2015年1月31日 土曜日
2015年1月31日 やはりアジア人は太るべきでない
数年前から、少し肥満気味の方が長生きする、ということが指摘されています。最近私が患者さんから教えてもらった言葉に「ちょいメタボ」というものがあります。その患者さんによると、なんでも「ちょいメタボ」が最も健康であるようなことを言う専門家(?)がいるそうです。(尚、「ちょいメタボ」は「ちょいメタ」と呼ぶこともあるそうです)
たしかに海外では以前から肥満のグループの方が普通の体重よりも長生きするというデータがあることが指摘されていますし、日本でも、例えば約44,000人を対象とした東北大学の研究でもBMI25~30(注1)のグループが最も長生きした、というデータがあります。
しかしこのようなデータには「落とし穴」があります。それは数字だけを見ていても分かりません。実際に多くの患者さんをみて初めて分かることがあるのです。その「落とし穴」とは、多くの日本人にとってBMI25を越えると、肝機能障害や高血圧、高脂血症、糖尿病が増える、という事実です。つまりBMIが25~30が統計上長生きするのが事実だとしても、「健康」には生きていない人が少なくないということです。
では、なぜBMIが25~30の肥満傾向にあるグループの方が平均寿命が長くなるのでしょうか。それはこの程度の肥満であれば薬を使うことによって生活習慣病の合併症を防ぐことができるからではないか、と私は考えています。また、このグループの人たちは定期的に医療機関に通院している人が多く、例えばガンなどが早期発見されやすい、ということもあるかもしれません。
しかし人間は単に長生きすればそれでいいというわけではありません。やはり「健康に長生き」すべきです。私の印象で言えば「健康で長生き」している人は肥満のグループではなく「適正体重」の人たちです。また、これも私の印象ですが、特に90歳以上で健康な人たちのほとんどは適正体重であり、肥満者はめったにいません。
先に述べたように、私が日頃みている患者さんでいうと、ちょうどBMIが25を越えたあたりで一気に肝機能障害、高血圧、高脂血症、糖尿病などが増え出します。これらは生活習慣以外に「遺伝」で決まっている面もあり、日本人はこれら生活習慣病などに罹患しやすい遺伝子を持っていると言われています。
それを裏付けるような発表が米国糖尿病学会(American Diabetes Association)(以下ADA)から2014年12月23日に発表されました(注2)。
ADAは糖尿病のスクリーニング検査を推奨するBMI値を従来は25としていました。しかし、今回の発表で「アジア系アメリカ人」の住民については23に設定しなおしたのです。これは、多くのアジア系米国人が一般的なアメリカ人に比べると、BMIが低くても糖尿病を発症していることを示すデータがあるからです。
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この発表では「アジア系アメリカ人(Asian Americans)」のきちんとした定義が述べられておらず、どの程度アジア人の遺伝子が入った人かはわかりません。また、この発表では「アジア系アメリカ人」と「アジア人」の比較については言及されていません。しかし、常識的に考えて、低いBMIでも糖尿病になりやすいのは、アジア人>アジア系アメリカ人>一般的なアメリカ人、となるはずです。
ということは、やはり我々日本人は欧米人よりも糖尿病には気をつけるべきであり、「ちょいメタボが長生き」などと呑気なことを言うべきではありません。
おそらく「ちょいメタボが長生き」と主張する人たちは、公衆衛生学的な観点からしかみておらず、実際の患者さんを診ていないのでしょう。こういう人たちも、BMIが25程度で(2型)糖尿病がすでに進行してしまい、白内障や腎機能障害をおこしてしまっている患者さんを何人か診察すれば、「ちょいメタボが長生き」などという無責任な説をすぐに撤回するに違いない、と私は思います。
(谷口恭)
注1:BMIはBody Mass Indexの略で、体重(キログラム)を身長(メートル)の2乗で割って算出します。例えば、体重88キログラム、身長2メートルの人であれば、88÷2の2乗=88÷4=22となります。
注2:ADAのこの発表のタイトルは「American Diabetes Association Releases Position Statement on New BMI Screening Cut Points for Diabetes in Asian Americans」で、下記URLで全文を読むことができます。
http://www.diabetes.org/newsroom/press-releases/2014/american-diabetes-association-releases-position-statement-on-new-bmi-screening-cut-points-for-diabetes-in-asian-americans.html
参考:医療ニュース
2012年8月27日「太っているだけなら早死にしない?」
2009年10月13日「「太りすぎ」が長生き?」
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|2015年1月30日 金曜日
2015年1月30日 妊娠中のアセトアミノフェンの是非は?
過去にこのサイトでお伝えしましたように(注1)、妊娠中のアセトアミノフェン使用が産まれてくる子どものADHD(注意欠陥・多動性障害)のリスクになるのではないか、との報告があります。
鎮痛剤には複数の種類がありますが、アセトアミノフェンはそのなかで最も安全性が高いとされているものであり、伝統的に最も頻繁に使われています。今後アセトアミノフェンがもしも妊娠中に使えなくなると、痛みのコントロールが大変困難になります。
2015年1月9日、FDA(アメリカ食品医薬品局)は妊娠中の鎮痛薬使用のリスクについての見解を発表(注2)しましたので、ここで簡単に紹介しておきます。
まず、妊娠中の痛みを放っておくリスクですが、FDAは「激しい痛みが持続すると、抑うつ状態や不安感、高血圧をひきおこすことがある」としています。これらは胎児に悪影響を与える可能性がありますから、妊娠中の激しい痛みは取り除くべき、ということになります。
FDAは鎮痛剤を3つのグループにわけて検討しています。1つはオピオイド(麻薬に近いもの)、2つめはNSAIDs(非ステロイド性抗炎症薬)と呼ばれる鎮痛剤で、日本で有名なものをあげれば、ロキソニン、ボルタレンなどです。薬局で売っている薬ではイブ、ナロンエース、リングルアイビーなどが相当します。そして3つめがアセトアミノフェンです。
まず1つめのオピオイドですが、これは日本では妊婦さんに使用されることはほとんどないと思います。FDAは胎児に「神経管欠損」と呼ばれる先天異常が起こるリスクを指摘しています。
次にNSAIDsについてですが、FDAは確定的ではないものの、「流産」のリスクがある、としています。日本でもほとんどのNSAIDsは、薬局で売っているものも含めて妊娠中は飲んではいけないとされています。
問題のアセトアミノフェンについては、以前の医療ニュース(注1)で紹介した研究についても言及しています。FDAの見解としては、この研究をどのように解釈するかは困難であることを指摘し、現時点では妊娠中のアセトアミノフェン使用と産まれてくる子どものADHDとの関連性を示す確定的な確証(エビデンス)はない、としています。
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FDAも述べているように、妊娠中に耐えがたい持続する痛みが生じれば取り除くべきです。しかし、いくら飲んでも安心という薬はなく、リスクの少ない薬を必要最低限使用するということになります。
日本での妊娠中の使用については「おくすり110番」のサイトがうまくまとめられています(注3)。このサイトによると、やはりアセトアミノフェンが最も安全とされています。オーストラリア基準では唯一「A」が付けられています。
妊娠中にどうしても鎮痛剤が必要なときはやはりアセトアミノフェンの使用を考えるべきでしょう。しかし、痛みがでればアセトアミノフェン、と考える前に注意点を2つ紹介しておきたいと思います。
1つめは、痛みの予防をきちんとおこなうことです。特に頭痛の場合は、ストレスを避けて「同じ時間に起きて同じ時間に寝る」ということを心がけるだけでかなり防げる人もいます。
もうひとつは、同じ妊娠でも妊娠20週以降でアセトアミノフェンのリスクが上昇するという見方があります。つまり、20週以降は特に予防に注意すべきである、ということです。
(谷口恭)
注1:下記医療ニュースを参照ください。
医療ニュース2014年4月4日「妊娠中のアセトアミノフェンがADHDを招く?」
注2:FDAは「FDA has reviewed possible risks of pain medicine use during pregnancy」というタイトルでレポートしています。下記URLで全文を読むことができます。
http://www.fda.gov/downloads/drugs/drugsafety/ucm429119.pdf
注3:下記URLを参照ください。尚「おくすり110番」は鎮痛剤以外の薬についても妊娠中の使用の危険性をまとめており参考になります。
http://www.okusuri110.com/kinki/ninpukin/ninpukin_04-010.html
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|2015年1月23日 金曜日
第137回(2015年1月) 脳振盪の誤解~慢性外傷性脳症(CTE)の恐怖~
2014年の「感動した出来事」に、フィギュアスケートの羽生結弦さんの健闘をあげる人が少なくないようです。特に2014年11月8日に上海で開かれた大会で練習中に中国選手と激突し、頭部から出血ししばらく起き上がれなかったものの、自身の強い意志で予定通り出場し2位を獲得したことは日本中に大きな感動を呼びました。
しかし、当初から関係者の間では「出場させるべきではなかった」という声が少なくありませんでした。脳振盪というのは、主にスポーツなどで頭部を強打した直後に一時的に意識がぼーっとする状態になることを言います。かつてはそれほど重視されていませんでしたが、後で詳しく述べるように、ここ数年は、特にアメリカで最も注目されている疾患のひとつと言えます。
脳振盪というのは、スポーツなどで頭部に外力が加わり、一時的に意識障害を来すものの障害は一過性である、というのがおおまかな定義になると思います。「一過性」であるわけですから、意識が戻れば心配がない、と従来は考えられていました。
ただし、頭を強打したときには、単なる脳振盪ではなく、「急性硬膜外血腫」や「急性硬膜下血腫」といって頭蓋内に出血が起こり入院・手術が必要になる場合もありますし、あまりに衝撃が強いと「びまん性脳損傷」(「びまん性軸索損傷」ともいいます)といって長期間障害が残ることもあります。急性硬膜外血腫や急性硬膜下血腫の場合はCTで、びまん性脳損傷の場合はMRIで診断をつけます。
さて、ここまでは私が医学部の学生の頃に学んだことなのですが、今回お話ししたいのは2000年代に入ってから注目されている脳振盪を原因とした脳の疾患についてです。この疾患は「慢性外傷性脳症(chronic traumatic encephalopathy)」(以下CTE)と呼ばれる疾患で、ボクサーに多いことから以前はパンチドランカーと呼ばれていたもののことです。
最近になって注目されるようになったきっかけは、米国のアメリカンフットボールのスーパースター、マイク・ウェブスターの死亡です。日本のマスコミでほとんど報道されていないと思いますので経緯を簡単に振り返っておきます。
ウェブスターが死亡したのは2002年9月24日。当初、死因は心疾患と報道されましたが真相は異なっていました。死体を解剖した病理医が、脳皮質にタウ蛋白陽性の神経原線維変化が存在することを見つけたのです。そして、この神経原線維変化は、ボクサーに見られる脳障害と酷似していることをつきとめ、アメリカンフットボールのプレイで頭部への衝撃(つまり脳震盪)が繰り返されたことが病因であるCTEである可能性を疑ったのです。
ところで、当初心疾患が死因と考えられていた死体の解剖でなぜ脳細胞が詳しく調べられたのでしょうか。それは、引退後ウェブスターが奇妙な行動を取るようになっていたからです。浪費を繰り返すようになり、記憶障害やイライラ・抑うつなどの精神症状が出現し、家を失い、妻には去られ、ついにホームレスにまで転落していました。そこで担当した病理医は認知症を疑い、脳細胞を詳しく調べたというわけです。
この病理医は解剖の所見を論文にまとめて公表しました。そして脳振盪が従来考えられていたような一過性の軽度のものではなく、ウェブスターにおこったように精神を蝕み悲惨な顛末となるCTEの原因となる可能性を指摘しました。
ところがNFL(National Football League)が真っ向からこの病理医の見解に反対し、論文撤回を求めました。NFLとしては、アメリカンフットボールが危険なスポーツであると思われることを何としても避けたいという思惑があります。そこでNFLは学者を抱え込み、脳振盪はたいしたことがないんだ、という言わば<初めに結論ありき>の調査をおこなったのです。
そしてNFL主体の研究チームは、「脳振盪を繰り返し起こしたとしても心配する必要はない」と結論付けました。脳振盪の症状が回復していない時期に、再度衝撃が加わるとsecond impact syndrome(SIS)と呼ばれる後遺症を残す疾患が知られていますが、アメリカンフットボールの選手には生じていないとし、ボクサーに見られるような脳の症状は認められないと強調しました。
NFL主体のこの論文が審査にも通り堂々と発表されたのは政治的な要因があったのではないかと言われています。また、NFLは潤沢な資金を用いマスコミを誘導し、アメリカンフットボールの脳振盪は心配ないことを世間にアピールするようになりました。となると、ウェブスターを解剖した病理医は世間を騒がせ「誤診」をした医師とみなされることになってしまいます。
しかし、すぐに立場が逆転することになります。病理医はウェブスターに続く第2例目の解剖結果を発表したのです。2例目は、引退後うつ病を患い2005年に自殺したテリー・ロングというウェブスターの元チームメイトです。脳細胞に、ウェブスターと同様、タウ蛋白陽性の神経原線維が広範な領域に認められたのです。また、脳振盪の危険性に注目していたのはこの病理医だけではありませんでした。全米で次第にアメリカンフットボールの選手の脳振盪がCTEのリスクであるとするデータが集まり出したのです。
脳振盪がCTEの原因であることがアメリカで広く知られるようになったのは、元プロレスラーのクリス・ノウィンスキーの貢献によるところが大きいようです。自らCTEであることを疑ったノウィンスキーは、脳振盪の危険性を訴えるためにマスコミを利用しました。2007年1月18日、『The New York Times』の第一面に、「自殺の原因は脳障害。アメリカンフットボールが原因で認知症やうつ病が起こる」という内容が掲載され(注1)これで一気に米国民に認知されることになりました。
この頃から精神症状に苦しめられていた元アメリカンフットボールの選手たちが次々とNFLを訴えることになりました。2013年8月の時点で「脳震盪訴訟」の原告となった元選手の数はなんと4,500人にも達し、それまで脳振盪はCTEの原因でないと真っ向から反対していたNFLも、ついに2009年に自説を撤回し原告の要求に応じることになります。2013年8月、損害賠償総額7億6500万ドル(約918億円)で和解が成立したことが発表されました。
雑誌『The New Yorker』の2014年1月27日号にオバマ大統領への取材記事が掲載されています。この取材で、フットボール選手のCTEの問題について聞かれたとき、オバマ大統領は「もし自分に息子がいたとすれば、フットボールの選手にはさせない」と発言しています(注2)。
アメリカで人気のスポーツには、アメリカンフットボール以外に野球(メジャーリーグ)があります。野球はフットボールほど頭部外傷が多くありませんが、それでも脳振盪が起こらないことはありません。2012年12月、元大リーグ選手のライアン・フリールがショットガンで自殺をしました。その1年後の2013年12月、フリールの遺族は、彼がCTEを患っていた事実を公表し全米の野球ファンを驚かせました。
アメリカの実際の状況を知ることは私にはできませんが、ここまで事実が積み上げられ、NFLが訴訟に応じ、大統領が「自分の息子には・・・」という発言をしているのです。アメリカでは今後コンタクトスポーツをおこなう子どもが減っていくことが予想されます。
では、日本ではどうでしょうか。私の知る限り、冒頭で紹介した羽生結弦さんの脳振盪の報道でCTEに触れたものはありませんし、それどころかこれまでCTEの文字を一般のマスコミで見かけたことすらほとんどありません。認知症予防に有効かもしれないとされるサプリメントの情報を必死で集めるような国民が、スポーツによるCTEの情報に興味を持たないはずがないと思うのですが、私の知る限り新聞や週刊誌に記事を載せるジャーナリストも見当たりません。
これは、NFLが当初そうであったように、コンタクトスポーツを回避すべきとする情報が流布することをスポーツ団体が危惧しているのでしょうか(注3)。それともスポーツ関連企業の圧力があるからなのでしょうか。
コンタクトスポーツには大変魅力があり、自分でやることはないものの、実は私も、ボクシングを初めとした格闘技やサッカー、アメリカンフットボールなどを観戦するのは大好きです。しかし、その選手たちが引退後にうつ病や認知症を患い、さらに自殺を遂行する可能性があると考えると複雑な気持ちになります。
それぞれのスポーツのCTEのリスクは実際にはどの程度なのでしょうか。アメリカではこれだけ大きな問題として注目されているわけですから、日本も行政主体の大規模調査をおこなうべきではないでしょうか。
注1:『The New York Times』のこの記事のタイトルは「Expert Ties Ex-Player’s Suicide to Brain Damage」で、下記URLで全文を読むことができます。
http://www.nytimes.com/2007/01/18/sports/football/18waters.html
注2:『The New Yorker』のこの記事は下記URLで全文を参照することができます。
http://www.newyorker.com/magazine/2014/01/27/going-the-distance-2
注3:ちなみに日本脳神経外科学会は2013年12月16日付けで「スポーツによる脳損傷を予防するための提言」と題した提言書を公表しています。ただしCTEについての記載はありません。
http://jns.umin.ac.jp/cgi-bin/new/files/2013_12_20j.pdf
また、日本サッカー協会(JFA)はウェブサイトのなかで「メディカルインフォメーション」というページで脳振盪の危険性について指針を公表しています。ただしCTEについての記載はありません。
http://www.jfa.jp/football_family/medical/b08.html
参考:
1.『ジ・エンド・オブ・イルネス 病気にならない生き方』デイビッド・B・エイガス 、クリスティン・ロバーグ 著(日経BP社)
2.医学書院ウェブサイト内のコラム李啓充氏による「続・アメリカ医療の光と影」
http://www.igaku-shoin.co.jp/paperDetail.do?id=PA03060_04
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|2015年1月21日 水曜日
第144回(2015年1月) Choosing Wisely(不要な医療をやめる)(前編)
今月(2015年1月)に公開した<院長あいさつ>のなかの「開業9年目に向けて」というコラムのなかで述べましたが、私はこれからの日本の医療には「Choosing Wisely」という考え方が不可欠だと考えています。「Choosing Wisely」とは、直訳すれば「賢く選択する」となりますが、わかりやすく言えば、「適切な医療を選ぶ」、言い換えれば「不要な医療をやめる」ということです。
ここで私が研修医時代に経験したChoosing Wiselyを考える上で興味深い症例を紹介したいと思います。
患者さんは3歳の男の子。自宅のベッドから落ちて頭をうちお父さんに連れられて深夜の救急外来にやってきました。幸運なことに、その日の救急外来の担当医は脳神経外科医でした。医師は充分な時間をかけてその男の子の診察をして、お父さんに「大丈夫だと思います。このまま何もせずに様子をみてください。もしも、意識がぼーっとしたり、吐いたりするようであればあらためて受診してください」と言って診察を終わらせようとしました。
すると、驚くべきことに、その子のお父さんが突然言葉を荒げて怒り出したのです。「思います、では困るんです! この子は頭をうってるんですよ! CTを撮るのがあんたらの仕事でしょ! もしもこの子に何かあったらあんた責任とれるんか! こっちは金払う言うてるんや、医者はサービス業ちゅうもんがわかっとらんのか!・・・」、とこんな感じで次第にけんか腰になってきました。
この症例のように「頭をぶつけたからCTを撮ってほしい」という要望は「以前は」少なくありませんでした。「以前は」と過去形なのは、最近ではその傾向が変わってきているからです。これは患者側が冷静にリスクを判断できるようになったから、というよりも、おそらく東日本大震災の影響でしょう。放射線の有害性がマスコミにより大きく取り上げられるようになり、CTどころか単純X線にすら過剰な恐怖心を持つような人もいます。
しかし、震災前までは「頭をぶつければCT」と考えている人は非常に多く、特にこの症例のように、子どもが頭をぶつけたときの親の間では顕著でした。これはおそらく1999年に起こった「杏林大病院割りばし死事件」が影響を与えていると思われます。これは4歳の男の子が転倒し救急搬送されたものの、割りばしが喉の奥に突き刺さっていたことが見逃され翌日に死亡したという事件です。折れた割りばしは小脳にまで到達しており、これを診察した医師が見抜けなかったのです。このときにCTを撮影していれば発見されたであろうことから、CTを撮影しなかった医師が業務上過失致死などで送検されました。
この事件は最終的に医師の無罪が確定しました。救急外来受診の状況から割りばしの存在を疑うのは困難であり、このような例は世界的にみても極めて稀なものであり、CTの撮影をおこなわなかったことを過失とは認められない、というのが大まかな判決の内容です。
しかし、このような判決を聞いても遺族の立場からすれば納得しづらいでしょうし、もしも我が子に同じことが起こったら・・・、と考えれば、「頭になにかある場合はCTが必要」と考えたくなる気持ちは理解できます。
しかし頭をうったり転倒したりした症例すべてにCT撮影というのは現実的ではありません。このようなことを言うと、「それは(全体の)医療費を抑制するためですか」と言う人がいますがそうではありません。このケースでは、一番の問題は被爆であり(CTの被曝量は単純X線の比ではありません)、次の問題は患者さんが負担する費用の問題です。もっとも、多くの自治体では小児の場合はどのような治療を受けても1回の受診料が500円程度になっていますから「それは問題でない」という人もいるでしょう。しかし成人であれば3割負担で数千円の費用がかかります。
件の症例の続きに戻ります。診察室で大声を張り上げて今にも診察医を殴りかかるくらいの勢いでこのお父さんは引き下がりませんでしたが、医師側からみれば、小さな子どもに無駄な被爆をさせるわけにはいきません。「すべきではない検査はできません」と冷静に説明を繰り返します。結局、これ以上何を言っても無理と判断したそのお父さんは捨てゼリフを吐いて診察室を去って行きました。
私は診察医の後ろでこのやりとりを聞いていたのですが、無駄な被爆と医療費を回避すべきと考えていたその医師の考えが強く伝わってきました。「CTは不要です」と断言するのも勇気がいることなのです。自分の診察に自信がなければ「もし何か見つかればどうしよう・・・」という不安が出てきますし、もっといえば、今回の転倒と関係のない異常所見が見つかることだって可能性としてはあるわけです。患者さんの立場からすれば、「もしもあのときCTを撮っていれば・・・。CTを拒否したあの医者を一生許さない!」となることもあり得るのです。
私はこのエピソードをこれまで何度か(医療者でない)知人に話したことがあるのですが、「これが医師のあるべき姿だ」というと首をかしげる人が少なくありません。彼(女)らは、「要望があるならCT撮ってあげたらいいんじゃないの。異常がなかったらそれでお父さんも満足しただろうし、病院だって儲かるんじゃないの?」、というのです。
医師は「聖職」などというつもりは毛頭ありませんが、医師は他の職業と異なる、としばしば感じるのがこの点です。つまり、市場社会におけるほとんどの仕事は営利を追求することが(それだけではないにしても)第一の目的であり、一方、医療というのは(利益がなければ組織の存続ができないのは事実ですが)営利を追求しない(してはいけない)仕事です。日本医師会の「医の倫理綱領」の第6条には、はっきりと「医師は医業にあたって営利を目的としない」と述べられています。
この点を理解していない人は非常に多いと言わざるを得ません。鋭い指摘をするジャーナリストや知識人でさえも誤解していることがあります。Choosing Wiselyの議論になったときも、「検査や治療を減らせば医療機関が儲からなくなるから日本では普及しないんじゃないの」という意見すらあり驚かされます。
しかし、アメリカの医師も日本の医師もミッションは同じです。アメリカの学会が一丸となってChoosing Wiselyのキャンペーンをできて、我々日本の医師にできないはずはありません。なかなか理解を得られないかもしれませんが、我々医師は利益のことを考えて診療をしているわけではありません。その逆にいかに不要な検査や治療を減らしていくかを考えているのです。これを説明するのに「医師の矜持」にかけて、という言い方ができるかもしれませんが、そんなたいそうな表現を用いなくても、普通に医学部で学び、医師になれば研修期間が終了する頃には「医師の常識」が身についているのです。
身体の具合が悪くて医療機関を受診するのはお金持ちだけではありません。というより裕福でない人の方が多いでしょう。そのような人たちは、治療にどれくらいお金がかかるだろう・・、と不安な気持ちで受診することも少なくありません。すでに具合が悪くて仕事を数日間休んでいたり、場合によってはその症状のせいですでに退職していたりすることもあるのです。そんな人たちに対して、少しでも検査を増やして濃厚な治療をしてお金を稼ごう、などと考えることのできる人間はいません。
それに、治療がうまくいくと、患者さんは心の底から感謝の言葉を話されます。そういう言葉を聞くと、もっとがんばろう、という気持ちになり心が奮い立たされます。そんなときに、どうすればお金が儲かるか、などとはまともな神経をしていれば考えることができないのです。
つまり、医師は高い人格を有しているから自分の利益よりも患者さんの負担を少なくすることを考えるのではなく、仕事を通して困っている人の力になりたいと”自然に”感じ、また感謝の言葉を聞くにつれて”自然に”利他的な考え方になっていくのです。
Choosing Wiselyという考え方が誕生したひとつの理由として、膨大する医療費を抑制しなければならないという国(アメリカ)の意向が反映されているのではないかという意見があります。しかし、Choosing WiselyのPRをしているのはABIM(American Board of Internal Medicine、アメリカ内科学委員会) という医師からなる非政府組織です。つまりChoosing Wiselyは行政主体ではなく医師主体なのです。
広く世論にChoosing Wiselyの本質を理解してもらうことができれば、患者さんの時間とお金の負担が減少し、医師としては思うような診療ができ、コミュニケーションのすれ違いや誤解が減ることが期待できます。おまけに全体の医療費も縮小できますから、患者、医師、行政の3者にとって望ましいことになるはずです。(検査会社、製薬会社、医療機器のメーカーなどは利益が減少することになるでしょうが・・・)
次回は、先に紹介した子どものCTを執拗に迫ったお父さんのような例にはどのような説明をすべきなのかについて検討し、医師・患者のコミュニケーションのすれ違いが生じる理由について言及し、そしてChoosing Wiselyの具体例(注1)を紹介していきたいと思います。
注1:ABIMが作成するChoosing Wiselyの具体例は下記URLですべて閲覧することができます。
http://www.choosingwisely.org/doctor-patient-lists/
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|2015年1月17日 土曜日
2015年1月16日 イソフラボンが潰瘍性大腸炎のリスクに
潰瘍性大腸炎という疾患は、厚労省から「難病」に指定されており、年々患者数が増加しています。現在日本では約12万人の罹患者がいると言われています。それほど珍しい疾患ではありませんが、安倍晋三氏が一度目の首相を退陣せざるをえなくなった原因疾患として報道されたときは世間の注目を浴びました。
潰瘍性大腸炎とは下痢や血便をきたす慢性の大腸の炎症性疾患ですが、原因はいまだにはっきりしていません。自己免疫が関与していると言われていますが、決定的な要因は不明です。しかし、万人が認めるわけではありませんが、女性ホルモンのエストロゲンが潰瘍性大腸炎発症に関与することが指摘されています。(このため、低用量ピルの内服を開始しだして下痢が生じれば一度は疑わなければなりません)
エストロゲンは更年期障害のホルモン補充療法の薬剤として用いられていますから、女性にとってはときに有用なホルモンということになります。ただし、ホルモン補充療法(つまりエストロゲンの投与)には副作用のリスクもあり、特に乳癌のリスクには充分注意しなければなりません。
エストロゲンのようなホルモンそのものを内服することには抵抗があるけれど、もっと安全なかたちでなら摂取したい、と考える人たちの間では大豆などに含まれる「イソフラボン」が人気です。イソフラボンは分子レベルでの構造がエストロゲンと似ているため、エストロゲンと同じような効果が期待でき、しかも安全性も高いのではないかと期待されていたのです。しかし、イソフラボンのサプリメントには有効とするデータはほとんどなく、摂取するなら大豆などを積極的に食べることを考えるべきです。(下記「医療ニュース」も参照ください)
さて、前置きが長くなりましたが、今回お伝えしたいのは「イソフラボンの摂取で潰瘍性大腸炎のリスクが上昇する」というものです。
医学誌『PloS one』2014年10月14日号(オンライン版)に掲載された論文(注1)によりますと、「日常の食事におけるイソフラボンの摂取が、とくに女性における潰瘍性大腸炎リスクを上昇させる」可能性があるようです。
研究の対象となったのは、合計126例の潰瘍性大腸炎を新たに発症した症例です。自己記入式質問票を用いて過去の食事内容を検討しています。その結果、潰瘍性大腸炎を発症していない人に比べて、発症した人は日頃の食事からイソフラボンの摂取量が多いことが判ったそうです。
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潰瘍性大腸炎を発症した人は、イソフラボンのサプリメントでなく、大豆など通常の食事からイソフラボンをたくさん摂っていたということになります。大豆は高タンパクで栄養価に富んだすぐれた食品で、ほとんどの人が積極的に食べるべきです。しかし、積極的に食べると潰瘍性大腸炎のリスクが上昇するなら皮肉なものです。
ただし、この研究は、エストロゲンがリスクならイソフラボンもリスクになるとしているわけで、理論的には正しいといえるかもしれませんが、症例数がさほど多くないことと、「後ろ向き研究」でありますから、この論文を読んで大豆を控えるのは時期尚早でしょう。(より信憑性が高いのは「前向き研究」といって、発症していない人を数年にわたり追跡して食事と疾患のリスクを調べる研究です)
どれほど健康にいいとされているものも「ほどほどに」して、バランスよく多くのものを食べるのが重要です。今さら言うことでもありませんが・・・。
(谷口恭)
注1:この論文のタイトルは、「Pre-Illness Isoflavone Consumption and Disease Risk of Ulcerative Colitis: A Multicenter Case-Control Study in Japan」で、下記のURLで全文を読むことができます。
http://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0110270
参照:
はやりの病気第101回(2012年1月20日)「増加する炎症性腸疾患」
医療ニュース2011年9月5日「イソフラボンは骨密度にも更年期にも無効」
医療ニュース2010年2月8日「イソフラボンで肺ガンのリスクが低下」
医療ニュース2008年3月12日「イソフラボンで乳がん減少」
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|2015年1月13日 火曜日
2015年1月号 「総合」なるものの魅力(後編)
1987年の夏。それは私が関西学院大学理学部に入学できたものの、勉強に興味が持てなくて、というより授業についていけなくて、退学することを考えていた頃です。以前別のところで述べましたが、同じ大学の社会学部の先輩に、ひょんなことから集団力学というものについて話を聞いたことがきっかけで、私は社会学という学問に興味を持つことになりました。
その後社会学部への編入を考え、そして実行することになるのですが、編入学試験を受けるために社会学の勉強を独学で開始しました。集団力学というのは、集団における人間の行動を研究する学問ですが、私にとっては人間そのものを研究対象にするというのが斬新でした。私が在籍していた理学部では、わけのわからない実験をやらされたり、意味不明な数式を解かされたりしていたわけで、いったい何の役に立つものかがわかりません。人間そのものを研究する学問がとても魅力的にうつったのです。
社会学の勉強を開始しだしてまず驚いたのは、学問の対象としている領域があまりにも広いということです。社会学で取り上げているのは、法律、経済、宗教、政治、心理、家族、歴史、マスコミ、福祉、・・・、などなんでもかんでも研究対象にしています。これらは法社会学、経済社会学、宗教社会学、家族社会学、などと〇〇社会学と命名された比較的大きなサブグループがあり、また、社会心理学、社会人類学、・・、など社会〇〇学と命名されたものもあります。また、このようなサブグループとしては確立していないものの、社会学が取り上げる領域は、差別、同性愛、賭博、祝祭、犯罪・・・、など人間に関することならなんでもあり、という感じです。
これは面白い!、と直感した私は社会学に関する本をどんどんと読んでいきました。そして、社会学関連の本を読み進むにつれて、ものごとを多角的に考えるようなクセがついていきました。例えば経済を考えるときには、経済学の教科書には載っていないこと、例えば、人間の欲望や嫉妬心といった心理的な要因、あるいは宗教や政治といった社会的な要因も考察に加えるのです。関西学院大学の経済学部の知人たちは、卒論に、例えばケインズだけを深くとりあげた研究とか、ミクロ経済のある特定の領域を取り上げた研究などをしていましたが、社会学から経済をみると、視点はより幅広いものになるのです。
前回のコラムで、「総合診療医」は専門医か専門医の対極なのかという議論になるとき、私はある<懐かしい記憶>を思い出した、ということを述べましたが、この<懐かしい記憶>とは、私が社会学部に編入学を考えていたときの記憶なのです。私が考える「総合診療」とは、臓器を診るのではなく、その人のすべてを診て、必要あれば心理・社会背景にまで踏み込み、さらに場合によっては職場や家族での人間関係も考慮する医療のことをいいます。こういうと、それは「全人医療」ですか、と聞かれることがあるのですが、「全人医療」という言葉は手垢がついているというか、これまで様々な場面で使われてきた言葉なので私自身はあまり使っていません。まあ、言葉というのは定義によりますからあまりこだわらない方がいいのかもしれませんが。
また、「総合診療医」は専門医か専門医の対極なのかという議論になるとき、専門医は「理系」的であり、総合診療医は「文系」的である、という人がいます。後で述べるように、今はこの考え方に同意していますが、理系・文系という分類については、もともと私自身はあまり好きではなく、安易にそのような分類をすべきではない、と思っています。
ところで、なぜ人は学問に魅せられるのでしょうか・・・。勉強なんかに魅せられるわけがない!と感じる人がいるかもしれませんが、それは学問の面白くないところばかりを強要されるからであって、本来学問とは人間にとって大変魅力的なものです。なぜなら、学問とは「真実」を知るための手段だからです。多くの高校生からみたときには(私の高校時代を含めて)、教科書に書いてあることなんてムダなことばかり、と感じますが、これはつまらないことばかりが書かれているからです。
しかし、もしも高校時代に先生からこのように言われればどうでしょう。「人間とはいったい何なのでしょう。人はどこから来てどこへ向かおうとしているのでしょうか。いったい世の中の何が正しくて何が間違っているのでしょうか。真実とは何なのでしょうか。それを知るために学問があるのですよ。もちろん教科書に書いていないことで正しいこともたくさんあります。しかし、教科書に書かれていない正しいことを理解するためにも、まずは目の前のある学問に取り組みませんか・・・」
人生経験のない高校生のこのようなことを話しても理解されることはないかもしれません。私自身も自分が高校生のときにこのようなことを聞いても分からなかったと思います。しかし今なら分かります。そしてこれは私だけではないはずです。「歴史に学ぶ」ことの重要性に気付いて中高年になってから歴史の教科書を読み直す人や、高校時代に挫折した物理の入門書を読み出す人は少なくありません。
で、私が何を言いたかったのかというと、「真実を知る」ための手段が学問であり、初めから文系と理系を区別するのはナンセンスである、ということです。
しかし、最近ある新聞のコラムをみて、頑なに「文系・理系を区別すべきでない」とする私の考えも柔軟性を持たせなくてはいけないのかな、と考えるようになりました。
そのコラムとは、池上彰氏が日経新聞の月曜日に連載されているもので2014年12月8日の内容です。池上氏は東京工業大学の講義で、国内総生産(GDP)の2014年7~9月期の速報値が悪かったことを取り上げ、その原因として民間企業の在庫が減ったことを挙げ、GDPの数字は悪化したが、在庫減少はひょっとすると景気回復のサインかもしれない、という話をされたそうです。すると、学生から「在庫減少がGDPにどのように反映するか、その計算式を教えてください」という質問を受けたそうです。池上氏は「そこが気になったのか!」と、びっくりしたと書かれています。
私なら、そして多くの”文系”の人たちは、「GDPの悪化が景気悪化を意味するのか、あるいは回復の可能性があるのかを知るために、まずは他のファクターを取り入れて考えてみよう。そして、政治家、経済人、学者、外国のマスコミなど様々な視点からの意見を聞いてみよう」といった発想になると思います。しかし、「理系」である東工大の学生はまずは「在庫とGDPの計算式」なのです。
池上氏のこのコラムをみて、私が以前から主張している「文系・理系を区別すべきでない」という考えを変えるまでには至りませんが、「理系的な発想」が存在するのは認めざるを得ない、と思うようになりました。
そして、この「理系的な発想」がまさに、前回のコラムで紹介した「何でも診るということは結局何も診ないことと同じ」と主張する専門医の考え方だと思うのです。専門医というのは特定の臓器の、さらに特定の領域だけを診ます。多くの領域で治療が複雑化していますからこのように一つの小さな領域に特化した医師というのは絶対に必要ではあります。しかし、このような専門医だけでは医療が回りません。
最近私が経験した患者さんを紹介したいと思います。この患者さんは数年前から風邪、胃腸炎、湿疹、など様々なことで受診されていました。先日、ある2つの皮膚症状を話され、どちらも場合によっては入院しての高度な治療が必要と判断した私は、ある病院の皮膚科に紹介状を書きました。すると、返ってきた返事が「それら2つの皮膚症状は別々のものだから同じ医師が診ることはできない。別々に紹介状を書いてくれ」というものだったのです。患者さんからすれば、同じ皮膚なのになんで分けて受診しなければならないの?となるわけですが、一方医師から診たときには「専門医は専門分野しか診ない」というのも理解できることです。
文系・理系を区別すべきでない、という考えは変わりませんが、総合診療に取り組んでいる私は「文系的な発想」をしていることになるのかもしれません。そして、これからもこのように多角的な観点から物事を考えるクセは変わらないと思います。私は医学部に入学したときは、研究者として分子生物学を極めて真実にたどり着きたい、と考えていましたが、それを諦めた理由の一つが、分子レベルのミクロの世界の研究よりも人間全体を多角的な観点からみるのが好きということに気付いた(あるいは、思い出した)、というものです。そういう意味で、社会学に魅せられて編入学したことと、医学部でミクロの研究を断念し総合診療を志すようになったことは共通しているのではないかと考えています。
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|2015年1月9日 金曜日
2015年1月9日 食塩摂取の朝日新聞報道の混乱
2014年12月8日、朝日新聞は「日本人が1日にとっている食塩量は約13グラムとする推計を厚生労働省研究班がまとめ、英国の専門誌に論文が掲載された」と報道しました(注1)。
日本人の食塩摂取量については厚生労働省が毎年1 2月に発表しています。2013年12月19日に同省の健康局がん対策・健康増進課が公表したデータによりますと、「(2012年の)成人の食塩摂取量の平均値は男性11.3g、女性9.6gであり、前年と比べて、男女とも変わらない」とされています。
厚労省の表現では「男女とも変わらない」とされていますが、掲載されたグラフをみてみると過去10年間でゆるやかに減少していることが分かります(注2)。朝日新聞の報道は、タイトルに「1日2g多かった」としていますから、減少傾向が一転して増加したということになります。
ところが、です。朝日新聞の発表の翌日の2014年12月9日に厚労省が「平成25年「国民健康・栄養調査」の結果」をウェブサイト上で公開したのですが(注3)、食塩摂取量については、なんと「(2013年の)成人の1日の食塩摂取量の平均値は、男性11.1g、女性9.4gであり、男女ともに、10年間で減少傾向にある」、としているのです。
朝日新聞は、厚労省の研究班が「食塩摂取量が増加したことをまとめた」と報道し、厚労省のウェブサイトでは「減少傾向にある」とされています。いったいどちらが正しいのでしょうか・・・。
*************
厚労省は朝日新聞の報道に対して公的なコメントはしていないようですが、翌日という発表のタイミングを考えると、朝日新聞に抗議をしているのではないかと勘ぐりたくなります。
その後朝日新聞は(私の知る限り)この件になんのコメントも発しておらず、また「英国の専門誌」がなんと言う専門誌なのかについても発表していません。
閑話休題。私は報道のあり方や政治的な駆け引きをここで言いたいわけではありません。世界的には食塩摂取の基準は5~6グラムですし、国によっては3グラムを目標としているところもあります。それに比べて日本は11グラムでも13グラムでも高値であることには変わりません。
ですからみなさん、がんばって塩分を減らしましょう・・・、となるわけですが、事は簡単ではありません。和食中心の食生活では極めて困難なのです。私はこれまで何人もの栄養士に効果的な減塩レシピについて尋ねていますが、カロリーを減らすこと、野菜を摂る工夫、効果的な糖質制限、などについては熱弁をふるってくれますが、1日6グラム以下の食塩となると自信を持って答えてくれた人はいません。
『食塩1日6グラム未満でも美味しいレシピ』というタイトルで分かりやすい本を書いてくれる人が現れないでしょうか・・・(注4)。
注1:この記事のタイトルは「日本人の食塩摂取、1日2g多かった 尿測定で13g」で、下記URLで閲覧することができます。
http://www.asahi.com/articles/ASGD35SKCGD3ULBJ011.html
注2:この発表は下記URLで閲覧することができます。
http://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-10904750-Kenkoukyoku-Gantaisakukenkouzoushinka/0000032813.pdf
注3:この発表は下記URLで閲覧することができます。
http://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-10904750-Kenkoukyoku-Gantaisakukenkouzoushinka/0000068070.pdf
注4:分かりやすい本は見たことがありませんが、「塩を減らそうプロジェクト」というウェブサイトは有用だと思います。下記URLをご参照ください。
http://www.shio-herasou.com/
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