの遺伝子型はCとBで大半を占めることは間違いありません。ということは、例えば父親の遺伝子型がCで自分もCであった場合、これだけで「感染は父子感染であり予防接種が原因ではない」と言えるのか、という問題が残ります。現在政府が提示している「同じ遺伝子型であれば補償の対象から外す」というやり方は、かなり乱暴なものであり、予防接種で感染したのにもかかわらず補償から外されてしまう人がでてくるのではないかと私は懸念しています。
ここで、なぜHBVは父子感染が起こるのかを確認しておきたいと思います。HBVはHCV(C型肝炎ウイルス)やHIVなどと比べると極めて強い感染力を有しています。HCVやHIVなどは濃厚な性交渉や血液の接触がなければ感染しませんが、HBVは感染の状況によっては、血液や精液・腟分泌液だけではなく、唾液、汗、涙などにも含まれていることがあります。このため、家庭内ではごく普通のスキンシップでさえも父親から子供にHBVが感染することがあるのです。しかし、普通のスキンシップと針を刺す予防接種では感染のリスクが大きく異なりますから、そういう意味でも「単に同じ遺伝子型だから補償外」とするやり方に私は納得できないのです。
次に遺伝子型Aについて重要なポイントを確認しておきたいと思います。
まず遺伝子型Aは従来日本ではあまりありませんでした。ところが2000年前後から急激に増えだし、2007年には急性B型肝炎を発症した症例の半分以上が遺伝子型Aとなったとの報告があります(注2)。遺伝子型Aの特徴としては、性感染で感染する割合が高いことと、慢性化しやすいということがあげられます。
従来日本に多かった遺伝子型BとCは、成人してから感染すれば、急性肝炎を発症し一気に劇症肝炎となり命を落とすこともあります。しかし、慢性化することはあまりありません。一方、遺伝子型Aは成人してから感染しても、1~2割程度はウイルスが消えずに慢性化します。この「慢性化しやすい」という特徴が性感染で広がりやすい理由です。
さて、今回政府が発表した補償の対象外とした条件は「遺伝子型がAe」というものです。遺伝子型AはAaとAeに分類されます。Aaはアジア・アフリカ型とも言われ、日本でも少数ながら以前から存在していたタイプで、Aeは従来ヨーロッパに存在していたもので、主に性感染症として2000年前後から一気に日本に入ってきたと言われています。
補償の条件として政府が遺伝子型を持ち出してくることに私は抵抗があり、それは先に述べた、同じ遺伝子型というだけで母子(父子)感染と断定するのは乱暴すぎる、というのも理由ですが、もうひとつ、遺伝子型を調べる検査代は誰が負担するのか、という問題もあるからです。遺伝子型を調べる検査は保険適用がありませんから、全額自費で検査をしなければなりません(注3)。しかもかなりの高額になります。HBVに感染し苦しんでいる人に対してそんな負担をさせることはおかしくないでしょうか。
繰り返しますがHBVはHCVやHIVと異なり感染力が極めて強いのが特徴です。今、政府がすべきなのは、補償の対象を少なくすることに躍起になるのではなく、感染者を早期発見し治療を促すこと、そして新たな感染者を生じさせないことです。
もっとも、政府も感染者の早期発見については重要視しているようで、厚生労働省は2011年2月10日、肝炎対策の基本指針として、「すべての国民に対し肝炎ウイルス検査を受けるよう働きかけることを柱とする」ことを発表しています。
しかし、現時点では東京と大阪を含む大都市でさえ、HBVの検査を無料で受けることはできません。HBVよりもはるかに感染力の弱いHIVは無料で検査が受けられるのに、です。政府は企業の健康診断にHBVを含めることも推奨していますが、これは企業内で感染者が見つかった場合、(解雇など)不当な差別を受けないか、あるいは秘密が守られるか、という問題が残ります。
政府が直ちにおこなうべきことは3つあります。
まず1つめは、集団予防接種で感染した可能性のある人全員に補償をおこなうことです。高いお金をかけて遺伝子型の検索をしたり、裁判で時間とお金を浪費したりするのではなく、可能性のある人には相当の補償をおこない、次の犠牲者を出さないことに目を向けるべきです。
2つめは、誰もが無料で、さらに希望者には(HIVと同じように)匿名で保健所などでの検査が受けられるようにして、陽性者には医療機関を受診するよう助言をおこなうことです。HBVの治療はHIVと同様、格段に進歩していますから、決して「不治の病」ではありません。
そしてもう1つは、希望すれば誰でもワクチンを無料接種できるようにすることです。現在WHO(世界保健機関)に加盟している192ヶ国中171ヶ国が生後すぐにすべての子供にワクチンを接種しています。日本はなぜか、ワクチンをうたない残りの21ヶ国に入っているのです。また、成人のワクチン接種率も日本は恐ろしいくらいに低いのです。ワクチンを接種していなかったために、性感染などでHBVに感染し生死をさまよった、あるいはその後の人生が大きく変わってしまった、という人がどれだけ多いかを、国民が、そして政府が知るべきです。
私が提案するこれら3つのことをおこなえば、それなりにお金がかかるのは事実ですが、HBVは慢性化してしまえば、かなり長期にわたりかなり高価な薬剤が必要になります。さらに肝硬変や肝臓ガンに進行すればさらに莫大な医療費が発生します。直ちにこれら3つの方針をとれば、長期的にみれば結果として医療費削減にもつながるのです。
注1:国立感染症研究所感染症情報センター(IDSC)のウェブサイト内にある「献血者におけるHBV陽性率の動向とB型肝炎感染初期例のHBV遺伝子型頻度」(http://idsc.nih.go.jp/iasr/27/319/dj3193.html)から引用しています。
注2:2008年度国立病院機構共同臨床研究にある「B型急性肝炎における遺伝子型別の頻度と年次推移」を参考にしています。
注3:いくらくらいかかるかは医療機関によって異なりますが数万円くらいはするのではないかと思われます。医療機関によっては、患者負担ゼロでおこなっているところもあり、太融寺町谷口医院もこれまで研究費から捻出し患者負担はゼロにしています。(しかし感染者が増加しており今後も患者負担ゼロでおこなえるかどうかは未定です)
参考:
NPO法人GINAウェブサイトより 「本当に怖いB型肝炎」
はやりの病気第43回(2007年3月)「B型肝炎にはワクチンを!」
はやりの病気第8回(2005年5月) 「B型肝炎」
医療ニュース2007年8月22日 「父子間でのB型肝炎ウイルス感染が全体の1割!」
肝炎ワクチンの接種をしよう
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|2013年6月15日 土曜日
第89回 こむら返りがおこったら 2011/1/21
こむら返りを一度も起こしたことがない人というのは、そう多くはないのではないのでしょうか。実際、日々の診察室では、老若男女問わず、患者さんから相談されることがしばしばあります。
それほどありふれたこむら返りですが、原因は様々です。例えば、10代の水泳選手が練習中に起こすこむら返りと、70代の高齢者が就寝中に起こすこむら返りでは原因が異なるのが普通です。また、一時的なもので何もせずに放っておいていいこむら返りもあれば、速やかに医療機関を受診すべきこむら返りもあります。激痛が生じる場合もあり、ときどき救急車を呼んで夜間に救急病院に来られる患者さんもいます。
こむら返りの具体的な説明に入る前に、私が以前から疑問に感じ、なおかつ恥ずかしく思っていることを告白しておきたいと思います。それは、私はこむら返りのことを医学部に入学するまでずっと「コブラがえり」だと思っていたということです。医学部に入学すると、(当たり前ですが)先生も学生もみんなが「こむらがえり」と言うので大変驚きました。けれども、これは言い訳に聞こえるでしょうが、たぶん私の田舎(三重県伊賀市)では、コブラがえりと言う人の方が多いのではないかと思います。つまり、コブラがえりは私の田舎の方言だと思うのです。
話を「こむら返り」に戻しましょう。
先ほどこむら返りの原因は若い人と高齢者では異なると述べましたが、年齢で分けるよりも「運動時のみに起こるのか、安静時にも起こるのか」で分類すると理解しやすいと思われます。
まず、運動時になぜこむら返りが起こるかというと、筋肉の疲労や、発汗などによる脱水が原因となって、血液中の電解質のバランスが崩れてしまい、その結果、筋肉を正常に維持できなくなり筋肉が悲鳴を上げて痙攣(けいれん)するというストーリーが考えられます。さらに冷え性があったり、運動不足があったりすると、筋肉が悲鳴を上げやすくなるでしょうからこむら返りが起こりやすくなると思われます。水泳時にこむら返りを経験したことがある人は多いのではないでしょうか。
しかし、運動時のこむら返りは、概して言えば、誰にでも起こる可能性のあるもので、繰り返さない限りは放っておいても問題ないことが多いと言えます。運動時のこむら返りを防ごうと思えば、まず充分な準備運動(特にストレッチ)をおこない、運動前と(できれば)運動中にも水分をしっかりと摂るのがいいでしょう。水分は、水そのものよりも電解質を適切に含んだものがいいですからスポーツドリンクが理想的です。
さて、安静時、特に就寝時にこむら返りを起こしやすいという人は注意が必要です。まず、よくあるのが飲酒が原因になっているものです。この場合は、もちろん節酒するのがいいのですが、「お酒を控えてくださいね」と言って「はい分かりました」と答える人はいても、実行に移す人はあまりいませんから、現実的には節酒のアドバイスよりも、私の場合は水分摂取を勧めています。この場合も、水よりもスポーツドリンクがいいのですが、お酒を飲んだ後に甘いスポーツドリンクは飲みにくいですから、果汁100%のフルーツジュースを勧めることがあります。しかし、後で述べるように、こむら返りは糖尿病の人にも起こりやすいですから、私が患者さんに最も勧めているのは寝る前の野菜ジュースです。フルーツも野菜も電解質が豊富ですが、寝る前にはカロリーの取りすぎにも注意すべきですから野菜ジュースが適しているのです。
就寝時のこむら返りが、汗のよくでる真夏にだけ起こる、あるいは寒くなる真冬にだけ起こるという人もいます。こういった場合、汗をよくかく人には、やはり電解質を含んだ水分(この場合は野菜ジュースだけでなく、低カロリーのスポーツドリンクも有効です)を多く摂ってもらいます。寒い日に起こるという人には就寝時の環境を見直してもらいます。
水分摂取や環境の見直しをしても、尚もこむら返りが続く場合は、何か病気が潜んでいる可能性を考えるべきでしょう。
比較的多く、そして早期に対策を取らなければならないのは糖尿病です。運動時だけでなく安静時にもこむら返りを起こすようになってきている場合は、一度は疑ってみるべきでしょう。実際、当院にもこむら返りがひどくなってきたという訴えで受診された患者さんで原因が糖尿病だったという人がときどきいます。そして多くの場合、まさか糖尿病になっているなどとは思ってもみなかった、と言われます。
若い女性の場合、甲状腺機能低下症が原因ということもあります。この場合、こむら返り以外の症状もみられるのが普通です。例えば、身体が冷えやすい、体温が低い、血圧が低い(これは自覚しにくいですが)、身体がだるい、気分がすぐれない、などという症状があれば一度は疑ってみるべきでしょう。
高齢者の場合は、腰部脊柱管狭窄症が原因のことがあります。これは腰の神経が圧迫されて起こる病気で、こむら返り以外にも様々な症状がおこります。典型的な例で言えば、歩くと足にしびれがでてきて休むと改善するという症状です。このような症状があれば(こむら返りの有無とは関係なく)早目に医療機関を受診すべきです。
これまでみてきたように一言でこむら返りと言っても原因は様々です。まずは原因を明らかにしていくことが必要です。上に述べた、糖尿病、甲状腺機能低下症、腰部脊柱管狭窄症の可能性があれば早めに医療機関を受診すべきですし、これらの疾患が疑われなかったとしても安静時に繰り返すこむら返りは何かの病気の前兆かもしれません。
医療機関を受診する必要がなさそうなときは、自分自身で対処する方法を考えましょう。これも一種のセルフメディケーションです。まずは、水分摂取が充分かどうかを見直してみましょう。特にお酒を飲む人、よく汗をかく人、よく運動をする人は注意が必要です。水分摂取が少ないと考えれば、就寝前に野菜ジュースやスポーツドリンクをコップ1杯程度飲むことをすすめたいと思います。
次にストレッチをしましょう。右の足先を右手でつかんで右のふくらはぎを伸ばすようにします。このとき、左手でふくらはぎをマッサージしてあげるとより効果的です。同じように左もおこないます。運動前と運動後、就寝前にこれらを是非おこなってみてください。尚、このストレッチは、こむら返りが起こってしまったときにも有効です。ときにこむら返りは大変な痛みを伴いますが、まずは落ち着いてこのストレッチをゆっくりとおこなってみてください。
こむら返りには薬がないわけではありません。漢方薬に芍薬甘草湯(しゃくやくかんぞうとう)というものがあり、これは効くときはとても効きます。芍薬甘草湯は医療機関で処方されますが、薬局で処方箋なしで買えるものもあるようですので、試してみてもいいかもしれません。
しかし、多くの症状がそうであるように、「こむら返りを起こしやすいから芍薬甘草湯で対処してればそれでいいや」と考えるのは危険です。先に述べたように、こむら返りは重要な病気のひとつの症状かもしれませんし、薬局で買える薬であっても、もちろん副作用のリスクはあります。特に甘草は副作用でカリウムが下がることがありますから、電解質のバランスが狂ってかえってこむら返りが起こりやすくなった、などということもあるかもしれません。
さて、こむら返りのお話はだいたいこんなところです。この次あなたにこむら返りが起こったときは慌てずにまずはストレッチをおこなってみてください。そして、医療機関を受診すべきかどうか、ご自身でよく考えてみてください。
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|2013年6月15日 土曜日
第88回 簡単でない高尿酸血症の食餌療法 2010/12/20
健康診断で尿酸値が高いと言われて・・・、という訴えで私の元を受診する患者さんがいます。また、当院に元々かかっている患者さんに対して、何らかの理由で血液検査をおこない、たまたま尿酸値が高いことが分かった、ということもしばしばあります。
尿酸値が高ければそれだけで、とりあえずは「高尿酸血症」という病名が付いてしまいます。一般的には血液中の尿酸の値が7.0mg/dLを越えれば、年齢・性別にかかわりなく高尿酸血症と診断されることになります。
では、高尿酸血症という診断されれば治療を開始しなければならないのでしょうか。
これはそう単純な話ではなく、例えば尿酸値が7.0mg/dL未満でも治療が必要になることがあれば、9.0mg/dLを超えていても治療を見合わせることもあります。詳しく説明していきましょう。
まず、高尿酸血症という病名がつくだけでは痛くも痒くもありません。高尿酸血症を放置しておくと、一部の人は「痛風」と呼ばれる関節が痛くなる症状がでたり、尿路結石(腎臓から尿道までの間の尿路のどこかで石ができて血尿や疼痛が生じます)が起こったりすることがあり、これは(どちらも激痛ですから)治療しなければなりませんし、その原因となっている高尿酸血症も治していかなければなりません。
つまり、痛風(発作)や尿路結石といった合併症を一度でも起こすと、尿酸値は注意深くみていくべきなのです。
では、一度も痛風や尿路結石を起こしたことのない人はどうすればいいのでしょうか。
一般に、高尿酸血症がある人というのは、他にも健康診断や血液検査で異常があることが多いといえます。具体的には、肝機能障害(特にアルコール性肝炎や脂肪肝)、高血圧、高血糖、高脂血症(コレステロールや中性脂肪が高い)などです。それから、忘れてはならないのが、高尿酸血症がある人には肥満が多いという特徴です。
これらがあると、尿酸ではなくこういった異常に対する治療を優先します。なぜなら、心疾患(心筋梗塞など)や脳血管障害のリスクとしては、高尿酸血症よりも、高血圧や高血糖、高脂血症の方が大きいからです。(メタボリックシンドロームの診断基準には、血圧、血糖値、コレステロール値はありますが、尿酸値は含まれていません)
しかし、血圧や血糖値、コレステロールの値に異常があるからといって、直ちに投薬開始となるわけではありません。まずは、食事療法や運動療法といった生活指導が中心となります。
特に太融寺町谷口医院は、若い患者さんが多いこともあり、私はよほどのことがない限り初めから薬を薦めることはしません。若ければ、その気になれば積極的な運動をできますし(高齢者の場合は膝や腰を痛めていることが多く運動しにくいのです)、そもそも血圧や血糖、コレステロールの薬は、いったん飲みだすとかなり長期に服用しなければなりませんから、経済的にタイヘンなのです。(当院には「お金がないから薬はできるだけ少なくして!」という人が非常に多いのです)
当院に多い尿酸値が高い典型的な患者さんは、男性であれば、肥満とまでは言えないけれども少し体重が多くて、少しだけ血圧やコレステロールの値が高い、というタイプです。つまり、メタボリックシンドロームの人、あるいは診断基準はみたさないもののメタボの予備軍に入るような人です。
女性であれば、当院に多い尿酸値が高いのはお酒をよく飲む人です。肝機能(トランスアミナーゼ、ASTやALTのこと)が高いという人もいれば、それらは正常だけどγ(ガンマ)GTPだけが高いという人もいます。中性脂肪も高くなっていることがあります。このタイプの人は、必ずしも体重過多というわけではなく、むしろやせている人も少なくありません。このような人たちに対しては、もちろん節酒をすすめることになりますが、そう簡単にはいきません。何しろ当院の患者さんは、例えば「ビールならどれくらい飲みますか」という私の質問に対して、「毎日○リットルは飲みます」と答える人(女性です)が少なくないのです。普通は、よく飲む人でも「中ビン2本と・・・」という答え方をすることが多いと思うのですが、いきなり「まずはビールを4リットル飲んでから焼酎を・・・」という答え方をされますからときに圧倒されてしまいます。
とはいえ、当院に長く通院されている人は、酒豪であってもそれなりには健康に気を使っていて、定期的に患者さんの方から「そろそろ血液検査をしてください」と言ってこられる場合が多いようです。
話を戻しましょう。血圧やコレステロールが少しだけ高いような人に対しては、食事療法について説明しますが、私はこのとき、高尿酸血症に対しては(痛風や尿路結石のエピソードがなければ)重要視しません。なぜなら、尿酸値を下げることに躍起になるより、血圧やコレステロールを正常にすることの方がはるかに重要だからです。
それに、血圧、血糖、コレステロール、中性脂肪はだいたい同じようなことに気をつけて食事をすればいいのですが、尿酸値に関しては気をつける食べ物が異なるのです。
一般的に生活習慣病やメタボリックシンドロームを防ぐ食事というのは、一言で言えば「和食マイナス塩」です。揚げ物や肉などあぶらっこいものを避け、米を中心とし、根野菜や海草、魚介類、豆類などを中心とした和食を中心にし、塩分の過剰摂取に気をつければ、自然にカロリー過多となることを防げ、血圧や血糖、コレステロールを正常に保てます。
一方、尿酸値が高くならないようにするにはプリン体を避ける必要があり、プリン体を多く含む食品というのが、例えば、イワシの干物、カツオ節、干ししいたけ、などで、これらは一般的に「体に良い」というイメージがないでしょうか。また、「健康のために緑黄色野菜をしっかりとりましょう」と言われることがありますが、緑黄色野菜の代表であるホウレンソウはプリン体を多く含みます。
西洋から入ってきた肉類など脂っこいものはダメで、なおかつ尿酸値を上げないためにイワシの干物やホウレンソウ、干ししいたけもNGです!、と言われればいったい私たちは何を食べればいいのでしょうか。
というわけで、私は痛風や尿路結石を起こしたことがない尿酸値が高い人には、プリン体を制限するような食事療法をあまりすすめていません。ただし、水分摂取は励行します。プリン体をたくさん摂っても、水分摂取がきちんとできていれば尿酸は体外に排出されるからです。
ここで私が日々実践している高尿酸血症の患者さんに対する治療をまとめてみたいと思います。
1、まず、尿酸値が高いすべての人に水分摂取をしっかりするよう助言します。
3、合併症のエピソードがなく、血圧やコレステロールに異常がある人、あるいは肥満のある人は、
食事をできるだけ「和食マイナス塩」にし、総摂取カロリーに気をつけてもらいます。このとき、
プリン体についてはそれほど重要視しません。
4、合併症のエピソードがなく、血圧やコレステロールも正常で、肥満もない人で、
過剰に飲酒する人に対しては、ときどき飲酒量の確認と血液検査をおこないます。
5、合併症のエピソードがなく、血圧やコレステロールも正常で、肥満もない人で、
過剰飲酒もない人(単に尿酸値が高いというだけの人)には、水分摂取の励行以外には特に何もしません。
最後にひとつ。尿酸値が高いかどうかは検査をしてみないことには分かりません。痛風発作を起こして初めて自分が高尿酸血症であることに気づいた・・・、そういう人も少なくありませんので、目安として男女とも30歳を超えれば一度どこかで尿酸値を調べておくべきでしょう。
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|2013年6月15日 土曜日
第87回 超低用量ピルの登場 2010/11/21
日本ではピルを使っている人がまだまだ少ないとは言われますが、それでも1999年の低用量ピル解禁以来、利用者は着実に増え、2009年の時点でおよそ82万人の女性がピルを服用しています。これは16~49歳の女性の約3%に相当します。
もっとも、諸外国に比べると依然ピル利用者は少なく、少し例を挙げると、フランス43.8%。スウェーデン27.4%、イギリス26.0%、アメリカ18.3%、韓国3.7%と、特に欧米諸国の使用率とは大きな差があります。(数字は国連の「World Contraceptive Use-2007」より抜粋)
ピルが諸外国に比べ日本で普及していない理由は、解禁されてまだ11年しかたっていないという歴史の問題もありますが、「副作用が気になって・・・」という人が少なくないからというのも理由の1つではないかと思われます。
私はピルをそれほど積極的に勧めているわけではありませんが、それでも女性の患者さんで、例えば避妊に失敗して緊急避妊を繰り返している人や、パートナーとの関係で弱い立場にいる人(要するに「夫やボーイフレンドに何度言っても避妊をしてくれない」と嘆いている女性)、複数のパートナーがいる人(これは倫理的な問題があるかもしれませんがここでは触れないでおきます)などにはすすめることがあります。
また、月経痛や月経不順のある人には、症状緩和の1つの方法として勧めることもあります。さらに、月経前緊張症候群(PMS)やニキビなどでは治療の1つの選択肢としてピルの話をすることもあります。
ピルは避妊ができるだけでなく、こういった効果も期待できるため、人によっては一石二鳥にも三鳥にもなることがあります。当院の患者さんで例をあげれば、29歳のある女性は、避妊目的で低用量ピルを飲みだしてから、生理が安定し、生理痛はほとんどなくなり、生理の量も少なくなり、ニキビはよくなり、イライラや落ち込みといった月経前緊張症候群の症状がほとんどなくなったと言います。その結果、私生活が充実し仕事にも好影響がでているそうです。
しかし、当然のことながら薬剤にはいい面もあれば悪い面もあります。私が誰にでもピルを積極的にすすめているわけではないことには理由があります。その最たるものは副作用です。日本人は肥満の人が多くないため、血栓症のリスクは欧米諸国よりも小さいことが指摘されていますが、それでも皆無というわけではありません。血栓症というのは、わかりやすく言えば静脈内に血の塊ができて、それで血流がストップしてしまう病態です。下肢の静脈がつまれば足が腫れて痛みがでますし、肺の血管が詰まれば突然呼吸困難に陥ることもあります。ピルを飲めば、それだけで血栓症のリスクが上がる可能性があるのですが、これに肥満、喫煙、高血圧などがあればさらに上昇します。(ですから、少しでもリスクがある人には血が固まりやすくなっていないかどうかを調べるための定期的な血液検査をすすめています)
ピルの副作用は他にもあります。比較的頻度の高いものに、吐き気、むくみ、不正出血などがあります。頭痛はピルを飲んで改善することもありますが、片頭痛はピルで悪化することもあります。
さらに、乳がんのリスク上昇を完全に否定できるか、という問題もあります。一般的には、「更年期以降に用いるホルモン補充療法では乳がんのリスクが上昇する可能性があるけれども(注1)、低用量ピルではその心配がない」、と言われています。しかし、なかには低用量ピルで乳がん(それもホルモン非依存性の乳がん)のリスクが上がるという報告もあります。(注2)
さて、今回お話したかったのは、ピルの歴史を大きく変えることになるかもしれない「超低用量ピル」についてです。これまでも海外では販売されていて、日本でもインターネットなどを通して購入している人がいましたが、ついに今月(2010年11月)、日本でも発売となりました。
この超低用量ピルは「ヤーズ」という名前で、まず1つめの特徴は、含まれているエストロゲンの量が0.02mgと非常に少ないということです。これに対し現在発売されている低用量ピルはエストロゲン含有量が0.03~0.04mgです。
さらに、もうひとつのホルモンである黄体ホルモンの種類が「ドロスピレノン」といって、これは従来の低用量ピルに含まれている黄体ホルモンとは異なるタイプです。ドロスピレノンは、体内に自然につくられる黄体ホルモンと非常によく似ていると言われています。ということは、少なくとも理論的には吐き気やむくみといった副作用が出にくいということになります。
超低用量ピルは、従来の低用量ピルと飲み方がかわります。従来の低用量ピルは21日間内服して7日間は休薬(もしくは偽薬を飲む)のに対して、超低用量ピルでは、実薬24日+休薬4日となります。
そしてヤーズの最大の特徴は、月経困難症に対して保険適用があるということです。「月経困難症」というのは、分かりやすく言えば「生理痛」のことです。生理痛があれば保険でヤーズを処方することが可能となるのです。これまでは、ルナベルという低用量ピルに保険適用がありましたが、これは「子宮内膜症に伴う月経痛」という制約がありました。ヤーズは子宮内膜症の有無に関係なく生理痛があれば保険診療で処方可能となるのです。
このようにみてみると超低用量ピル・ヤーズはいいことばかりに思えますが、使用にはいくつかの注意が必要です。
まず1つは飲み忘れたときのリスクです。従来の低用量ピルの場合、飲み忘れたとしても通常1~2日程度以内であれば、気付いたときに飲めば避妊効果は得られます。(ただし不正出血のリスクはあります) 一方、超低用量ピルの場合は、低用量ピルに比べると、飲み忘れることにより排卵が起こってしまい、避妊効果が得られなくなるリスクが上昇します(ただし24時間以内に気付けば問題ないと言われています)。毎日決まった時間に飲むのが苦手な人には不向きかもしれません。
現在低用量ピルを飲んでいる人が超低用量ピルに変更したときには、不正出血が起こるリスクが上昇するかもしれません。これは、中用量ピルを長期で飲んでいた人が低用量ピルに変更したときにもしばしば観察されることです。
さらに、一般論をいえば、新しい薬には予期せぬトラブルが起こる可能性があります。ヤーズの場合、例えば、当初の予想よりも不正出血の副作用が多いとか、期待していたほどむくみや吐き気の副作用が軽減されなかったとか、あるいは避妊に失敗して妊娠してしまったというケースがでてきた、とか・・・、そういう可能性がないわけではないと考えておくべきでしょう。もちろん、発売開始となるまでにたくさんの症例で検討され、高い効果と安全性が認められたからこそ発売となったわけですが、いったん発売された薬がその後中止となったという薬剤は過去にいくつもあります。
当たり前のことですが、薬には利益(ベネフィト)だけでなく危険性(リスク)もあることを忘れないようにしましょう。
注1 ホルモン補充療法の有用性と副作用について検証された最も有名な大規模調査はWHI(Women’s Health Initiative study)というものです。この調査は、介入期間の平均が5.6年の時点で、浸潤性乳癌リスクの上昇と、乳癌診断が遅れる危険性が指摘され、そのリスクは利益を上回ると判断されたために、本来2005年3月31日までおこなわれる設計になっていたのですが、2002年7月7日に中止されたという経緯があります。これを受けて、2002年以降、ホルモン補充療法はすべきでないという意見が増えましたが、更年期障害の様々な症状を改善することも判っているため、症例によっては積極的に検討すべき、という意見もあります。
注2 例えば、医学誌『Cancer Epidemiology, Biomarkers & Prevention』オンライン版2010年7月20日号に掲載された論文「Oral Contraceptive Use and Estrogen/Progesterone Receptor-
Negative Breast Cancer among African American Women」では、低用量ピルでアフリカ系アメリカ人の乳がんのリスクが上昇したという調査結果が報告されています。下記URLでその論文の概要を読むことができます。
http://cebp.aacrjournals.org/content/early/2010/07/19/1055-9965.EPI-10-0428.abstract
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