2020年1月31日 金曜日
2020年1月31日 電子タバコ、WHOがついに「危険宣言」
電子タバコは有害か否か、禁煙のツールとして有効か否か。
このサイトで何度も取り上げているこの論争、どうやら「電子タバコは有害」という方向に大きく傾いてきました。過去のコラム(はやりの病気第194回(2019年10月)「電子タバコの混乱その2~イギリスが孤立?~」)で取り上げたように、イギリス政府は「電子タバコは禁煙に有効であり、積極的に紙タバコから切り替えるべきだ」という方針を固辞しています。
一方、米国では電子タバコで死者が相次いでいることを問題視し、危険性を指摘する声が強くなってきていました。タイやシンガポールでは所持しているだけで「罪」になることも上記のコラムでお伝えしました。
今回紹介したいのはWHOの見解です。2020年1月29日に更新された電子タバコのQ&Aで、電子タバコの危険性を強く警告しています。
WHOによれば、電子タバコは10代の若者の脳の発達に悪影響を与え、胎児にも障害を与える可能性を指摘しています。また、禁煙の補助ツールになる証拠はない、と断言しています。
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このWHOの見解はイギリス政府の主張とまったく異なるものです。では、イギリスではこのWHOの見解をどのように報道しているのでしょうか。「The Telegraph」が「WHOが電子タバコは有害であり安全でない(World Health Organisation: E-cigarettes are harmful to health and are not safe) 」という記事を掲載しています。
2015年以降、イギリス保健省(Public Health England)は電子タバコの有害性は従来のタバコより95%も低いと断言しています。The Telegraphの記事によれば、この保健省の発表に疑問を感じているイギリスの専門家もいるそうです。
先述のコラムでも述べたように、電子タバコについてはイギリスだけが世界から孤立しているような状態です。今回紹介したWHOのこの発表でその孤立がますます加速することになりそうです。
参考:
はやりの病気第194回(2019年10月)「電子タバコの混乱その2~イギリスが孤立?~」
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|2020年1月31日 金曜日
2020年1月31日 新型コロナ、WHOがついに「緊急事態宣言」
連日メディアで取り上げられている新型コロナウイルスに対し、2020年1月30日、WHO(世界保健機関)は「国際的な公衆衛生上の緊急事態」を宣言しました。1週間前の23日には見送られていましたから、この1週間でWHOが「見解を変えた」ということになります。
1月30日のWHOの発表では、中国全域で7,711人が感染確定、12,167人が疑い例として経過が観察されています。感染確定例のうち1,370人が重症、死亡者は170人に上ります。他国では、18か国で合計82人が確定しており、このうち中国への渡航歴がないのが7人です。
尚、確定感染者と死亡者の最新の数字を調べるにはWorldmeterのサイトがいいと思います。信頼できる情報源からの最新の情報を収集し日々更新されています。
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WHOが緊急事態宣言を見送った2020年1月23日、私は毎日新聞主催のミニ講座を開いていました。編集長から「新型コロナについても何か話すように」と言われていたのですが、この時点でははっきりしたことが分かっておらず、一般のメディアで報道されている内容以上の情報はありませんでした。そこでスライドは1枚だけにし、今後の情報に注意するべきだということを述べるにとどめました。
新型コロナウイルスで私が最も懸念しているのは「不当な差別」です。すでに、中国から緊急帰国した日本人を非難する声もあるとか。特に心配なのは子供たちです。文部科学省の通達では、帰国後2週間が経過すれば登校可とされています。風邪が流行っているこの季節、登校したとたんに風邪をひいて咳をしたときに差別的な扱いを受けないでしょうか。
大阪府では吉村知事が、感染者の行動をすべて公開するという方針だそうです。おそらく今後しばらくは感染者が増えるでしょう。感染力の強さと重症の度合いに関係はありませんが、中国では医療者も相次いで院内感染を起こしていることから、”それなりに”気を付けていたとしても感染を完全に防ぐことは困難だからです。すると、大阪府はすべての感染者のすべての行動を公表するのでしょうか。
そうなればおそらく相当の混乱をもたらすでしょう。すでに根拠のないデマも出回っているかもしれません。太融寺町谷口医院にも「マスクはN95でなければ防げないのですか?」という問い合わせが複数届いています。しかし、N95は過去のコラム(はやりの病気第114回(2013年2月)「花粉と黄砂とPM2.5」)で述べたように一般の方には現実的なものではありません。
では何に気を付けてどのように行動すればよいのか。そして、感染したかもしれないときはどうすればいいのか。こんなときこそかかりつけ医に頼るべきです。当院をかかりつけ医にしている人は疑問があればどうぞメールにて(緊急性がある場合は電話対応もします)お問い合わせください。
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|2020年1月20日 月曜日
第197回(2020年1月) いろいろな「かぶれ」の総復習
前回は、すっかり”当然”のようになってしまっている”遅延型食物アレルギー”に高額をつぎこむこようなことを避けてほしい思いから、食物アレルギーの複雑な点について解説しました。今回はその続編として「かぶれ」について事例を取り上げながら紹介していきます。
かぶれの正式病名は「接触皮膚炎」で、文字通り皮膚と何らかの物質が”接触”することによっておこります。正確には接触皮膚炎には「アレルギー性接触皮膚炎」と「刺激性接触皮膚炎」に分けることができて、今回取り上げるのは「アレルギー性接触皮膚炎」の方です。「刺激性接触皮膚炎」というのは、改めて解説するような複雑なものではなく、刺激物に触れれば数分後にかゆくなる皮膚炎のことで”常識的な”ものです。石油に手をつっこんでしばらくすれば痒くなるのが典型例です。
一方、アレルギー性接触皮膚炎はとてもややこしいものです。理解するのにはまず「基本」を押さえて、その後具体的な例を考えて、それから「例外的な」タイプを考えていきましょう。
まずは基本からです。アレルギー性接触皮膚炎(以下、単に「接触皮膚炎」とします)とは「何か」に触れて「しばらくしてから」触れた部位に「湿疹」が起こります。基本的には「湿疹」であり、「じんましん」ではありません。「湿疹」と「じんましん」の違いを簡潔に説明するのは意外に困難なのですが、一番大切なポイントは「じんましんは出たり消えたりする」ということです。一方湿疹は一度出るとなかなか消えません。そして接触皮膚炎は通常じんましんではなく湿疹が起こります。まず、ここが一つ目の重要なポイントです(注1)。
次に重要なのが「しばらくしてから」症状が出現する点です。その物質に触れてから2~3日してから湿疹が生じるのが典型ですが、何度も繰り返していると出現までの時間が短くなってきます。また、一部の物質では触れてからかなり時間が経過してから症状が出ることもあります。例えば「金」の場合、1か月近く経過して(いったん触れてから「触れない状態」が1ヶ月近く経過して)初めて症状が出ることもあります。一方、食物アレルギーでは、前回述べた遅発型食物アレルギーを除き(繰り返しますが”遅延型食物アレルギーではありません)、食直後に出現します。
例を挙げましょう。食物アレルギーとしてのマンゴーアレルギーがある場合、食べた直後に口腔内の違和感が出現し、重症化する場合は息苦しさや全身のじんましんが生じます。一方、接触皮膚炎としてのマンゴーアレルギーの場合は2~3日してから症状が出ます。典型例は、マンゴーを行儀悪くかぶりついて食べたその2~3日後に口の周りがかゆくなる、というケースです。つまり「マンゴーアレルギー」には2種類あるのです。検査方法も異なり、食物アレルギーとしてのマンゴーアレルギーは血中IgE抗体を測定し(ただし、検査をすると陰性と出ることもあります。検査はあくまでも参考です)、接触皮膚炎の場合はパッチテストをおこないます(ただしマンゴーのパッチテストは一般的ではありません)。
ここで接触皮膚炎をおこしやすい典型的な物質を挙げていきましょう。ジャンルにわけて簡単にまとめてみます。
〇植物:ウルシ(マンゴーもウルシの仲間です)、ブタクサ・キク(これらは花粉症の原因にもなります。花粉症と接触皮膚炎はマンゴーと同じようにアレルギーの機序が異なります)、サクラソウ(春になると毎年初診の患者さんがやってきます)、イチョウ(銀杏でも起こります)など。
〇金属:三大アレルゲンがニッケル、コバルト、クロム。金や銀でも起こります。太融寺町谷口医院の患者さんで言えば、ピアス、ネックレス、美顔器、ビューラー、(ジーンズなどの)ボタンなどが多いといえます。
〇毛染め:頻度では他を引き離して最多です(参考:はやりの病気第147回(2015年11月)「毛染めトラブルの4つの誤解~アレルギー性接触皮膚炎~」)。
〇生活用品:比較的多いのが眼鏡、手袋(有名なラテックスアレルギーは狭義の接触皮膚炎とは異なります。ラテックス以外の成分による接触皮膚炎はよくあります(参照:はやりの病気第149回(2016年1月)「増加する手湿疹、ラテックスアレルギーは減少?」)、シャンプーや冷感タオル(イソチアゾリノン)、スニーカー(繊維を付着させる糊が原因になることもある)、家具や建築物(ホルムアルデヒドが最多の原因)など。
〇外用薬(製品名は「」をつけています)
・鎮痛剤:「スタデルム」・「アンダーム」(これらが使われなくなってきているのはあまりにも接触皮膚炎を起こしやすいから)、「ボルタレンゲル」、「インテバン」
・湿布:ケトプロフェン(「モーラステープ」)
・抗菌薬:フラジオマイシン(かなり多い。これが含まれる「リンデロンA」も多い)、クロラムフェニコール(膣錠での発症が多い)
・抗真菌薬:「ラミシール」「メンタクッス」「ペキロン」「ニゾラール」など
・麻酔薬:「キシロカイン」(歯科医院受診数時間~数日後に起こる)
・その他:「レスタミン」「オイラックス」など
接触皮膚炎の特殊型についてみていきましょう。
〇光アレルギー性接触皮膚炎
アレルギーを起こす物質+紫外線で発症します。最多が湿布で、湿布単独でも接触皮膚炎は起こりますが(上記参照)、湿布を貼った部位に光があたって発症するタイプもあります。また、日焼け止めでも起こすことがあります。これは日焼け止めに含まれる紫外線吸収剤(主にメトキシケイヒ酸エチルヘキシル)が原因です。紫外線吸収剤は環境保護の観点から避けられつつあります。かぶれの視点からも紫外線散乱剤だけのものを選ぶ方がいいでしょう(参考:医療ニュース2018年7月30日「ハワイの日焼け止め禁止の続報~多くの日本製も禁止に~」)
〇空気伝播性接触皮膚炎
直接触れているわけではないのに近づくと微粒子が皮膚に接触して起こるタイプの接触皮膚炎です。比較的多いのが香水です。自身が香水をつけていなくても香水の匂いを放っている人に近づけば症状が出る人もいます。次に多いのが線香です。これは(後述する)パッチテストで調べることができます。花粉症としての接触皮膚炎も空気伝播性接触皮膚炎に含めることがあります。
〇全身性接触皮膚炎症候群
これは2つに分けて考えます。ひとつは通常の接触皮膚炎が全身に広がるタイプで、毛染め(パラフェニレンジアミン)が代表です。かぶれるのにもかかわらず、症状を我慢しながら使用し続けると全身に広がり、重症化すれば入院を余儀なくされることもあります。
もうひとつは食べ物によるもので、私見を述べればこれが(広義の)接触皮膚炎で一番ややこしいものです。例えば、チョコレートを食べれば全身が痒くなる場合、チョコレートによる全身性接触皮膚炎症候群の可能性があります。なぜチョコレートでアレルギー反応が生じるかというと、カカオに含まれる金属が原因です(参照:食物に含まれる金属性アレルゲン)。チョコレートには先述した三大金属のニッケル、クロム、コバルトがすべて含まれていますし、他にマンガン、亜鉛、銅なども含有されています。ややこしいのは、チョコレートにアレルギーがあったとしても(狭義の)金属アレルギーのエピソードがないことも多く、またパッチテストをしても陽性反応にならないこともあるということです。尚、しつこいようですがこれは”遅延型食物アレルギー”ではありません。
今、述べているのは「全身性接触皮膚炎症候群」ですが、局所的に生じる皮膚疾患もあります。例えば掌蹠膿疱症がそうです。この疾患は掌または足底(あるいは双方)に湿疹が生じる、ときに難治性の疾患です。重症例は全身に症状が及び高額な治療薬を用いることもあります。掌蹠嚢胞症の原因として、日本では「歯科金属が原因」と言われることがありますが(ただし実際にはそれほど多くない)、私見を述べればチョコレートが(原因とまでは言えなくても)悪化因子になっているケースは非常に多いと思います。また、掌蹠嚢胞症は禁煙するとピタッと治ることがあり、この原因はタバコに含まれるニッケルではないかと以前から個人的には思っています。尚、いまだに掌蹠膿疱症は稀な病気だと”勘違い”している人がいますが、昔からよくある疾患です(参照:はやりの病気第17回(2005年9月)「掌蹠膿疱症とビオチン療法」)。
全身性であろうが、局所的なものであろうが、治りにくい湿疹や再発を繰り返す湿疹があって、アトピー性皮膚炎や尋常性乾癬などとは異なる場合は接触皮膚炎に関連したものである可能性を疑ってみるべきだと(私見ですが)考えています。また、アトピーや乾癬にこういった湿疹が合併していることもしばしばあります。
接触皮膚炎の検査は「パッチテスト」であり、血液検査では分かりません。また、食物アレルギーや花粉症の検査に有用なプリックテスト、スクラッチテスト、皮内テストなどでも調べることはできません。そして、パッチテストには最低でも3日かかりますからあらかじめそのつもりで望まなければなりません(参照:「Q4 パッチテストをしてほしいのですが・・・」)。以前にも指摘したように、化粧品が使えるかどうかを検討するときに試しに手背などに塗ってみて15分間で症状がでなければ問題ないと考えている人がいますがこれは間違いです。貼りっぱなしの期間が2日、判定には最低でも3日、場合によっては1週間くらいたってから判定すべきこともあります。
最後にもう一度繰り返しますが、食べ物が原因の接触皮膚炎および全身性接触皮膚炎症候群は”遅延型食物アレルギー”ではありません。
************
注1:ただし蕁麻疹が起こる接触皮膚炎も皆無ではありません。稀ではありますが一部の物質で起こり得ます。ただし、この情報を本文に入れると非常に読みにくくなると考え、このように注釈で補足することにしました。最近増えている蕁麻疹型の接触皮膚炎はDEETと呼ばれる虫よけによるものです。蕁麻疹型接触皮膚炎は通常の(湿疹型の)接触皮膚炎に比べて早く症状が出現します。
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|2020年1月11日 土曜日
2020年1月 幸せを求めるから不幸になる
前回のマンスリーレポートでは、「承認欲求が強すぎる人はしんどくなってしまう」という話をしました。「他人の評価などどうでもいいではないか」が言い過ぎだとしても、「すべての人に好かれる必要はない」というのが私の考えです。そういうふうに考えられず、他人からいつも褒められることを求めてしまう完璧主義に陥ると承認欲求の束縛から逃れられなくなってしまうのです。
今回はこの話の続きです。承認欲求を語るときに合わせて考えたいことがあと2つあります。ひとつは「上から目線」、もうひとつが「幸福至上主義」です。
「上から目線」という言葉が人口に膾炙しだしたのは2000年代に入ってからだと思います。それまではあまり聞かない言葉でした。もうすっかり定着してしまって流行語という感じもしません。誰もが簡単に使っている言葉、そして私に言わせれば「簡単に使われすぎている言葉」です。
例えばあなたがどこかの会社の新入社員だとしましょう。研修を受けているときに同期の者から偉そうな口の利き方をされればイヤな気持ちになるに違いありません。同期なのにまるで上司のような話し方をされれば腹が立つのはまともな感性であり、これを「上から目線」と呼ぶことには問題ないでしょう。
では、あなたが新入社員だったとして実の上司から偉そうな口の利き方をされたとすればどうでしょう。もちろんその内容にもよりますが、知識も経験も新入社員よりはるかに豊富な上司のコメントが「上から」であるのは当然です。しかし、上司からの忠告にも「上から目線」という言葉を使う人が最近増えているような気がします。患者さんからこのような言葉を聞く機会が少なくないからです。さらに驚くのはその逆の立場、つまり上司からの「悩み」です。
「上から目線」と同様「パワハラ」という言葉もすっかり定着しています。そして、最近はいわば「パワハラ恐怖症」に陥っている管理職の人が増えています。例えば40代のある大企業の管理職の男性は、きちんと丁寧な言葉を選んでいるつもりなのに、「それ、上から目線ですよ」と部下から言われて困った、と話していました。上司は上の立場なのだから上から目線が当たり前であり、部下に過剰な気を使うのはかえって部下にも失礼のように私には思えますが、どうも世間の風潮はそうではないようです。
もっと驚かされたのが高校で教師をしているある50代男性のコメントです。なんと「上から目線と生徒から言われるのが怖い」と言うのです。50代の教師が10代の生徒に上からの目線になるのは当然です。私が高校生のときは尊敬できるような先生はほとんどおらず、そんな教師たちから何を言われても従わず反抗的な態度をとるか無視するかでしたが「上から目線が許せない」と思ったことは一度もありません。
医師からも似たような話を聞いたことがあります。病院で働くある40代の男性医師が看護師から「さっきの患者、先生から上から目線で話された、と言ってましたよ」との報告を受けたというのです。医師が偉そうにしていいわけではありませんが、医師・患者関係というのは知識と経験の量が絶対的に違うわけで、ときに患者の誤った考えを修正せねばなりません。また、もしもこのクレームを言ってきた患者がこの医師よりもずっと年上だとすれば分からなくはありませんが、この患者は20代というではないですか。もちろん医師の言い方にもよりますし、いろんな患者がいるという前提で診療をしなければならないのは事実ですが、こういう患者とは良好な関係を築くのは簡単ではありません。この40代の医師はコミュニケーション能力が高く、多くの患者さんから慕われているのです。
ところで「ムカつく」という言葉が登場したのはいつ頃でしょうか。私が大学生の頃にはすでに日常会話で使われるようになっていましたが、小学生の頃にはありませんでした。私自身は今もこの表現に少し抵抗があり、使わないことはないのですが使う度に違和感を覚えます。
なぜ私が「ムカつく」という言葉に違和感があるのかというと、「そんな感情は人前で口にすべきじゃない」という意識があるからです。ごく親しい人に言うのならまだ分かるのですが、そもそも「生きる」ことは苦しいことや辛いことの連続なわけで、言いたいことをそのまま口にしてもいいのなら四六時中「ムカつく」と言っていなければならないことになります。辛いことに比べると、楽しいことや幸せなことは圧倒的に少ないものだ、というのが私の考えです。
「ムカつく」などという言葉を気軽に、そして何度も繰り返す人たちに対して、「あなたはずっと幸せな気持ちでいなければならないと思っているの?」と尋ねたくなるのです。
ここで、冒頭で述べたことに戻ります。つまり、承認欲求に捉われ他人からの否定的な言葉に過敏になっている人、上から目線で接する他者に対し不快感が抑えられない人、気に入らないことがあるとすぐに「ムカつく」と言いいつも幸せを求めている人には「共通点」があります。それは「否定的な感情を受け入れることができず常にいい気分でいることを当然と考えている」ということです。
こういうタイプの人たちからみると、私のような生き方、つまり「人生は辛いことの方が圧倒的に多く小さな幸せがときどきあれば充分」と考えるような人生は随分とつまらないものに思えるでしょう。けれども、果たして本当にそうでしょうか。本当に辛いことはどこかに追いやらねばならないのでしょうか。
ここで興味深い心理学の研究を紹介しましょう。専門誌「Emotion」2016年版に「悪い気分はそんなに悪くない。否定的な感情と週末の健康との関係(When bad moods may not be so bad: Valuing negative affect is associated with weakened affect-health links.)」という論文が掲載されています。14~88歳の365人が支給されたスマートフォンで毎日6つの質問に答え、回答と生活の満足度との関係が解析されています。その結果、「否定的な感情が有用(useful)である」と答えた人は、否定的な感情を自覚したときに精神的にも身体的にも悪い状態になりにくかったのです。
この研究結果は当然と言えば当然です。初めから辛いことがあることを前提として生きていれば予期せぬ不幸に見舞われたときにも心が動じないからです。
ところで私がこのような心理学の論文の存在を知ったのはこの専門誌を定期購読しているからではなく、英国発症の人文社会科学系ポータルサイト「aeon」(日本の流通業のイオンとは無関係です)に掲載されたコラム「悲しみを心配しないで。辛い期間には利点がある(Don’t worry about feeling sad: on the benefits of a blue period)」を読んだことがきっかけです。
このコラムの最後のパラグラフがうまくまとまっているので少し抜粋してみます。
「悲しみの期間は長期的には我々に利点をもたらす。逆境の経験は回復力につながる。悲しみを避け、無限の幸福(endless happiness)を追い求めれば幸せは得られず、そんなことをしていると真の幸福の恩恵を享受できない」
他人から承認されなかったとき、上から目線で物を言われたとき、ムカつく体験をしたとき、幸せでないと感じたとき、「それも人生の通過点のひとつなんだ」と思うことができるようになれば「真の幸せ」に近づく。それが私の考えです。
************
参考:マンスリーレポート
2017年4月「なぜ「幸せ」はこんなにも分かりにくいのか」
2013年9月「幸せの方程式」
2019年12月「「承認欲求」から逃れる方法」
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