2020年10月25日 日曜日
第206回(2020年10月) 新型コロナのPCR、ようやく保険で可能に
PCRや抗原検査といった検査をするのにも一苦労する新型コロナ。ここにきて太融寺町谷口医院(以下「谷口医院」)でもようやく保険診療でこういった検査ができるようになりました。さらに、もうすぐ検査代は全額無料になりそうです。ただ、東京を含めて全国の多くの地域では、数か月前からすでに医師が必要と判断すれば無料でできていました。なぜ大阪市ではこんなにも時間がかかるのでしょう。谷口医院の経験を振り返りながら説明していきましょう。
新型コロナが日本でも流行しだした2月下旬から5月中旬ごろまでの間、「保健所(発熱センター)に電話してもなかなかつながらない。つながっても検査はできないと言われる。熱があるのにどうすればいいの?」という問い合わせを電話やメールで何百件と聞きました。そもそも、保健所の電話回線はたかがしれているのですから「4日発熱が続けば電話を」などという方針には初めから無理があったのです。
ですから、谷口医院では2月下旬から「4日待たなくてもいいし、保健所に電話する必要もない。うちに連絡してくれればPCRの手配をする」と答えていました。(これは非公開ですが)医療機関からならつながる保健所の電話がありますし、患者さん自身が「検査をしてください」とお願いするよりも、我々が「〇〇の理由から新型コロナを疑います。PCRをお願いします」と交渉する方がスムースにいくからです。
ところがこの考えが誤っていたことに気づくのにそう時間はかかりませんでした。私が保健所に交渉しても断られるのです。「あきらかにコロナですよ」という患者さんの検査を依頼しても認めてもらえないのです。仕方がないから、保健所は諦めて、大きな病院に「不明熱」という名目で入院してもらい、そこでコロナ陽性であることが判明した患者さんもいます。
こんな状況では保健所に交渉するだけ無駄です。そこで5月中旬、保健所に勤務する医師に対して「保健所はあてにできないから当院で検査をさせてほしい」と直談判しました。すると、意外にも答えはあっさりと「OKです」とのこと。しかし、考えてみればこれは当然で、保健所も我々や患者さんにいじわるをして「検査できません」と言っているわけではないのです。それだけキャパシティが少なかったのです。そんななか、クリニックで検査をすると言われれば保健所からみても「渡りに船」です。
ただ、谷口医院で患者負担ゼロで検査をするには、法律上、保健所と谷口医院が「行政契約」を結ばねばならないとのことでした。しかし、「その契約にはそんなに時間がかからない。近々連絡するから少し待ってほしい」とのことでした。「これで、患者さんに不安な思いをさせなくて済むんだ」と、そのときはそう思い、暗闇に光が差したような感覚になったのを覚えています。
ところが、です。待てど暮らせど連絡はこない。たまりかねて何度か保健所に催促の電話をするのですが、いつも「もう少し待ってほしい」との回答。10月になれば医師会と保健所が「集団契約」をすることになり、そうなれば医師会に加入しているすべての医療機関(もちろん谷口医院も加入しています)が患者負担ゼロで検査ができるようになると聞いていたのですが、この話も進展がありません。
そんななか、ある医師から「大阪市も保険診療でなら検査できるようになったらしいよ」という話を聞きました。これは私が聞いていた話と異なります。5月に保健所で「OKです」と言われたとき、行政契約が済むまでは保険診療でも検査はできないと聞いていたからです。そこで、ある行政機関に尋ねてみました。すると、「少し前から保険診療でなら検査ができるようになった。つまり無料にはならないが3割負担でなら検査可能」との回答を得たのです。
というわけで、10月中旬から谷口医院でも新型コロナウイルスのPCR検査及び抗原検査が保険診療でできるようになりました。ただし、診察した結果、感染の可能性があると判断された場合のみとなります。無症状だけど盛り場に行ったから心配、というような理由では保険診療で検査をおこなうことは認められていません。
では、なぜ大阪市では診療所での新型コロナの検査にこれだけ消極的なのでしょうか。ある情報によると、大阪では院内感染で医師が二人亡くなり、そのことがあるから診療所での検査に抵抗がある、とのことです。
ですが、私に言わせれば、院内感染で医師が死ぬこともある重要な感染症だからこそ、各医療機関は「発熱外来」を設けて、院内感染対策を万全にした上で検査を積極的におこない、早期発見に努めなければならないのです。
一部のメディアが報道したように「保健所からも医療機関からも検査を断られて受診が遅れて死亡した」という症例が全国で相次ぎました。この人たちは、症状が出てから他界されるまでずっとひとりで過ごしていたのでしょうか。多少しんどくても、保健所が断ったんだからコロナじゃないんだろうと思って、仕事や買い物に行った人はいないでしょうか。そして、他人に感染させた可能性はないでしょうか。
つまり、疑いがある患者さんを迅速に検査するのも我々医療者の使命なのです。そして、院内の感染対策をしっかりとおこなえば新型コロナウイルスはそれほど恐れる必要はありません。ただし、感染力の強さについては患者さんにも知っておいてもらう必要があります。
ここ数か月、我々の説明に対して怒り出す患者さんが目立ちます。「発熱外来に来てください」と言うと気分を害するのです。2月以降、「症状があれば発熱外来に」と言い続けているのですが、「軽症ですから」(そもそも風邪が軽症なら受診は不要)とか、「味覚障害はありませんから」(全員に味覚障害が出現するわけではない)といった理由で「普通の診察時間に受診したい」という人が(多くはありませんが)週に1~2人いるのです。なかには受付にやって来て「今、診てください」と言う人もいます。慌てて外に出てもらって「一般の時間では診られません。発熱外来に来てください」と言うと、怒って帰る人もいます。
新型コロナウイルスは適度には恐れるべきです。症状があるときに人が集まるところ(医療機関の待合室も)に行ってはいけません。しかし、過度に恐れる必要はありません。患者さんから感染して亡くなった大阪の2人の医師は気の毒だと思いますが、きちんと対策をとっていれば感染することはありません。検体採取のときに患者さんがくしゃみや咳をするのでそのときに感染することが報告されていますが、これも対策で防げます。
谷口医院で実際に検査をしたことがある人が近くにいれば聞いてほしいのですが、検査のときには大きな窓の外に顔を向けてもらい、私はPPE(ガウン、N-95、フェイスシールド、グローブなど)を装着し、患者さんの後ろに立ち、後ろから柔らかい綿棒を鼻の奥に入れます。痛くはありませんがその際、けっこうな確率でくしゃみや咳がでます。この処置中、私の背後から業務用扇風機で強風を窓の外に送っています。この状態で感染するはずがないのです。もっとも、実際の感染は飛沫(やエアロゾル)ではなく、接触感染が多いと言われています。ですから患者さんの触った保険証、紙幣、硬貨などはウイルスが付着しているものとして扱います。谷口医院ではすべてのスタッフに対し、顔を触る前には両手を消毒することを義務付けています。
話を戻します。この数か月、実に多くの患者さんから「なんでここで(谷口医院で)検査できないの?」と言われ続けてきました。現在は保険診療でなら検査可能となりました。そして、もうすぐ負担ゼロでできるようになるはずです。しかし、他の疾患のように「気になればいつでもお越しください」というわけにはいきません。「発熱外来」の枠に受診してもらうことになります。
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|2020年10月12日 月曜日
2020年10月 不幸の原因は他人と比較すること
「不幸の原因は他人と比較すること」という命題は正しいでしょうか。私は「真」だと考えています。ではその「対偶」の「他人と比較しなければ不幸にならない」はどうでしょうか。対偶とは「PならばQ」に対して「QでないならPでない」ことを示す数学の用語です。
不幸の代表のようにみなされることの多い「貧乏」を考えてみましょう。「貧乏は不幸か?」と尋ねられれば、おそらく多くの人は「その質問に答える前に、貧乏の定義を教えてほしい」あるいは「どの程度の貧乏かによる」と返答するのではないでしょうか。つまり、漠然と「貧乏は不幸か?」と問われても答えようがないのです。
では、「失業して無一文の人」と「無借金の公務員」はどちらが貧乏で不幸でしょうか。よほど屁理屈が好きな人を除けば「無一文の人」が貧乏で不幸と答えるでしょう。では「失業して無一文だが健康な30歳」と「消費者金融から300万円の借金がある65歳」はどちらが不幸でしょうか。この質問なら屁理屈が好きな人も「より貧乏で不幸なのは65歳」と答えるのではないでしょうか。つまるところ、「貧乏」は他人と比較することで初めて成立する概念なのです。
ところで、人はなぜ他人と自分を比較するのでしょうか。それは、おそらく生物学的な本能です。「他人より優位に立たねば生存競争に不利」と考えるプログラムが人の遺伝子に刻まれているはずです。「他人より強くなければ獲物にありつけず飢え死にする」「他人より強くなければ子孫が残せない」という生き残る上での「戦略」があり、その戦略にのっとった行動をとる者が勝ち残り自身の遺伝子を残していったわけです。現代の社会は原始社会から大きく変化していますが、それでも「他人より金を稼がねば高級な物が食べられない」「他人より魅力がなければ素敵なパートナーを得られない」という”戦略”は本能として残っているのです。ですから、自己啓発でよくある「自分らしさを大切に」という言葉には生物学的な観点からは説得力がないわけです。
ならば、やはり人は本能に逆らえず他人と比較し続けなければならないのでしょうか。私の答えは「ノー」です。実際、このサイトで繰り返し述べているように、すでに私は「競争社会」から降りています(「競争しない、という生き方」 「競争しない、という生き方~その2~」)。出世にはまったく興味がなく、無一文では困りますがお金に執着したこともありません。他人より目立ちたいとか、他人よりモテたいと思ったことも若い頃にはありましたが、今はまったくありません。そしてこの生き方がとても心地いいのです。しかし、この考えのまま原始社会にタイムスリップしたとすれば、私はたちまち生き残ることができなくなるでしょう。ですが、そのようなことが起こるはずがありませんし、たとえ新型コロナウイルスよりも恐ろしい感染症が猛威をふるったとしても人類が原始社会に戻るとは思えません。
「貧乏」に話を戻しましょう。私は自分がどれくらい貧しいかについて他人と比較することは(馬鹿らしいので)しませんが、比較しようと思えばできないことはありません。私はアラブの石油王に比べると極端に貧乏ですが、北朝鮮の農民と比べると驚くほど金持ちです。日本人で比較してみると、私は一部上場企業の役員たちよりもずっと貧乏ですが、戦中にルソン島で人肉を摂取しなければならなかった人たちや戦後シベリアに抑留され馬糞に含まれる麦の屑をあさっていた人たちよりもはるかに金持ちです。他者との比較が馬鹿らしいのは「上には上がいて下には下がいる」からです。先に例として挙げた「失業して無一文の人」でいえば、周囲が借金を抱えている失業者ばかりだとすれば相対的に貧乏と言えませんし、スタートアップの準備をワクワクしながら開始しているかもしれません。
他人よりいい成績をとっていい大学に行けば出世できる、という考えがあります。これはある意味で正しいと思います。一流大学で優秀な成績を収めた方が大企業に就職するのが有利でしょうし、その後もがんばって成績を伸ばせば出世できるでしょう。そして、そういったことを望む人は勝手にやればいいわけです。しかし、いい成績がとれずいい大学に行けなかった人がそれが理由で不幸になるわけではありません。大企業で出世する以外にも人生には「幸せを感じられること」がいくつもあるからです。過去のコラム「なぜ「幸せ」はこんなにも分かりにくいのか」で紹介した「タイの農民と日本のビジネスマン」の逸話からも分かるように「出世」や「お金」は見方を変えれば馬鹿馬鹿しいものにさえなるのです。
なぜ現代社会では比較することが馬鹿げているのでしょうか。原始社会のように、全員の食糧がないといった事態になれば他人より優位に立たねばならないわけですが、現代ではそのようなことはありません。そして、貧乏な人も金持ちの人も胃袋の容積はたかがしれています。高級な物しか美味しく感じられないという人もいるのでしょうが、そうでない人の方が多いでしょう。ちなみに、私はマクドナルドが今も大好きで、スマホのトップページにアプリを置いています。過去のコラム(「”貧乏”な者が医師に向いている理由」)でクーポンを使う30代が気持ち悪がられるという逸話を述べましたが、私は50代になった今もそれをやっています。吉野家と王将のアプリもトップページに置いていますし、王将は現在スタンプをためています。
「格差」という言葉に敏感に反応する人がいます。格差社会では王将のスタンプをためてマクドナルドのクーポンを利用しているような私は「下」に位置するのでしょうが、そんなこと気にしなければいいのです。いつか、高級中華料理と高級ハンバーグを食べてやる、などと思う人は格差を気にして他人との比較をすればいいと思いますが私には興味がありません。
科学誌「PNAS」2016年5月17日号に「機内の物理的および状況の不平等はエアレイジを予測する(Physical and situational inequality on airplanes predicts air rage)」という興味深い論文が掲載されています。機内で乗客の怒りが生まれることを「エアレイジ」と呼ぶそうです。そのエアレイジはファーストクラスがある機内で起こりやすくなり、エコノミーの人がファーストクラスを通って席につくと怒りはさらに強くなるそうです。つまり、他人との格差を見せつけられ自分が「下」にいることが分かると怒りモードに入りやすいというわけです。
しかしながら、当然のことですが、エコノミーの人全員が怒りやすくなるわけではもちろんありません。おそらくファーストクラスの席を見ただけで怒りやすくなるような人が高級料理を求め、私のようにクーポンやスタンプについて楽しく語る者を蔑むのでしょう。ただし、たしかに座り心地がよくてスペースの広い座席は魅力的です。この夏もタイに渡航する予定だった私は今年初めてエアアジアのビジネスクラスを予約しました(タイ航空や日本航空など既存の航空会社は高すぎて初めから論外です)。とても楽しみにしていたのですが、新型コロナのせいで渡航できず、さらに日本のエアアジアが倒産したせいで大金(私にすれば大金です)を失ってしまいました……。やはり慣れないことはすべきでないのかもしれません。
「自分らしく生きる」という言葉を私は好きになれません。なぜなら「自分らしく」という表現自体が他人の存在を意識しているからです。自分らしいかどうかなど気にせずに、他人と比較することを放棄して、むしろ他人と自分との比較が馬鹿げていると認識することを勧めたいと思います。ファーストクラスとの差にイライラするよりも、初めからそんな比較などせずにさっさとエコノミーの席について好きな本にでも熱中する方がはるかに有益で健康的です。
「他人と比較しなければ不幸にならない」が「真」であることにあなたは同意されたでしょうか。同意されたのならば「不幸の原因は他人と比較すること」もあなたは認めたことになります。なぜなら、ある命題が真だとすればその対偶もまた真となるからです。これは数学及び論理学の基本です。
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