●コロナ後遺症(ポストコロナ症候群)の治療について
当院では2020年3月よりコロナ後遺症(ポストコロナ症候群/Long Covid)の相談を始め、同年4月より治療をおこなっています。
〇全米アカデミーズ(The National Academies of Sciences, Engineering, and Medicine)は2024年6月11日、「Long COVIDの定義:深刻な結果をもたらす慢性の全身性疾患(A Long COVID Definition A Chronic, Systemic Disease State with Profound Consequences)」を発表しました。これまで世界の各機関がそれぞれ独自の診断基準などを提案していましたが、この報告により世界共通の基準ができたことになります。
名称:「Long Covid」とされました
定義:新型コロナウイルス感染後に発生する慢性疾患で、1つ以上の臓器に継続的または断続的(再発を繰り返すことがある)な病状が3ヵ月間以上継続する
症状:息切れ、咳、持続的な疲労感、運動後の倦怠感、集中力低下、記憶力低下、繰り返す頭痛、ふらつき、心拍数上昇、睡眠障害、味覚・嗅覚の異常、腹部膨満感、便秘、下痢、間質性肺疾患および低酸素血症、心血管疾患および不整脈、認知障害、気分障害、不安、片頭痛、脳卒中、血栓、慢性腎臓病、POTS(起立性調節障害)、その他自律神経失調症、ME/CFS(筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群)、MCAS(肥満細胞活性化症候群)、線維筋痛症、結合組織疾患、脂質異常症、糖尿病、狼瘡、関節リウマチ、シェーグレン症候群など自己免疫疾患
特徴:
・無症状、軽度、重度のSARS-CoV-2感染後に発生。初感染でも再感染でも起こる
・急性感染時からそのまま継続するケース、感染後いったん治癒してから発症するケース、治癒後数週間または数カ月に発症するケースのいずれの場合もある
・それまでの健康状態、障害の有無、社会経済的地位、年齢、性別、ジェンダー、性的指向、人種、民族、居住地域に関係なく出現しうる
・既存の疾患を悪化させることもある
・軽症から重症まで様々で、治癒までの期間は数カ月から数年以上
・特定の検査法はなく臨床症状から診断する。血液検査などの項目でLong COVIDを確定できるものはない
・仕事や学校、家族へのケアやセルフケアなどの能力を損なうことがある。患者とその家族、介護者に深刻な精神的、身体的影響を及ぼすこともある
〇当院では、2023年5月27日より下記の基準を参考にしています
この診断基準は2023年5月25日に医学誌「JAMA」に掲載された論文「新型コロナウイルス感染症の急性期後の後遺症の定義の策定(Development of a Definition of Postacute Sequelae of SARS-CoV-2 Infection)」で紹介されたものです。
この論文の元になった研究は、コロナ感染後の回復を促進するために立ち上げられた「RECOVERイニシアチブ」です。
診断基準は次の12の症状を点数で評価します。
・嗅覚または味覚の喪失: 8点
・PEM/運動後倦怠感:7点
・慢性咳嗽:4点
・ブレインフォグ: 3点
・喉の渇き:3点
・動悸:2点
・胸痛:2点
・疲労感:1点
・めまい:1点
・消化器症状:1点
・性的欲求または性的能力の異常: 1点
・異常な身体の動き:1点
これらの合計点が12点以上あれば「コロナ急性期後の後遺症(postacute sequelae of SARS-CoV-2 infection」の診断がつけられます。この名称は長いので「PASC」と略されます。
PASCの「重症度の診断基準」としては点数が高ければ高いほど「重症」と言えます。
評価するタイミングは感染して6カ月が経過した時点です。上記の論文によると、2021年12月1日以降に初めて感染し、感染後30日以内に登録された参加者2,231人のうち、224人(約10%)の人が6カ月の時点で後遺症が認められたことになります。
尚、この基準が発表されるまではWHO(世界保健機関)の基準が参考にされていました(今もされることがあります)。それは「コロナ感染から3カ月後に新たな症状が現れ、他に説明がなく症状が少なくとも2カ月続いていること」というものです。
しかし、この定義であれば、まず「症状」がどのようなものかが分からず曖昧ですし、「3カ月後の新たな症状」というのも、例えば「感染直後から、あるいは感染2カ月後から生じた味覚障害」は含まれないことになってしまいます。また重症度も定義されていませんから実用的な定義とは言えません。
「RECOVERイニシアチブ」により「ワクチン未接種者や、2回以上コロナに感染した人では、PASCになりやすい」ことが分かりました。
Q1:コロナ後遺症、ロングCovid、Post Covidなど、いろんな呼び方がありますが同じものと考えていいでしょうか
A1:当院で、新型コロナの後遺症の患者さんの治療を開始したのは2020年4月です。同じような患者さんが次々に説明のつかない症状を訴えて受診され、「これはおかしい」と感じました。そこで「ポストコロナ症候群」という名前を(勝手に)付けて、その後「コロナ感染後に症状が残る……」と訴える多くの患者さんを診ています。
最初の頃に診察していた事例については下記のコラムで紹介しています。
2020年5月12日「新型コロナ治療後に健康影響の懸念」
2020年5月8日「長期的視野で「ポストコロナ症候群」に備えよ!」
呼び方については、海外ではPost-Covid Conditions, Post-Covid Syndromeといったあたりが一般的です。
Q2:治療はどのようにするのですか
A2:一言で「ポストコロナ症候群」といっても、症状は多岐に渡ります。まず分類をする必要があります。当院では、次の2種類の分類をおこなっています。
〇感染のエピソードと症状による分類
・Type1:感染したのは確実で、感染時には酸素飽和度低下など、ある程度の重症化が認められた。感染後長期間経過しても肺野CTで間質性肺炎像が残っていたり、DダイマーやCRPなどのマーカーが依然高値を示したり、といった他覚的に有意所見があるタイプ。
基本的治療:咳喘息や間質性肺炎に準じた治療を検討します。このタイプは胸部X線や血液検査で異常が出ますから、改善度を調べるために何度か検査が必要になります。
・Type2:感染したのは確実で、感染時には酸素飽和度低下など、ある程度の重症化が認められた。有意な他覚的所見はないものの、倦怠感、抑うつ感、頭痛、月経不順などが持続しているタイプ。
基本的治療:通常は漢方薬、SSRI、ドグマチールなどから開始します。月経に関連する場合はLEPと呼ばれるホルモン剤を用いることもあります。
・Type3:感染したのは確実で、感染時の症状は無症状から重症まで様々。感染後、これまで落ち着いていた持病が再発・増悪するタイプ。例えば、安定していた片頭痛が再発を繰り返したり、口唇(性器)ヘルペスが頻繁に再発したり、安定していた喘息が発作を繰り返したりというケース。
基本的治療:原疾患の治療をおこないます。
・Type4:感染したのは確実だが軽症または無症状だった。後遺症の症状については他覚的に有意所見がないいものの、倦怠感、抑うつ感、頭痛、月経不順などが持続しているタイプ。
基本的治療:必要に応じて、漢方薬、SSRI、ドグマチールなどから開始します。月経に関連する場合はLEPと呼ばれるホルモン剤を用いることもあります。
・Type5:感染のエピソードはなくN抗体は陰性または未検査(あるいは検査拒否)。他覚的な有意所見はなく、倦怠感や抑うつ感などの症状のみを訴えるタイプ。
基本的治療:必要に応じて、漢方薬、SSRI、ドグマチールなどから開始します。
〇心血管症状の有無と持続期間による分類
・マイルドコロナ後遺症:味覚・嗅覚障害、脱毛、咳など心血管系疾患を除く比較的軽度の症状が感染後数週間から数カ月持続して治癒する
基本的治療:必要に応じて、漢方薬、SSRI、ドグマチールなどから開始します。
・ミディアムコロナ:心血管系疾患に関わる症状が持続する。軽症で終わる場合もあるが、心筋梗塞や脳卒中など致死的な疾患を発症することもある
基本的治療:心臓・脳の注意深い経過観察をします。生活習慣病がある場合は、やや厳しめにコントロールします。禁煙治療、ダイエット治療も勧めます。
・ロングコロナ:主に倦怠感、抑うつ感、記憶力低下などが感染後6カ月を超えても持続する
基本的治療:必要に応じて、漢方薬、SSRI、ドグマチールなどから開始します。
Q3:コロナ後遺症は慢性疲労症候群と同じなのですか
A3:下記コラムを書いてから同様の質問を多数いただくようになりました。倦怠感、抑うつ感、記憶障害などが長期間持続する事例(ロングコロナ)は、まるで慢性疲労症候群(最近は「ME/CFS」という表現がよく使われます)にそっくりなことから、当院では、ロングコロナの診療は慢性疲労症候群と同じようにおこなっています。
参考:
2022年1月31日「新型コロナ 後遺症の正体は「慢性疲労症候群」か」
2022年2月8日「ポストコロナ症候群とME/CFSの共通性」
Q4:コロナ後遺症は運動を絶対にやってはいけないと聞きましたが本当ですか。
A4:なぜか同じ質問が増えています。「運動で余計に悪化する」のは、上記のロングコロナの場合です。それ以外は、適度な運動によって改善することが多いと言えます。また、ロングコロナの場合も、心拍数が上がるような運動には充分な注意が必要ですが、まったく動いていけないわけではありません。
Q5:すぐに効く薬はないのですか
A5:コロナワクチンを接種すれば劇的に改善することがあります。ですが、余計に悪くなることもありますから、あまり勧められません。
Q6:治療してもよくならない場合はどうすればいいのですか
A6:重症性の高い場合、大学病院などと連携して治療をおこないます。それでも改善しない場合もありますが、当院で長期的にフォローしていきます。決して「もうできることはありません」とは言いません。
Q7:前医では自費治療を勧められました
A7:よくある相談です。前医で「〇千円の点滴を勧められた」「イベルメクチンを高額で買わされた」といった声をしばしば聞きます。後遺症の治療は原則として保険診療でおこなうべきであり、当院では自費治療はしていません。
参考:
〇はやりの病気
第222回(2022年2月) ポストコロナ症候群に有効な治療薬はあるか
第221回(2022年1月) ポストコロナ症候群の正体は慢性疲労症候群か
第213回(2021年5月) 分かり始めた「ポストコロナ症候群」
第210回(2021年2月) よく分からなくなってきた「ポストコロナ症候群」
第204回(2020年8月) ポストコロナ症候群とプレコロナ症候群
〇毎日新聞「医療プレミア」
2022年8月29日「新型コロナ 「心の不調や弱点」を抱える人は重症化に注意」
2022年6月13日「新型コロナ 今も残る「2度目の後遺症」の心配」
2022年5月30日「新型コロナ 「私は後遺症」と悩む患者は5タイプに分けられる」
2022年3月14日「新型コロナ 「感染+基礎疾患」で死なないために」
2022年1月31日「新型コロナ 後遺症の正体は「慢性疲労症候群」か」
2021年9月27日「新型コロナ 後遺症の原因は「脳の酸素不足」か」
2020年7月22日「新型コロナ 回復後も続くだるさや息切れ」
2020年5月12日「新型コロナ 治療後に健康影響の懸念」
〇日経メディカル
2022月10月24日「コロナ後症状が半年以上続くなら運動はNGか?」
2022年5月23日「「偽性コロナ後遺症」という病い」
2022年2月8日「ポストコロナ症候群とME/CFSの共通性」
2022年1月17日「ポストコロナ症候群の患者指導にウエアラブルデバイスを活用」
2021年6月2日「ポストコロナ症候群の謎が解けたかもしれない」
2020年5月8日「長期的視野で「ポストコロナ症候群」に備えよ!」
更新:2023年5月29日